第31話(2章3) ツィヴィーロ②
―ツィヴィーロ視点―
その日は午前に武道場でトレーニングをした後、同僚4人と街へ行くことになった。
帰り道、たわいのない話をしながら堤防を歩いていると、河原に整備されたコートが見えた。
そこでは仲間内で球技をやって遊んでいたり、競技の練習をしていたり、ベンチで休みながら談笑したりしているのが眼下に見える。
風は少し強い。
「ねぇ、早く帰りましょうよ、みんな待っていますよ」
私がコートの方を見ていると、集団から少し距離が出来ていた。
引き返してきた先輩に私は言う。
「私、ちょっとあれ見てきていいですか?」
そう言いながらコートの方を指さした。
「え、大丈夫?」
と言いながらコートを見た後、先輩は少し嫌な顔をし、「早く帰ってきなよ?」といい去っていった。
私は彼女を見送り土手を下っていく。
フェンスの中では男女6人がバスケをしていて、
その脇のベンチでは男女が休憩していた。
距離が近づくにつれて、話し声が聞こえて来る。
「・・・しかし、それなら向こうにも利益があるでしょう?自由化をするならいくばくかの譲歩をしても・・・」
フェンスに手をかけると ガシャン と鳴り、
二人の視線がこちらに向いた。
私は振り返ったその女性の方に話しかける、
「やぁエリザ先輩、今日はレクリエーションですか?」
「あぁ、ツィヴィーロ、奇遇ね。彼女は私の後輩よ。
ツィヴィーロ、彼はヴェイよ、今やってる仕事を一緒にやっているのよ」
彼女は私の事を隣の男性に紹介した。
茶色い髪に白い肌、そして北方産まれに多い赤い瞳。
年のころは40~50だろうか、彼は少し怪訝な顔をして「ふーん」と呟き、
「ようこそようこそ、今日は彼女と約束でもしてたの?」
と、気さくに話しかけてきた。
別に歓迎されていないわけではいないようだ。
「よろしくお願いします。いえ、たまたま堤防を歩いていたら見えたので…」
私は胸の前で手を合わせ、
「え~と、ところで話は変わりますが、これはどういう集まりなんですか?」
と聞いた。
ヒュームの男女が一組と、エルフの男性が3人、
珍しい組み合わせだ。
「農場の人たちだよ」
ヴェイと紹介された彼が言う。
「……」
ふむ、簡潔にして簡便な答えだ。
確か、南東の方に品種研究も兼ねている施設があったはずだ。
たぶんあそこの事だろう。
「そういえばエリザ、種苗取引について制限の緩和を求めているようなんだ。
その理由についていまいちよくわからない部分がある。
嗜好用なら収穫量よりも味や品質にこだわるのはわかるんだが、どうもそうではないようなんだよね。どうしてそんなところに彼らの意見は落ちついたんだろう」
「あなたたちにわからないなら、私にもわかりません」
「そりゃ、そうですね」
「ターミナルに集積される品種に変動は見られないの?」
「嗜好は世代によって変わるからねぇ」
二人は私にあいさつをすまし、先ほどの会話を続きをし始めた。
―― 国家の州が隣接しないことから同一規格での貨物列車用の軌道は一部に限られており、ジェット貨物機がエネルギー効率から汚染物質垂れ流し装置と揶揄され廃れた現代では、長距離移動はもっぱら船が使用されている。
なので、大陸間移動も船が主流だ。
それらはほぼ燃料電池推進船であり、港に併設された海水から電解槽により水素を製造する施設から燃料供給を受ける。
この都市にも南東に、陸地から離れた人工島に整備された港湾がおかれている。そこで検疫が施されると貨物ターミナルと呼ばれるいくつかある集積地に運ばれ、そこから電気トラックや電車を乗換えて運ばれる。――
それからしばらく専門的な話を続ける彼女たちをしり目に、私はフェンスの外側のベンチに座ると彼女たちの会話を聞くともなしに聞きながら、眺めていた。
「えーと、どうするツィヴィーロ?この後も1~2時間ほど私たちはやるけど、待っててくれるなら一緒に帰りましょうか?」
「はい、お構いなく。私はのんびりまってますよ」
二人はしばらく会話した後、コートへ向かっていった。
・
・
・
タンタンタン
ボールが弾み、フェイントをしあい、パスをし、そしてシュートを打つ。
特別なこともない普通のバスケである。
はい、タンタン
「はいっ、シュー・・・うおっ」
フィールドでジャンプした男性がツテンと転がって、
ボールがこちらに転がってきた。
「いたた、すりむいちった」
そういうと、先ほどとは違う男性が、目の前のベンチへ脚から血を垂らしながら歩いてきた。
彼が水で血を流していると、エリザが隣に座り、ガサゴソとポーチをあさり、チューブ状のものを取り出すと傷口にそれをつけて手当をした。
「やさしいのですね。やはり人を動かすのは、まことの思いやりなのでしょうね」
私はその光景を見ながら、声をかける。
「・・・」
彼女は私の問いには何も答えず、血止めを塗った男性を笑顔で見送った。
・
・
・
それからもしばらく彼女たちはバスケを楽しんだ後、
エリザ達はタオルなどをカバンにしまい、中央の管理所で手続きをすませ、
「じゃあ、また明日ね~」
と別れると、私と彼女は駅舎の方へ歩き出した。
相変らず土手の上は風が吹いているかと思ったが、
帰る際にはそれほど強くはなかった。
道の脇に植えられた花が時折、風に吹かれて揺れている程度だ。
道中、私は気になっていた事を聞いた。
「そういえば、今日はエルフの女性とは一緒ではなかったですね」
「えぇ、そうね」
「おひとりで男の集団とですと、 結闘が、その…」
「そうなったらそうなったではありませんか。それに彼らとはもうそういう関係ですよ」
彼女は無表情でそうつぶやいた。
「そういえば、周りに気を配っていましたね。やはり人の心をつかむのは優しさなのでしょうか」
私はけがを手当てしていたのを思い浮かべていた。
「ふふっ、弱っている人間は容易く優しい言葉を信じるものですが、それはただ幻想を作っているだけ。その優しさはいつかお互いを自縄自縛することになります。呪いですそうしたものは、えてして誰も幸せにならないものです」
「そうでしょうか?」
「世の中に、善意だけで出来てる人間なんていないのよ」
彼女は優しく微笑んでいる。
「真理にかなう事を悪だと述べ立てて、自分の幸福だけを追求するなら、それはとても素晴らしく、そしてとても残酷な事でしょう?
真実は他人に何かしたらそれを忘れ、自分が何かを受け取ったならそれを忘れてはいけないという事よ。
ま、もっとも彼女たちはそんな話をひどく嫌い、こびへつらった生き方をするくらいなら死んだ方がましだといったのだけど。」
(後半は同僚への不満なんだろうな)
と私が想っていると、彼女は面白そうに続ける、
「あなたも気に食わなければ、私から離れても構わないのよ」
そう言って向けられた彼女の笑顔は、どこか疲れてるような気がした。
まぁ、さっきまで運動していたんだから疲れてて当然ではある。
しばらく歩いた後、私はふいに声が出た。
「先輩は、お逃げになりたいですか?」
どういう気持ちでそれを言ったのかは自分でもわからない。
ただ、彼女がこの国から出ていきたいというなら、私もついていく気持ちがあったのかもしれない。
「私は国に唾を吐いたことはないのに、なぜ逃げなければならないの?
人々が罪深いとしても、公共の利益によって違法性は阻却される。
規律を守らなくなったらヒトであることを辞める事よ」
彼女は皮肉めいた言葉を言った。
それに関しては、私もそう祈りたい。神というものがいなくとも、ヒトとして生きようとしているものに規律は牙をむかないのだと。
同時に、エリザも鎖に繋がれているのだと認識させられる。
今のところ順調だからこそ、逃げないという彼女の精神への圧迫が何か嫌な事を起こさなければいいけど。
まあ、所詮は予感。
その時はそう思った。
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それからしばらくして、
彼女が事件を起こした事はすぐに伝わってきた。
当時の私はまだ若く、何かが動き出した事を理解できても、時間は早く進まないのだという焦燥を自分の早くなる鼓動で確認する事しかできなかった。
走って帰ると部屋の隅で丸くなり、
「ははっ、私は逃げるわけにはいかないからさ…」
彼女はそう言って笑ったのを覚えている。
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