2、

 

 暴動が起きた。それは当然の結果だった。

 私が14歳の時に祖父が亡くなってから、公爵領は本当に酷かったから。家族には厳しい冷血な祖父であったが、公爵としては有能であったのだ。けれど祖父が病で亡くなり、父が跡を継いでからは、目を覆いたくなるような酷さだった。


 父も母も兄も弟も、そしてミリスも。


 公爵領で得る税を私利私欲に使いまくった。公爵領を良くしようと動く事は無かった。

 自分たちの贅沢のため、民から税を搾り取る。足りなくなれば増税してまた搾り取る。その繰り返し。民の生活は困窮し、領土は荒れ果てた。


 そして、当然のように暴動が起きたのだ。暴徒化した民は公爵家屋敷へと攻め寄せた。

 屋敷になだれこむ大量の民衆。捕まる公爵家一族。


 審判など必要もなく、全員が処刑台送りになるところだった。


 ──だが、そうはならない。


 処刑台に上がったのは、私だけ。断頭台に首を乗せてるのは、私だけ──


 両手と頭を拘束されてる私の耳に、誰かが近づいてきた。足先が見える。そして声がした。


「リリア……残念だが仕方ない。我ら公爵家の財を勝手に私利私欲に使い込んだのだから。領民の為になるよう指示した私の施政を、そなたは勝手に取りやめて全て自分の欲に使い込んだ。それに気づかず知らなかった私にも非はある。だが、お前のやった事は到底許されるものではないのだ、分かってくれ」


 父の声だ。


 嘘だ嘘だ嘘だ!

 私は何もしてない! 私はいつも貧しい生活に苦しんでいたというのに!


 パン一つ食べるのすら苦労した私なのに、どうして贅沢なんて出来よう?


 虐げられ続けた私。私を虐げ、自分たちだけ美味しい思いをした家族。

 そして最後に私は生贄にされたのだ。


 違うと反論したくとも、口に布が挟まれて、低い声をくぐもらせることしか私には出来なかった。


 その時だった。私に近付くもう一つの気配。


「お姉様!」


 ミリスだ。

 義妹のミリスが駆け寄って来た。


「ああ、お姉様、罪深い事をされてても愛しております。ミリスはお姉様の事、けして忘れません!」

「おおミリス、お前はなんと優しい子なのだ」


 見えないが、涙声の二人。おそらくは涙ぐんでいるのだろう。本当に涙を流してるのかもしれない。


 ──けれど私は知っている。

 ──何度も何度もこの、同じ場面を繰り返している私には分かっている。


 全てが演技であることを。

 全て、私に罪を着せるため、自分たちが助かる為の演技であることを、私は知っている。


 知っている。項垂れ動けない私の耳に、ミリスがそっと唇を寄せる事を。


「お姉様……」


 吐息がかかりそうなくらいに近く。

 ミリスがそっと、私にしか聞こえないくらいの小声で囁く事を。


 知っている。


「残念ですわ……」


 私は知っている。


「お姉様が苦しむ様を、もう見れないかと思うと」


 ミリスの本性を。


「……お前をいたぶる事が出来なくなること、残念で仕方ないわ」


 ニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、そして体を離す時には既に涙目のミリスに戻っている。


 だが、私はちゃあんと知っている。


「忘れないわ」


 もう何度目かのループ人生。

 猿ぐつわを上手く外すことくらい出来る。

 私は話せるくらいに口の布を動かして、どうにか外し。


 そしてミリスにだけ、聞こえるように言った。


「忘れないわ、ミリス。貴女の事を」

「お姉様?」

「お前がしたこと。お前が言ったこと。全て忘れない。お前達が私にしたこと……絶対に絶対に……!!」


 忘れない!!!!


 血を吐くような叫びを最後に、私の首は斬り落とされた。


 何度目か分からないループ。何度目か分からない同じ人生。


 けれど確信する。

 きっときっと。


 次は変えてみせる。


 もう私は同じ轍を踏まない。


 必ずやお前たちを地獄の底に落としてやるわ!!


* * *


 何度も何度もループした。

 何度も何度も同じ生を繰り返した。


 何度も何度も……


 そのたびに私は家族に殺された。手を下したのは領民であっても、そうさせたのは、家族。家族が私を殺したも同然。


 何度繰り返しても処刑されてしまう。そしてまた、私は首を斬られた。何度経験しても慣れることのできないその感触。首筋に冷たい刃が当たる感触。自分の首が胴体と別れる恐怖。


 そしてまた、私はループした。ループして、また人生を繰り返す。けれどどんなに足掻いても、状況を変えることができない。

 もうこれで何度目のループだろう? 数えるのをやめたのは何回目だっけ?


 外が騒がしい。何度も聞いた、民衆の声だ。

 暴動が起きたのだ。


 ──予定通りに。


 屋敷が襲われたのだ。


 ──これも予定通りに。


 追い詰められる私と家族。


 ──全てが予定通りに。


 固く閉ざされた扉の向こうに、押し寄せた民の気配を感じ、私は知らず体を震わせた。

 その扉が開けばどうなるか分かってるから……全て知ってるから。だからこそ余計に恐怖する。


 チラリと視線を横に向ければ、蒼白な顔の両親に兄に弟。兄に抱きしめられて震えてる義妹。


 義妹──全ての元凶。


 彼女の我儘に振り回された我が家族は、家門を潰す事態にまで落ちぶれたのだ。

 もう、暴動は止まらない。


 いや。


「いや、いやよお父様……ミリスは死にたくないです」

「泣くなミリス、まだ手はある」


 兄の胸元を涙で濡らすミリスをいたわるように、優しい光を瞳に浮かべて語る父。

 手があると言うままに、私の顔を見た。その冷たい光に身震いする。


「財政の使い込みは全て一人の責任である事にするのだ。我儘に傍若無人に振る舞った一人のせいにすれば良い。そうすれば、私達への怒りは消え、一人の犠牲で皆が助かるのだ」


 その一人とは誰か、聞かずとも分かる。


「ひ、一人って?」


 だが分からないミリスは震える声で問うた。本当は分かってるだろうに。誰の名が挙がるかなんて、この場に居る全員が知っている。


「リリア、良いな?」


 許可を得ようとする問いではない。

 それは問いに似せた命令。


「……」


 私はそれに何も答えない。

 だって何度もそれは経験してきたことだから。


 かつて私は泣き叫んで慈悲を請うた。

 かつて私は喚き散らして暴れた。

 かつて私は窓から逃げようとした。


 かつてかつて──


 けれど望みは一度とて叶う事は無かったのだ。


 誰あろう、確かに血を分けた家族に裏切られ。

 誰あろう、たった一人血の繋がらない義妹のために。


 私は生贄にされ、領民に処刑されたのだ。


 ……いや、今現在で見ればこれから処刑されるのだ。少なくともこの場に集う家族は誰もがそう信じて疑わない。


 誰も私が死ぬことを悲しまない。

 自分たちが助かる、ミリスが助かる。それだけを喜ぶ。


 何度時間を巻き戻したのだろう?

 何度同じ生を過ごしたのだろう?

 その都度努力した。家族に愛されるよう努力した。


 けれど最後は必ず裏切られた。


 ならばもう──期待はすまい。


 私はスッと無言で立ち上がる。そしてスタスタと扉へと向かうのだった。扉はけたたましい音を立てて揺れている。おそらく丸太か何かをぶつけて開けようとしてるのだろう。それほどに頑丈な部屋なのだ。何かあった場合の避難場所なのだから当然だ。


 だが。


 扉に手を伸ばす。

 鍵を開けてしまえば?

 それはいとも簡単に開くことだろう。


「お、おいリリア!?」


 焦ったように私の名前を呼ぶアルサン兄様。


 彼は理解出来ないだろう。

 私がどうして自ら死を選ぶような事をするのか。

 扉を開ければ、確実に死が待ってるはずなのに、どうしてこんな事をしようとしてるのか理解できまい。


 私は振り返って家族全員の顔を見た。義妹の顔も。

 全員が蒼白な顔で私を見守るのを見て、私はクスリと笑った。


「誰も私が死ぬことに反対しないのですね?」

「リリア……?」

「お母様は私が犠牲になれば、ミリスが助かると喜ぶのでしょうね」

「り、リリア……母様も苦しいのよ。でも可愛い妹のためでしょ、ね?」


 何が可愛い妹の為に、だ。

 貴女はお腹を痛めて生んだ私より、ミリスの方が可愛くて仕方ないのね。


「お父様が提案なさったことなのだから、当然この扉を開ける事を反対なさらないでしょう?」

「あ、ああ……リリア、お前の尊い犠牲は無駄にせん。お前の分まできっと幸せになるから……」


 ふざけるな。

 お前の分?

 私は一度も幸せだと思ったことなど無かったわ。私の幸せはゼロなのに、どうやったら私の分まで幸せになると言うの?


「お兄様にガルード」


 兄と弟を見る。

 二人とも、何も言わない。だから私も一瞥をくれただけで、無言で扉へと視線を戻した。


 手を伸ばし扉に触れる。外からは頑丈で開かない扉は、けれど中からは簡単に……カチャンと音を立てて鍵は開いた。


 復讐の扉が、今開かれる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る