第32話(2章4) プロローグ②
「そういえば、今日は鎧は着ないのですね」
シーレゼル「えぇ、今日は仕事の一環ですからね」
彼はそう言うと肩をすくめて笑った。
彼にとっては当たり前すぎて、当たり前のことを訊かれたのがおかしいといった風だった。
俺は会場を一望する。
会場にいる全員が正装だが、それはエルフ民族衣装的な正装であって、特異な服装をしているものはない。
ただ、各地域ごとに多少の差異が見て取れる。
変わったところでは女性がロングソックスにショートパンツを合わせ、
男性がタイツにショートスカートのようなものを合わせている。
俺も詳しい訳ではないが、北西の方のエルフ民族衣装がこんな感じだったかな?
この国では儀式のときに冗談を言い合ったり、古めかしいものを着る常識があるそうだが、この景色から今日は違うらしいという事が読み取れる。
というのも、この世界では州(都市)どうしが離れているので、都市ごとに慣習が多少違っている場合が往々にしてあるが、少なくともこれについてはリザヤイーズリ(この国)では一致していると聞いていた。
それをやる場合とやらない場合があるらしいが、その基準はまだよくわからない、とにかく今日はそういう感じの集まりではないらしい。
この国でずっと暮らしていれば、そうした微妙な差異もそのうちにわかったのだろうか。
(パーティーの設営場景)
中央の机にはいろいろなパンフレットや説明用の資料が並べられ、
特産品や新品種の試食場があったり、
軽食用の飲み物と菓子が備えられ、
コの字型に組まれた机の中では5人ほどの担当がせわしなく対応している。
会場の端には机やイスが並んでいて、
人々は中央から飲み物や菓子をもって談笑したり、
資料をもって意見を交わしたりしている。
俺も中央でパラパラと資料をめくってみたが、
世界各地での生産品と消費の非対称だの
ここ10年の嗜好の変遷だの
互助会への協賛金がどうのこうの
パンフレットの後ろにはお決まりの何たら理事だのの爺婆の顔がずらっと並んでいる。
情報としては特に目新しいものはない。
そこで今回の集まりの主題が分かった、新しい税補助の設立のための根回しや、既存組織の新規会員獲得が今回集まった目的のメインだろう。
まぁ別に悪い事ではない。
俺がそうしていると後ろからシーレゼル議員が「まぁ、あなた方は普通に楽しんでください」といい、どこかに行ってしまった。
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しばらくブラブラと周囲と会話しながら知古を広めていたが、階段の下で休んでいると声をかけられた。
「あなた、さきほどは満足に挨拶できませんでしたわね、私、ツィヴィーロといいます、どうぞよしなに」
「やぁ、よろしくお願いします。」
見ると目の前に女エルフが腰に手を当てて立っていた。
白みがかった髪に青い瞳というこの都市ではよくみる組み合わせだ。
片側を編み込み、そこに髪留めのようなものが光っている。
お守りか何かだろう。
「ところであなた、お名前は何と言ったかしら?」
「僕はスイといいます」
「あなた、今回は何やら裏で動かれたようですわね」
「それほどではありませんよ。」
彼女は前振りも早々に単刀直入に訊いてきた。
彼女の表情は穏やかだが、こうしてわざわざ絡んできたという事は、
裏で顔をしかめて悔しがったりしたのだろうか。
高飛車な偽善者が本性をあらわにした瞬間と言うのは、
万人にとっての蜜である。
もっとも、例え相手が目の前で醜態を晒したとしても、そんなことを相手に悟られるようにするのはクソ右翼の三流だけだがな。
「ところで、どうしてあのようなことを?」
俺はカマをかけてみた。
正直、彼女が何をやっていたのか知ったこっちゃないし、俺の行動が彼女にどう影響を与えたのか分からない。
そんなことまで調べる時間も暇もなかったしな。
彼女の事で知っている事と言えば、一般的な評判くらいだ。
だがヒントがあれば別だ、
彼女がこうして俺に接触してきたという事は何かしら俺が彼女の目的に不都合な行為をしたんだろうし、
何かしら「単語」などが訊ければ、そこから彼女の意図を調べるのは容易になる。
俺の発言の意図としてはその程度だった。
彼女は少し驚いたような顔をしたが、
「ふふっ、ところで人の善意の裏には悪意があるといいますが、では悪意の裏には善意があるのかしら?」
何やら意味の分からない返答が返ってきた。
よく分からない事に裏をかこうとして適当に答えてもいい事はないし、適当に一般論で答えておけばいいか。
「もちろん、すべての裏には悪意があるでしょう」
俺がそういった時、彼女の唇の端がうっすらと上がったような気がした。
「あなたとはまた会いそうな気がしますわね」
「さて、僕があなたのお役に立てるかどうか…」
俺はこの後、彼女は表舞台から消えて、よくいるお騒がせ屋になるんじゃないかと軽く考えていた。
市井の組織と違い、政争というものは無常だ。
一旦追い落とされれば民衆は違う神輿を担ぐだけだ。
時代や民衆が要望したかのように、一部の圧力をはねのけてしまうものも歴史上いるが、そんなものは例外だ。
嘘や利権に対抗し真実と論理を唱える者は多いがたいていは僭主やポピュリズムという賞賛を与えられず、扇動屋で終わってしまうものだ。
そうした連中は藁をもつかむように他人に頼ることがある。
彼女もきっとそうしたものを俺に期待しているんじゃないか?と考えた。
少なくとも俺の認識ではそうだった。
彼女は俺が適当にはぐらかそうとする意図を読み取ったのかクスッと笑うと、
「あなたもおっしゃったではないですか、ヒトの裏には何があるのか。
ヒトの裏には悪意がある、だから規律があるのでしょう?
それなら悪意があるものに規律がほほ笑むのは当然ではなくて?
私、規律には詳しいんですのよ」
彼女はそう言うと別室に消えていった。
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会が終わると散開し、入口の門へ向かうと3人がいた。
もちろん『アサ』『エレ』『ヨナ』のことだ。
俺はその中の一人に近づき声をかける。
「どう見た?」
もちろんツィヴィーロのことだ。
女性陣二人は彼女と結構喋っていたので、何かしら感じ取ったことがあるのではと思ったからだ。
ヨナ「どのようなものにも手を差し伸べる慈愛の人でしたか、とてもそれだけには見えないっすね」
「ふむ」
詳しく調べたわけではないが、一般的な彼女の評価としては一様ではない。やれ国際企業の手先だの、やれ売国スパイだの、さまざまだ。
もちろん目立つ人物を口汚く罵しる事が好きな輩と言うものはどこにでもいて、そのどれが正しいかはわからない。
ただ『慈愛の人』それが、所謂マスコミがつけた彼女へのラベルだった。
そもそも彼女は何故今日来たのだろうか?
今更、俺たちとパイプをつくりたいというわけでもないだろう。
人の行動と言うのは打算的だ。
ただし他人にとってはわからなくとも、本人にとって益があるということもママある。現状では考えてもせんないことか。
「エレは彼女についてどう思った?」
「彼女はきっと、最終的にはみんなが幸せになる選択をするに違いありません!だってそうじゃないと、みんなから支持される訳ないでしょう?」
俺はフフッと笑った。
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