第35話(2章7) 船内③


アサ「しかし、化粧品なんて、いいのか?頼まれていたのは穀物だけだったんじゃないか?」


なるほど、彼が疑念を持つのは当然だろう。

しかしこれは先行投資でもある。

欲するなら、まず与えよ という金言がある。

与えるものは金である必要はないが、金であってもよいし、知識であるならそれを提示しよう。

つまり相手の信用を得たいならば、初期投資は惜しんではいけないということだ。例えば、詐欺師は有名な権威者を使ったり、盛大なパーティーを開くというのは有名な話だ。


スイ「いいじゃないか、なぁに急に大規模な取引をするわけじゃない。実際に小売店は数十や100個程度の適宜仕入れで在庫調整している。取引するかどうかは試供品で感じを見てからになるが、どうにでもなる」


正直、金を集めるだけならどうとでもやりようはあるんだが、今回は人脈を維持する必要があるという足かせがある。

例えば店子として数店舗~十数店舗借り受け適当な商品を販売しつつ企業向け融資や投資を引き出した後に雲隠れし従業員という駒に損失を被せる。これは店舗を借り上げる際の保証金くらいなので少ない資本でも行える。

もし金を集めることが目的であれば彼女の商品(化粧品)をその一つにする、というのは手段になる。もちろんこの女の会社にも貸し倒れという形で損失を被らせることになるだろう。しかし実際に取引するとなったら取引企業の信用確認などするのは常識だし、仮にそうなっても先方の過失なので情状の余地はない。

企業は毎年のように倒産しており、計画的な倒産詐欺かそうでないかの判断はそうそうつかない。数百~1千万ツゥプシェは利益が出るだろう。

あとは虚業で出資を募るという方法もあるが、こちらは割と掴まるリスクが高い。

こうした方法は俺の矜持に反しないのか?いや、全然。

さいど確認しておくが今回はこうした手法はとらない。


アサ「お前がそういうなら、俺としては何もいう事はない」


そういうと、アサはスープに手をかけ、口に運ぶ。

俺の考えている事が分かっているのかいないのか、その表情からはわからない。

しかしどちらでもいいことだ。


「初対面でこんなに好意的に商談を持たれたのは初めてですわ」


そう言いながら彼女はにこやかに笑顔を向け、続けて、


「別の意図がおありなのでは?」


経営に携わるものらしい冷めた視線を向けて来た。

そこで俺は出来るだけにこやかに表情をつくり、話す。


「私は人と手をつなぐのが好きなんですよ、

そしてそれは成り上がってからより、成り上がる前の方がより見返りが大きい、

そう、個人的な利己心より出た行動です。

奇貨居くべしと言いましたか、

ただまぁ、別に見返りを求めたりはしませんよ、

その人が成り上がる過程で十分に何かしら受け取っているでしょうから」


ここで『おや、初対面で美味い事を言うのは詐欺師かもしれませんよハハハ』など軽口のつもりで余計な事を言ってはいけない。

人と言うのは信用の動物だ、同時に、どこかで目の前の人物を疑うのは申し訳がないという感情がある。ところが本人が「私は詐欺師かもしれませんよ」等と言えば、そういう思考を持ってもいいのだというほころびがでるものだ。

だから行動と言葉は常に誠実である必要がある。

そうだな、昔から酒の席などで小料理屋にしてあげるとか、店を持たせてあげる、〇〇をあげよう何てのは女性を誘う常套句だ。こういった話が後世まで残されているからには100%実行されない提案ではないからこそ相手も信用したという傍証でもある。

今回であれば自身が担当した製品を褒められて悪い気分になる事はないだろう。そして、いざとなれば本当に店を構えてもいい。行動は噂話を呼び、有能な人物を呼び込むだろう。たとえそれが先行者利益だとしても、人は一度あったことは二度目もあると考えるものだ。

そして信用があれば 出来ない理由があるのだ と察してくれるものだ。


「ところで商品管理はどのようになっていますか?※昔、ロット番号なのを良い事に使用期限が間際の商品を掴まされたことがありましてね」

※現実の日本において医薬品医療機器等法により『製造又は輸入後、適切な保存条件のもとで3年を超えて性状及び品質が安定な医薬部外品・化粧品には使用期限を記載する義務はない』とされ、メーカーにロット番号で製造日を聞く商品があるのと同じ。


「そうですね、基本は製造から3か月内を目安に考えていただければ……、あなたは不思議な人ですね、年はそれほどいってないように見えるのに、老練な交渉人のように見えます」


「ははは。取引相手にプライドがやたら高かったり、やたらケンカ腰な者と対面してきた経験から、彼らを反面教師にして、成立するにせよしないにせよ、楽しく歓談することにしているのです。その方がお互い、次にあったときも楽しく出来ますからね、会うのが億劫になる関係と言うのは悲しいものです。

そうそう先ほどの話ですが、あなたの会社では穀物市場での優先買付権をお持ちだという事でよろしいですか?」


「えぇ、そうですね」


「先物市場で逆流が起こった場合、どういった対処をされています?」


「リスクヘッジのことかしら?他と同様、うちも資産担保証券を発行しています 」


「通貨 か 納入量数 か どちらでしょうか?」


「もちろん納入量数です」


「なるほど、購入権を担保に貸し付けを受けるなら、疑念が一つあるでしょう。穀物商品は等級を規定することで品質を保証し、それによって利用先を変えています。例えば1~3等級なら、3等級は業務用の商品といった具合に。

通貨(債務)担保であれば、一般的な商品となる1もしくは2等級といった等級を指定し、もしくは混合割合を指定して穀物の買い付けを約した上で、(MBSのように)銀行や保障会社が証券として買い取り(割引発行)投資家や国が買い取ります。

ところが納入量だと(不動産担保融資が未利用地と現に利用されている土地を分けていないように)、1~2等級の比率についてはサイロ内の収穫量に対して、優先取引権者間の劣後によって割合が決められます。

さて、顧客は本来1もしくは2等級,それか混合割合を指定して約定を行うので、企業が確保できた権利と約定とがずれる場合がありうる。つまりこの方法は、価格高騰を考慮していないという事になります。

おっと、もちろん利点は存じております。

購入権利として取引がされ現物を引き渡す義務がないため、自前で倉庫を必要とせず、商品の価格が下落した場合には権利を留保したまま市場で購入した現物を引き渡すことで証券化時点の価格との差額を利益とできるので、大型の企業以外ではポピュラーな方法だ。

しかしあなた方がこの点についてどのように考えているか確認する必要があります。」


「心配はもっともですが、問題はないと考えています。少なくともここ10年の穀物価格は安定しており、それに大陸内の穀物生産は消費用と輸出用に分離され、飢餓輸出にでも陥らない限りは商品不足に陥る事態になる事も考えられません」


「なるほど、それなら安定して取引できそうですね」


「不安が払しょくされたようなら、何よりです。ところで以前は金融業界にお勤めだったことが?やけに詳しいと感じたものですから」


「いやなに、 このシステムを構築したものですよ」


「ははは、それは面白い冗談ですわね、私の話し相手は50~60のおじさんだったのかしら?」


「さておき、話は変わりますが、エースト人はエルフと同じ祖でありながら別の民族集団として独自路線を歩まれていますね。私の認識では同じ属にいながら享有していないというのは、潜在的な敵だと認識しています。いやなに、先ほど、通報すると躊躇なく発言された様子から、こちらを警戒されていたように見えたもので、」


この質問の意図は簡単だ。

コピー製品の流通など敵対国の経済を混乱させる外商戦略についてエーストの組合などで共有されているなら、リザヤイーズリつまりエルフが疑われているのか確認する必要があった。

それによっては、今後の表向きリザヤイーズリの企業の仲立ちとして動く俺たちの行動も考えなければならなかったからだ。


「なるほど、私たちは『精霊が違う』と表現しています。

ほら、あるでしょう?有名な食堂で宙に浮いたイスや、都心に建立された供養塔など、そういった人によっては呪いと称し、同じ区域にあるはずなのに、違う領域として存在するモノ。

そういう存在同士として認識しています。だから先ほどのも一般的なもので、別にあなた方に特別向けられたものではありません」


彼女の返答を聞き、俺は一応安堵した。

仮に証拠があるならここで糾弾して来るだろう。そうではないなら一般的な警戒ということになるから、彼女の発言は真だろう。

これなら問題ない。


「ところであなたの名前を伺っていませんでしたね?」


「そうでしたね、まだ私の名前を紹介してませんでしたね、私はベリル、御用があればエルギアル商社にご連絡ください。」


「私はスイ、こちらはアサにエレといいます。そちらの男性は?」


「彼は従業員でエッギというの そうね、私がいないときは彼に話を通すといいわ」


彼女がそういうと、彼は両手を胸の前で軽く合わせペコッと軽く会釈をした。


「そういえばある時期を境に大陸からコメの輸出が激減していますが、理由をご存じですか?」


「いえ、残念ながら。それにコメは基本的に個別取引ですので、私どもでは扱っておりませんの」


・。


そんな話をしている時、ヨナが食堂に来た。


「やぁヨナ、遅かったね。こちらはベリルさんという、隣の席だから楽しく歓談していたところだ。ところで僕たちは先に部屋に戻っているよ。後で話があるから二人で来てくれるかな?」


「ええ、わかったわ」


「ではベリルさん、また歓談しましょう」


「ええ、そうね」


そういうと、俺とアサは席を立った。


・。


――アサとスイの部屋――


「で、彼女が?」


「出る時にやっていた集会でパンフレットを配っていただろう。 で、写真が載っていたのを覚えている。とある一族企業の一員だ、実際に会ってみて存外、好感触だった」


アサ「それでお前はしばらくそっち方面をやると?」


「アサとヨナの二人には集落を探ってもらうとして、誰かが商業区域で地盤を固めるのも必要だろう?」


アサ「資金は足りるのか?」


「前の資産・・・ごほごほっっと、多少は隠してあった資産があるからね。」


額は知らないだろうが、ゼレーニ課長は架空会社の口座開設を提案してきたことから俺がそれなりの資産を隠してある事はわかっているだろう。

偽装会社を作るのにもそれなりの時間がかかるし、知識がないやつがそんなポンポン作れてたまるか、本来ならあちらが用意してしかるべきだ。

要は俺の持っている休眠会社か何かを業務転換し、口座を開設しろと言う指示だ。

何ともわかりにくい。

俺でなきゃ見逃しちゃうね。


「なのでエレ、君には2~3か月は僕と一緒に行動してもらう。」


「えっ…できるでしょうか」


「正直、僕は君がどれくらいの事が出来るかどこかで知る必要があると思っていた」


「あの、ところで、彼女を利用できると思った根拠を聞いてもよろしいですか?」


俺はエレの質問に、不思議な事を聞くものだな、と怪訝な顔をしてしまった。


「知識と言うのはね、鎧みたいなものなんだ。

彼女が博識であるという事は、それだけ彼女が周囲から自分を守る必要があるという事だ。

それは家族であるかもしれないし、同居する別の集団であったり、外国の脅威かもしれない。そしてたいてい、女の問題と言うのは家族であることが多い。

実際に彼女の思考は内向きなように感じた。

外に向かっている場合は理論を重視するが、彼女にはその傾向が薄かった。しかし、その結果として知識を求めた思考は、彼女が有能だという事を示す」


「えぇ、たしかに彼女は有能なようには見えました。しかし、それと信条は別でしょう、こちらに共感するかどうかは分からないのでは?」


「僕は思うんだ、血縁関係ほど憎しみ以外を持たないものはない。

例えばビジネスパートナーや、私的な交友関係であれば金銭や利害の一致で共感できるが、しかし血縁と言うのは、自らの財産を目減りさせるだけの存在だ。しかも能力や才能に基づかない、それなら義子でも取ったほうがましではないか?親族連帯なんてものは一部の野生動物固有の生活環にのみ妥当する、思い込みや先入観でしか成り立たない制度だ。

世の中で一番先に殺し合わなければならないのは兄弟姉妹だし、子供が最初に敵とするのは親だという事が多い。

鳥の生態系の方がよほど理屈に近い、卵から孵るのが遅かったヒナは餌が取れず餓死の危険が高く、托卵であればまず自分以外の卵を巣から蹴落とす。これこそが本来の血縁関係だ。

僕が言いたいのはね、一族経営というものは、そういう圧があるものだということだ。迷惑をかけるなと言うのは、社会的・法的観点からではなく、発言者にとってであることが多い。

傷害罪の被害者も黙っていれば誰も不幸にならないという論理と同じだ。

怒りは失望から産まれる

家族に認められたいと思いながら認められない女が、自分を理解してくれる男に入れ込む、よくあることだろう?

そうなれば、きっといい駒になるはずだ」


「つまり、私的な関係を築きたいと?」


「違うぞ、何を言っている?

無能と言うのが何かわかるか?

仕事ができない事か?上司の命令以上の仕事をするものか?

そんなことはどうでもいいことだ、人にとって本当の無能とは、信頼を裏切る輩だ。

勘違いしてもらっては困るが、僕は彼女に愛を与えようとしている、そしてそれに満足すれば私の信頼にこたえるように動くだろうと言っているに過ぎない。

これは対等な取引なんだよ。

彼女が想っている人がいるならその人に気に入られれば、二人を引き込むことができる。

別に無茶なことをやらせようというんじゃない

世の中はクソみたいな事が多いだろう?

その中で苦しんでいる彼らが生きやすいように、どう行動すればいいか示して協力をお願いするだけだ」




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おそらく次は視点が変わります


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