第34話(2章6) 船内②
部屋に戻るとアサの姿はなかった。
まぁ、先に朝食に向かったんだろう。
外の風で乱れた髪を簡単に整え携帯機器から食事を受け取る確認画面に移行し、ポケットに入れ、俺もラウンジに向かうと、カウンターから食膳トレイを受け取った。
ラウンジの入口に立つと、基本的に大部屋の客は向こうで食べる事を想定しているのか、客数に対して食事ブースは少なく、おかげで全体が見渡せる。
つい~と眺めると右側の真ん中にエレとアサの二人がいたので、俺もそこの席に向かう事にした。
「やぁ二人とも、今朝の調子は悪くないかな?あぁ、何か雑談をしていたならそのまま続けてもらっていいよ」
俺はそう言い机に俺のトレイを置き、座る。
机には二人のトレイの他にジャムや調味料が並び、二人の前に置かれたトレイには俺と同じ緑や白といった物体と缶クッキーが載っている。
初日に聞いた話では『地域によって食は違いますから、さまざまな乗船客に嫌悪感を抱かせないよう船内食はペースト状のものを出しているのです。』 ということだった。
食材アレルギーといった管理もめんどくさいし、出来るだけ簡単にしたいのだろう。
「別にいつもとかわらんよ」
アサはそう言い紫色のペーストをクッキーに乗せながら、チャを飲んでいる。
これはこいつの習慣みたいなもので、昔からコーヒーなどが嫌いなので、よく刺激の強くないものを飲んでいる。
俺が最初に彼が”彼”ではないか?と思った理由も、こういった理由からだった。
人は好みや嗜好というものに色が出やすいものだ。
一つだけならよくいる事でも、それが二つ三つとなっていくと、指紋などのようにその人を識別可能なほど色付けする。
もちろん、俺にもあるだろう。
しかし、そういったものを隠そうとする思考を持つ気にはならない。
それは他人から内面を強要されているのと同じだし、すなわち『全ての者の規格を統一したマッチにしよう』とする、共産主義者と同類になる。
人は違うからいいのだ。
―― マッチ以外の生き方が社会的に悪だという圧力社会では、無駄に嫌いあい、争い合う。 ――
例えそれが”殺人衝動”であっても、生き方を合致させれば”犯罪者”にはならない。
兵士、処刑執行人、いくらでも社会に有用な職はある。
―― だから社会規範よ、どうか俺に人を好きでいさせてくれ。――
エレ「私こういった船には初めて乗るんですが、あまり揺れないんですね。スーパーキャビテーションと言うんだったかしら。昨日甲板から下を見たら、海面に接している部分も少なくて、事故が起きたらどうなるのだろうってヒヤッとしちゃった」
昨日は3時ごろ出港したが、荷物の整理や受付などで船内は少し騒がしかったので俺たちは部屋にいたが、どうやら彼女は船内を見て回っていたらしい。
なるほど、これも彼女の色の一つだ。
どうも彼女は好奇心が高く、行動的な面があるらしい。
俺「大型魚類が航路上に侵入して来ないように海人が整備しているから商業航行できるわけだし、あまり考えても”空が落ちてくる”ような杞憂だよ、それでもまれに接触事故が起きるそうだけどね」
アサ「普通はそうなっても生体の上をすべるから、多少衝撃があるだけだがな。船体がバラバラになるなんて、それこそ魚雷をくらったりしない限りそうそう起こらんよ。」
俺「さすが、こういうことは詳しいね」
まぁ彼の事だ、長い船旅も仕事柄慣れているだろう。
ふと隣の席を見ると、壮年?(30くらい)の女性と、中年(40くらい)くらいの男性が座っている。
服装を見る感じ、恋人や夫婦と言う感じではないな。
女性の方は※エースト人か?鼻の形からすると何かとのハーフかもしれないな。
※レキスネント大陸西側の島を居住地としていた民族。元々はエルフを源流とする部族だったそうだが、500年前の騒乱時に別の民族として独立した。島内で孤立集団として限られた遺伝子プール内での継続的な子孫形成により一般的なエルフより頭骨が縦に長く、鼻は小さく、肌がやや黒みがかっている。
「そのバッグはあのブランドですか?(ニチャァ」
そう言いながら、わざとらしい笑顔を向ける。
出会いの印象は悪めに、そうすれば会話で多少外しても印象は下回らない。これが俺の持論だ。
どうせ知らない人間に急に話しかけられたら警戒するものだし、あえてチョイきもい空気を演出する。
ここで会話が続かないものはどっちにしろ同じことだっただろうし、その時は『これでお互いの自己紹介は済んだわけだけど、僕たちは仲良くなれそうにない事が分かったよ』等と言っておけば、勘違いしたチャラい男として記憶には残るというわけだ。
そう、ここで重要なのは記憶に”残す”ことだ。
「よく知っていますね、 男の方は女性ブランドに興味が低い方が多いと思いますが」
「昔、縫製に詳しい方と仕事柄、親交がありましてね。
その関係で今でもデザイナーをたまにちょくちょく調べているんですよ。
※ヴリジアンは皮の生産地から近いので良質な皮で有名ですからね」
※レキスネント大陸には東と西に一つずつ都市があるが、そのうち西の都市はギャルベ島で育てた動物を加工して得た材料を使った商品生産が盛んだ。ヴリジアンはそうした服飾ブランドの一つ。
ブランドはおおよそ2種類に分けられる。
①デザインのスパンが短く・数量限定で季節ごとにマイナーチェンジなどを行い店舗への来客や閲覧を通し接点を多く持つ。これはコピー品防止という観点からも有用だ。
②デザインのスパンが長く・ブランド価値で勝負する。この系統は規格外製品の割引販売や、在庫処分(アウトレット)を行わない事が特徴だが、反面、コピー品が多くなる。
ヴリジアンは後者なので、たまにコピー品の摘発が話題になる。
「ところで傷とかつくのを嫌がる方も多いですが、こういう場所に持ち歩いてよいのですか?」
「あら、物に使われるより、物を使いこなしたほうが格好いいでしょう?それに、大切にしまわれているのは使ってほしくて作った職人へもかわいそうじゃないですか」
「てっきり正規中古品かコピー品かと思いましたよ。なにしろ高度に発達した偽商品は、一見して本物と見分けがつかない ですからね」
そこまで俺が言うと、バッグから携帯機器を取り出すと
「秘儀、ステータスオープン!」
彼女はそういった。
な、なにぃい、まさか これが 伏線回収!?
「RFIDタグですよ、ご存じでしょう?」
なるほど、高級ブランド商品には実装されているというあれか。
最近では補修や転売履歴まで記録されていると聞く。
(あくまで正規店だけね)
「えぇ、まぁ。しかしあなた、ノリがいいですね」
「最近はこのようなギャグが流行っているのでしょう?流行には敏感でありたいですし、だからこそ一過性の流行に流されないために流行を勉強することにしてます」
「なるほど、殊勝な考えです。ところで、このタグを回収してコピー製品に付ければ、一見すると真贋の区別はつかなくなるのでは?もちろん、正規店などへ鑑定に出せばわかりますが」
「例えば本物が3000ツゥプシェで売られている時、2000ツゥプシェで売ればおそらく元は取れないわ。
――え、もちろんわかってますよね?
人件費を抑えて利益を国家や経営者に転嫁させると、短期的にはいいが長期的には経済停滞を引き起こすので、人件費は為替交換レートを考慮しなければ市場平均額以上なのは前提ですよ?――
会社は従業員の習熟まで賃金を払って、その後にできた製品に利益を乗せるので販売予定数量で商品1個に乗せる費用と利益は変わるけど、ざっくり2500ツゥプシェとしましょうか、正規品との差500ツゥプシェ。特にこのICチップは原価がかかるわ 仮に人件費を圧縮できたとしても正規品:コピー品の市場割合が2:8とかバカげたものにならなければそんなものよ。
それならディスカウントショップや代理店から直接買えばいいとならないかしら?
ほとんどのブランド店は、そんなにボッラクリ価格を設定していないのよ、ね
自然の皮革は元が立体状なのでシボ(でこぼこのシワ)があり、製品によって使える部位が変わるので、ここでコストカットするのはかなり難しい、
合皮は反物状で出てくるので、均一性が担保できるけど、
バレるような縫製や素材にしたら、それこそ意味がないし」
「なるほど、お詳しいですね」
「私の家族が貿易会社を経営していますので、こういう事に興味がありまして。私自身は化粧品の製造の役員と兼任しています」
「なるほど、私たちもこれからとある企業の仲立ちで商談をするために大陸へ渡りますが、よければあなたがたとも懇意にしても?」
「かまわないですけど、ニセブランドはうちでは扱ってませんよ、もちろん通報します」
(なるほど、ということは何かしらコピー品取引の情報が彼女にも入ってるな)
「つまり、コピー品で儲けるには人件費か材料費を下げることが前提なので、反政府勢力や、敵対国による敵対国の社会を内部から弱体化する外商攻撃戦略で、国際犯罪ですよ。これに集団として反抗するのは当然でしょう。
もちろんこれには理由があります。
職人と販売店は必ずジャッジする販売店が若干優位になるので、だから職人は販売側の動きに敏感になります。なので、コピー問題は制作側ではなく、販売側にこそ抑止の義務があるのですから」
※コピー品流通は販売店の問題の方が強い。自作でカバンやバッグ作るのは、本質的に自由だからね。
「いやいや、あなたはよく勉強しておられる。たしかに廉価販売は海外からの輸入 差額が製造・輸出国に移転するので通貨高圧力を生じる。これに通貨発行量で対応するとインフレを産み、ひいては国民生活を圧迫しますからね。そうではなく、大陸産の特産品とかの事ですよ。」
「そう言った事なら、大陸産の穀物や、それとウールに覆われた動物から取れる特殊な蝋から作られる化粧品なんかは用立てできますよ。」
「ほう、それはどういったものです?リザヤイーズリの国都でエレは見たことある?」
エレ「いえ、私もヨナさんとたまに街中に行きましたが、記憶にはないですね」
「一応、そちらにも何店舗か取り扱っている店はあるのだけど」
「よければ試供品などあればいただけますか?」
「ちょうど二つあります」
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長くなったんで続きます。
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