第33話(2章5) 船内①

レギスネント大陸への定期航路は2日かかる。


船内の客室は1~3等に分かれていて、それぞれ料金が異なる。

3等は大部屋で2等は小部屋だが持ち込める荷物量によって決めるのが普通らしい。1等はスイートルームというやつで、だいたいは2~3か月前の予約がいる。

俺たちは荷物はそれほどないので大部屋ではなく、小室にした。

小室は3.5畳ほどに2段ベットと机が二つと、荷物を止めておくためのゲージがあった。


出港して翌日の早朝、俺は甲板に向かっていた。

外に出てみると、遠くの方は霧がかかっている、

風が強いが、それほど冷たくはない。

肩の高さほどある手すりに寄りかかり水平線を眺めていると、後ろに気配を感じた。


「あぁ、君か  早いね」


後ろを振り返ると、寝巻代わりのジャージを着たヨナがいた。


「よく眠れたっすか?」

「あぁ、そうだな。君は?」

「もちろん」


そう言うと彼女は俺の隣に並んだ。


「風がちょっと強いっすね」

「あぁ」


来たであろう方向を遠くまで眺めても陸地はもう見えない、

地平線まで海が広がっている。


「ねぇ、どうせあなたの事だから、合流するまであそこに愛妾がいたのでしょう?」

「あ~、まぁそうだな」

「手紙を出すくらいはできたんじゃない?」

「・・・元々この国じゃ多夫多妻が主流だし、俺がいなくなったらなったで上手くやるだろう。それによく覚えてないが最後にお別れの言葉を聞いた気がするし、わざわざ今から連絡を取る必要はないだろう」



「そう、かわいそうね、その彼女」

「何が?」

「だってもう会うこともないのでしょう?」

「仮にそうでも、信じて待つ義務はないだろう。どう行動するかは自由だし、俺に責任はないよ 彼女が望むなら、またいつか会うこともあるだろう」


それを聞くと、彼女は遠くを眺めた。

雲が見える

左が厚く、そこに向かってふわふわと雲が漂っている

今日か明日は雨が降るかもしれないな


「あなたはどこかで、他人を望んでいないのね」

「必要だという思いと必要ではないという思いが同時にある場合、どちらかを選んだとしても、もう片方も真実さ」


「みんながみんな強くないから、あなたみたいに好きに生きられるわけじゃないの。自分の本心を押し殺して、その国の道徳に合わせて、相手が望んでることに合わせて、・・・」

「やめよう、別に君とそのことを議論したいわけじゃないんだ」


「・・・そうね、人の事情に私も踏み込み過ぎたわ ごめんなさい」


彼女は俺の方を向き、そう言うと軽く会釈をした。

多分俺が考えたことと、彼女が誤った理由は違うだろう。


こういう話は、ある作品が”面白いか面白くないか”は千差万別~みたいな意味不明な議論に似ている。

ある作品が面白いか面白くないかを語っている実、そこでは物語が破綻してるか破綻してないかを語っている事を無視する、すり替え論法というやつだ。

俺は人を望んでる気もあるし、望んでない気もある。片面を切り取り藁人形にそれを張り付けたところで、ただの押しつけだ。


破綻している作品を「千差万別」だから面白いと断じるのは、トウガラシが甘いと感じる味覚障害がいたとして、千差万別だからトウガラシは「甘い」という定義をゴリ推す行為だ。こういうものは、どういう理屈をつけようが主張者は弾圧されるべきキチガイだろ?

男女間のこのての話も、だいたいこの「甘い」と「辛い」の押し付けになりやすい。人を自分の考えにしようとする議論は、女がよくやるが、意味がない上に両方にとって弾圧すべき対象と認識する羽目になる。

うわべだけの話ならまだしも、避けるが吉。


「ところで、お前、俺の事が好きだったのか?」

「何?いまさら。私はずっとあなたの事が好きですよ」


俺は彼女が即答したことに、少し驚いた。


「俺はお前も俺を利用していると思っていた。

だから両てんびんが釣り合うように気を付けていた

だから今、まっすぐに好きだといったことに驚いている

君は俺の性格を知っていると思っていた

愛というものは無償の従属を意味する一番愚かな概念だ

冗談で言うならともかく、好きだのなんだの本心からいうやつは

詐欺師や強盗に自宅の不在時間や実印をかすような行為だ

俺がお前を利用する口実にするかもしれないとは考えないのか?」


「ふふっ、珍しいね。いつもなら うれしいよ とか、耳障りがいいこと言うのに」


「君の今までの献身に対する優しさだよ」


「それでも私は何も変わらないよ、

私は私の意志でやりたいようにやる、私は今までもそうだと思っていたし、これからもそう、

昔言ったよね、俺は誰かを好きになる事はない、だからお前がそういう生き方をしたいなら、俺以外を選んだほうがいい って。

そういったあなたの顔がどこか寂しそうで

私はあなたの力になりたいと誓った

だからあなたが私との関係を断ちたいなら、私が支えるに足らない人物になればいい、

そうすれば私は自分の見る目のなさを嘆き、あなたの前から消えるわ」


「それは難しいな。俺は人に自分の生き方を変えられるのが許せないから」


「もっとこういう話するべきだったね」


もっと話をするべきだった・・・か。

彼女と本心から語ったことがどれくらいあっただろうか?

・・・いや、割とあったような気もする。

そもそも何でもかんでも話し合うやつなんていないだろ。

そもそも別個体が完全にわかり合うなんて不可能なんだから、全部言い合ってたら喧嘩にしかならんわ。

それが男と女ならなおさらだろう。

試しに何か言ってみるか。


「君に黙っていたことがある。俺はあの国が嫌いだった。

子供のころやっていた未来少年リーア、覚えているか?

俺はあの作品が大嫌いだった。

最初の島で出て来た爺が、作者の思想をよく表してただろ

「お前たちはまだ争い合ってるのか、あの戦争から何も学ばなかったのか」

島に来た軍人に爺が投げかけた言葉だ。

そして、

「戦争で荒廃させたのはお前らの世代だろ、お前らの責任を押し付けるな!」

と指摘されるとロケットランチャーを持ち出しただろ?

あれが、あの年代の限界なんだよ

そしてこれが、等身大の善良な市民(労働者)というやつだ

正論で負けると暴力で潰すが、自分がそれをやられると発狂する。

戦争から学んでいないといいながら、言葉で負けると戦争を仕掛ける

結局、あいつらが嫌いだというものは自らの現身(うつしみ)で、悪だというものはあいつら自身の鏡像なんだ。要は同族嫌悪でしかない

これが善良な市民というものだ

いいか覚えておけ、善良な市民というものは下等で下劣な汚物だ

これが俺たちが今から戦うべき本当の敵だ

それは、何より彼ら自身が証明し自覚している

奴らの言葉は全て悪意で出来ていて、行動は全て利己心で成り立っている最悪の化け物だ

俺はやつらを倒すことに一切の自責も感じない


「そう・・・だったんだ、

私、あなたがなんで国を裏切ったのか、わからなかった

初めてあなたの心に少し触れた気がします」


彼女は続ける。


あなたとの結婚ね、私が母さんにお願いしたんだよ

反対されたわ 女が一人の男に尽くすことがどんなにためにならないか説明された


女が一人の男に添い遂げるのは危険な事、男が心変わりをしていくばくかのお慰み(慰謝料)を貰うにしろ、財産を奪われるにしろ、幸せな結末にはならない。

それならいろんな人とつながっていたほうがいい、って


幸せは自分の力でつかみ取るもの と同じことを思っていても、こんなに違うんだ。

って思ったのを今でも覚えている、その後、やっていたことが結果として同じでも、ね

私は結局、あそこまでの考えにはならなかった


でも最終的には納得してくれた

あなたに母の作った資産が渡るなら、かまわないと思ったのかな

あの人は、あなたをずっと いとしい と思っていたから。



「俺は彼女に捨てられたのだと思っていたよ」


「そういえば、一度怒られたことがありましたね」

「そうだったか?」

「えぇ、あなたが落ち込んでるときに…」


そこまで聞き、『あぁ、あのときか』と思い至った。


男が本当に苦しい時に女を抱けば治るなんて言ってるやつは創作に汚染された病気だよ!精神的にまいってるときにそんなことできるわけないだろ!って


あの時はまだ私も若く、男の人も、あなたと言う人も、良くわかってなかったのね


「まぁでも悪意があって言ったわけじゃなかったのに、あれは強く言い過ぎたよ」


「あなたに夢があるように、私にも夢があるの」

「どんな?」

「内緒ですよ、だって、あなたに利用されるかもしれないんでしょう?」


「「ははっ」」


日が完全に昇り始めたからなのか、少し肌が暑い。


「そろそろ部屋に戻りましょうか」

「あぁ、そうしよう」


ドアは気圧差なのか、なかなかに重かった。


「じゃあまた食堂で」


後ろに彼女の声を聴きながら、俺は自分の部屋に向かった。


私の夢はね、今度こそ、あなたに死ぬ時、見送られてなくなる事

あなたがあなたである限り



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