第4.5話 間話

宿舎の中庭に行くと、胴着に身を包んだアサが待っていた。

研修から戻ると部屋で暇そうにしていたので、俺が呼んでおいた。

日の入りまで2~3時間、日は真横に近くなってきていた。

長くなってきた影が入る中庭の地面は、背の低い草が茂っている。

足をスイングさせると靴に草が絡まってくる。

倒れても草がクッションになって、そうそう痛くはなさそうだった。

服に草の汁が付いたら、洗濯は大変そうだが。


俺はそう思いながら襟を正しながら首元をさする。

首のあたりは昨日の道場での組手で胴着がこすれて少し青くなっていた。


「どうしたんだ急に?」

「昨日、武道館でうまいことやられたので、覚えている間に振り返っておこうと思ってな。自主練に付き合ってくれよ」

「練習だけなら女どもでもいいだろう?」


アサはそういうと部屋の方を顎で指す。


「お前、こういうの得意だったろ?もう少しで何かがつかめそうなんだ、手伝ってくれよ」


俺は自然に、知り合いに話しかけるように言った。

アサはしばらく考え、

「気付いてたのか」

彼は表情も変えずそういった。


「そりゃーな」


俺はぶっきらぼうに答えると、適当に体をほぐす為に体を動かす。

アサも簡単に準備運動を始めていた。

昔から、なんやかんや言いながら手伝ってくれる、気のいいやつだ。


昔から俺は運動は苦手なわけではなかったが、得意なわけでもなかった。

ただ、格闘技は訓練や学校の授業で少し嗜むくらいしかやったことはなかったけどな。


13歳くらいの頃は陸上をやっていた。

普段の生活ではやらない事をやりたいなぁくらいの感覚で棒高跳びをやろうかと思ったが、どーせやるならいろいろやるかと混成競技を志望した、だがしかし中等部では8種目しかなくて、そこには棒高跳びはなかったのだった。

どちらにせよ、俺には高跳びの才能がまったくなかった。

背面から地面に落ちるの怖くね?

ヒトは鍛えれば誰でも自分の身長と同じ高さは飛べるらしいが、飛べるイメージが付かなかった。

恐怖でイメージが付かないのかと思って数日開けてみたり、いろいろやってみたが、他の競技はともかく、結局、1m60cmが飛べなかった。

そうして1年半くらいたったある日、学校の校庭に球技用のボール防護用兼砂塵防護用のネットを張る工事が行われて、砲丸サークルが使えなくなった。

それで俺は最後の試合前に引退した。

出来上がったネットを見ながら、あぁ、もう出来ないんだなぁと、少し寂しかったのを覚えている。


別に飛べなかったことが寂しかったわけじゃない

ダメだっていいんだ

精一杯やって納得できたなら、それもまた面白い経験だ




俺はアサの襟や袖を掴み、受け身がとれるように手を引きながら投げる。

それを何パターンか繰り返し、次に逆にアサが俺の襟や袖を掴み、受け身がとれるように手を引きながら投げる。

「どうだ?」

「十把一からげくらいはできてるぞ、別に体術を極めるわけでもないんだし十分じゃないか?」

「そうか、じゃあ次は実戦形式に寄せてやってくれ」

俺は投げやりにそう言うと、アサの袖や襟首をとろうと動き続ける。

しかしアサは上手い事それをいなし、合間に俺の体を引き倒すと技をかけ、手を放す。

それから俺が起き上がるとまた同じことを繰り返した。




1時間ほど経ったころ、

「少し休憩しようか」

とアサがいうので、脇に置いていたドリンクを飲み、タオルで汗を拭いていると、アサが話しかけてきた。


「そんなに彼女は強かったか?」

「さすがにお前ほどじゃないけどな」

「ふーん」

と気の抜けたような返事が返ってくる。

昔から女に興味が薄いのは変わらないな。

「そういえば知ってるか、この国ではジョ-クが盛んなんだ。先日の地下室のあれなんかも、実は彼らなりの接待でな・・・・お前もこの国になじみたいなら慣れといたほうがいいかもしれんぞ」

「な、なんだってー」

「例えばそうだな・・・(映画を紹介する)・・・辺りなんかは、この国の風俗がよく表現できているぞ、見てみるといい」

そういうと何やら意味深にニヤァと笑っている。

まぁ、意図はわからないが公開されている作品ならそんなにおかしいストーリーではないだろう。

「なるほど、時間があるときに見てみるよ」


俺たちがそんな話をしている時だった、


「私も混ざっていいですか?」


いつの間にか来ていたのか、エレがドアのところで座っていた。

俺は相手を変わると壁を背に座り、二人の組手を見る事にした。

上手い奴の動きを見るというのも、それだけでいい練習になる。



彼女は妙に慣れた動きだった。

俺がそうであるように、知識として理解しても体を動かし脳に記憶させないと運動技能というものは成り立たない。

例えば子供のころに自転車を乗れるようになると何年たっても乗れるように、体が変わっても運動技能というものは一度覚えるとなれるのは早い。

彼女は明らかに、以前、体にしみ込むまで訓練を積んだもののそれだった。

アサとエレが組み合ってしばらくたったころ、ポツリとアサが呟いた。


「お前、訓練していたことあるな?」

「え?そんな記憶、ないけどなぁ」

そう言い、動いて火照った体から湯気を立てながら、笑顔で彼女は笑った。


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