ヒメシャガ

 「えっ……」


 突然の事で、何がなんだか分からなかった。


 嘘とは、なんだろう。僕は嘘なんて言ってない。


 混乱している僕に、彼女は続ける。


 『紅林さんの話が嘘という訳ではなくて、貴方は貴方の心に嘘をついていますね』


 自分の心に嘘をついている。


 「……どういう……意味ですか?」


 つい、言葉が出てしまった。情けない声だ。


 『学校で親の事を言われた時、貴方は「聞き流すようにしていた」と言っていましたが、それは嘘ですね。貴方も、相当辛い思いをしてきたんでしょう。でも、家に帰れば弟さんがいる。お父さんは仕事で家を留守にしている。先生にも相談ができなかった。だから、誰にも本心を言えずに今まで過ごしてきたんじゃないんですか?』


 僕は黙ったまま、ただ彼女を見つめる。


 そうだ。彼女の言う通り。僕は、本当の気持ちを誰にも言えずにずっと過ごしてきた。


 毎日が辛かった。学校でからかわれてそれが辛くて、父さんに話を聞いてほしくても「ごめん。今日は帰れない」で何も話せなかった。父さんも母さんも居ない家で、兄が泣いていたら、弟は、桃真とうまはどう思うだろう。頼りないと思うだろう。どうして家には親が何時も居ないんだ。って、家族を恨んだだろう。でも、僕は桃真にそう思ってほしくなかった。僕の様にはなってほしくなかった。だから、僕は気持ちを押し殺した。この気持ちは何としてでも墓場まで持っていくつもりだった。それなのに、彼女はどうしてこの事が分かったんだろう。


 「……どうして……」


 初めて見た時と同じ、ふわりとした少し寂しげな微笑みを浮かべ、彼女はつづる。


 『なんだか、似ていたから。昔の私と。初めて見た時から、なんとなく分かるような気がしてたんです』


 目の前の景色が、全てぼやける。あやめさんの顔も、もう分からない。


 ふと、心地良い温もりに包まれた気がした。


 ここで、僕は泣いていることと、あやめさんに抱き締められているのを知った。


 涙は、一向に止まらなかった。その涙と、溜め込んだ気持ちが全て流れ始める。


 母さん、どうして死んだの。俺、まだ母さんに何もしてない。最後、母さんと喧嘩したままだった。くだらない事で、俺がムキになって、謝ることすら出来ないまま。俺が、直ぐに謝ってれば良かった。父さん、どうして俺等を家に残したまま仕事に行ったの。父さんが働かないと行けないって事は、知ってたよ。でも学校行事の日や、土日だけでも家に居てほしかった。母さん、父さん、どうして。なんで。


 彼女に抱きしめられたまま、俺の涙は、このまま永遠に流れ続けるんじゃないかと思うくらい、ずっと止まらなかった。


 俺はこの日、母さんが死んだ日から初めて泣いた。


 

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