第一章 戻る時間
1、
目を開ければそこは暗闇だった。
(暗いわね……)
当たり前の事を考えて目を閉じる。閉じても同じ暗闇だ。
手を伸ばせば指先に感じる壁の感触。ここが何処かなんて、考えるまでも無かった。
何度も何度も死を迎え、時が戻る。戻って目覚めるのは、いつもこの暗闇だった。暗い、箱の中だった。
いつもお仕置きとして入れられた場所だ。
小部屋と呼ぶにも小さすぎるその場所を、私は『箱』と呼んでいた。
悪さをしたらお祖父様はいつも箱に私を閉じ込めた。
けれど私は何もしていない。では何故入れられてるのか?
答えは簡単。
義妹の身代わりだ。
神の祝福を受けたかのように美しい義妹、ミリス。金色の髪をキラキラ輝かせ、空より青い瞳は何より澄みきっている。白い肌に浮かぶ唇はまるで紅を引いたかのような赤みを持ち、その口が紡ぐ美声に誰もが聞きほれた。
祖父の知り合いの孫娘。その知り合い一家が亡くなってしまい、身寄りの無い彼女は我が公爵家へとやって来た。
私の義妹として。
今日は兄と義妹ミリスと私、三人で遊んでいたのだ。11歳の兄、10歳の私、9歳のミリスで。駆けっこをして遊んでいた。
庭ですれば良いものを、子供と言うのはどうしても反発するもので……やってはいけないと言われていた屋敷内で追いかけっこをしていたのである。
結果、ミリスが祖父の大事にしていた壺を──王家より賜ったという壺を割ってしまった。
焦る私に兄とミリス。
割れてるのを発見し、怒り心頭の祖父に理由を説明しようとする、私より早く。
『リリアがやりました!!』
そう叫んだのは……誰あろう兄だった。
違うと叫んでも。私じゃないと泣いても。
祖父は兄の言葉を絶対と信じ、後継で長子である兄の言葉が嘘とは露ほども考えず、私に罰を与えた。
それが今だ。
10歳の私をこんな狭くて暗い箱に閉じ込めるなんて、どうかしてる。
だがかつての私、『本当に10歳だった私』には、それがおかしいと分からなかった。
泣いて泣いて、最後には謝って。『嘘』をつくなと怒られたくなくて、自分がやったと『嘘』をついたのだ。
そうしてやっと箱から出してもらった私。その後に兄とミリスが放った言葉は──
思い出したら気分が悪くなり、フルリと頭を振った。
思い出すのはよそう。それは『まだ起きてないこと』なのだから。
私が死ぬのはいつも同じ、17歳の時。
己の欲望に忠実に突き進んだ公爵家は、当然のように領民の怒りを買い、結果暴動が起きた。その時に生贄となるのだ。それは何度時が戻り、人生を繰り返しても、与えられる同じ結果。
はたしてその後、家族が助かったのか……領民に許されたのかは分からない。
だって死んでしまったのだから。
過去の事は覚えていても、死後の事まで知るはずもない。だがそれでいい、知る必要などないのだ。
「今度こそ、未来を変えてみせる──」
もう何度目のループか分からないが、きっと必ず終わりは来るはずだ。
そしてそれは、私が『生存』する事がカギとなる。
誰に言われなくとも、それを私は理解していた。
何度も死んで何度も時が戻った。戻った時の始まりの場所はいつもこの暗闇だった。
──それはつまり、今これからの行動次第で未来が変わるという事だ。
何度も繰り返すうちにいい加減頭も冷静になる。目を閉じてるのか開いてるのか自分でも分からないくらいの闇の中で、けれど逆に思考がしやすいというもの。
私はこれまでの行動を思い出していた。
選択肢は
だがそれは何の意味も為さなかった。
泣いて喚いて疲れて眠る。
そして夜にようやく解放される。
そのパターンを何度繰り返したことか。たしかループ最初の頃はそればかりやっていたっけ。精神がまだまだ幼かったのだろう。
ループ後半になると、精神はだいぶ成長した。というか達観せざるを得なかったというべきか。少なくとも、この人生ループは10回を超えている。嫌でも慣れるし、泣き喚くという行為の馬鹿らしさに気付くというものだ。
だから泣かずにじっと耐える。それが後半の主な行動。
そして今回もそれを選んだ。けれどそれで良いのだろうか?
ループはここから始まる。ということは、だ。まずここでの行動に何かしら意味があるのではないか?
闇の中でそう考えた私は、その案に非常に納得してしまった。
なるほど、つまり最初から間違えていたということか?
じゃあ泣き喚く、じっと耐える、以外の事をしよう。そう考えたところで詰まってしまった。
──何をすれば良いのだろう?
こんな狭い場所で、私はどうすれば良いのだろう? 何も見えないから絵を描くわけにもいかない。寝るのは……泣き喚いてた時は疲れて眠れたが、通常であればこんな狭い所で、膝を抱えて座り込んだまま眠れるわけもない。
さてどうしよう?
考えたが妙案が浮かぶわけもない。やはりジッと耐えるべきなのだろうか? だがいい加減、ただ待つのも飽きた。何度も同じ人生で、何度も同じことを経験していたら飽きるのは当然。恐いという感情はとうに消えたが、退屈という感情は消えないようだ。
「──♪」
何とはなしに、鼻歌が飛び出す。静かすぎるからか。狭い空間、私の声が反響して心地よいからか。
理由などどうでも良いと思った。ただ、歌いたいから歌う。
楽しくなってきた私は、鼻歌では飽き足らず、口を開いて歌を歌う。大きな声で、楽しく──実際楽しくて仕方なかった。
ああ、そう言えば……歌なんて歌ったのはいつぶりだったろう?
耳障りだ、やめろ。そう祖父に言われてやめてしまった歌。
勿体ない。
こんなにも歌は楽しいのに。
もし祖父の耳に届いたら、烈火のごとく怒り出して駆けつけるだろう。そして箱を開けて私を叱る。その一連の流れを予想しても歌う事を止められなかった。
だが。
予想は意外な事態に裏切られることとなる。
「~♪……え、な、何!?」
暗闇の中に響く歌声。その中に、突如点のように小さな光が生まれた。
驚き歌うのをやめた瞬間──
光が爆発し、箱は壊れた。
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