第4話

館から宿舎に戻ると、先に戻っていたヨナが一人で夕食を作っていた。

「今日は魚屋で茹でたタコを買ってきました。あなたも食べますかスイ?」

「そうだね、リゾットにでもしようか」

「昨日はイカ?といったかしら、あれは生臭かったわね。内臓のにおい」

チラッと共同調理場の脇に据えられたゴミ箱が目に入る。

あの中にはゴミ収集日を待つイカの内臓がある。

昨日は帰りに値引きされていたのでイカを買ってきて茹でて食べてはみたのだが、捌いた後の内臓のあまりの臭さにイカフライとして出来上がったものしか二度と買わないと心に決めた。

「ヒャック」

タコの足を切っているとひゃっくりが出た。


食卓に並べ終わると二人が部屋から出てきた。この宿舎に来てから『アサ』『ヨナ』『エレ』の4名で食べるのが日課だ。


俺  男 眼は濃褐色で髪はツーブロックにしている。役割は人脈交流のために各地

     の主要人物の把握と、汚

アサ 男 眼は緑色の瞳でスキンヘッドをしている。慣習や商事法交渉や公館で事務

     の研修を主に行っている。

ヨナ 女 眼は青色でモヒカンだ。索敵や暗号解析を得意としており軍務部で主に研

     修を行っている。

エレ 女 眼は紅色でショートの髪だ。民族ごとの習俗を学ぶため、学術研究所など

     を回っている。


「どうだいアサ、向こうでの住居の確保や搬入品ははかどっているか?」

「ズィートリングまではアレム商会の伝手を借りれるが、そこからの集落はクェントリム党によるテロの危険があることからテントでの移動になるそうだ」

「そうか」

アサの返事を聞きながらタコのマリネを口に運び(このタコも、ずっと引きこもっていれば死ぬこともなかったのかなぁ)などと考える。まぁ餌を捕食しないと死ぬから無理なんだが。


『いいゴブリンは、人前に出ないゴブリンだ』

という格言がある。

世界はだれであろうと制度に組みいれられる事を望むならそうすることもできるし、制度になじめないものがいることも認識している。制度同士の対立の最終的解決は暴力によってのみ行われ、それを戦争と呼ぶ。

それが歴史的にも証明された、ただ一つの事実だ。

ヴァンダルギアにおいて一人の新生児が一生に許容される資源使用量は15トン、これは自然の再生力と再生利用技術から試算されている。対してヒュームが地球と呼ばれた星で生きていた時は近代化後は平均35トンが必要とされ再利用は4割にも満たなかったという。

この違いは貨幣循環の活動にある。

管理通貨制度ではインフレ率を目標にするため年々マネーサプライは増加し貨幣価値は減価するため、熱エネルギーに対して労働という付加価値もしくは参加・参入を行って終わりのないマラソンを行う必要がある。これが管理通貨制度とは燃料を本位とする燃料本位制と看破される理由だ。現に地球史においても金本位制離脱後からのマネーサプライ増加と炭素排出量はリンクし、増加している。

この終わりのないマラソン社会の利点として移民の自由化、それを通した階級間差別の撤廃、特定の言語を国際共通言語として広めやすいといった「融和政策」に向いているという点が挙げられる。


対して、現在のヴァンダルギアにおいては貨幣活動を燃料から切り離すためいくつかの修正がとられている。土地の非固定化、人身売買権の定立、国家に対する経済活動税と再配分制度、個人主義の否定、といったものだ。

その理念を実現するため世界の国体は経済活動による炭素消費量などの推計を容易にするため地球風に言えば事業体を国家とする政体に近いシステム構築が行われた。各国はその国の労働生産物を担保として貨幣を発行し、エルフ国貨幣に対して変動制を敷いている。これは種族による能力差が大きい多種族惑星ヴァンダルギアでは効率化や技術革新がしやすいためでもある。

世界154か国が加盟する国際連合では次のような標語が掲げられている、

「海人族が山脈を国土とし、ドワーフが海底を国土にすることはないし、海底に太陽発電パネルを設置し、砂漠に潮力発電プロペラを設置することはない」ということだ。

各種族に沿った適正な居住地を指定することで余剰な土地を『国土』という名目で囲い込む非効率化も防げるうえに、各国家が都市機構を選択的に文明水準を決め整備や統治をしやすいため、ここ500年ほどは大きな変化もなく続いている。

全ての種族が科学的利器を最大限用いた都市機構で生活したいわけではないからな。それもまた自由という事だ。

この利点として国家の保障が持続可能性であることから、公害問題に対しては国際秩序への戦争行為として共同歩調をとれることにある。ただし、この制度の欠点として、自らの集団外を自集団に受け入れることについて硬直的になる。

特にこのことはゴブリンに対して不利に働き、彼らは自由な経済活動によってのみ全種族は発展するのだといい、曰く、ゴブリン陣営以外は「星に隕石が落ちてきて惑星が破壊される瞬間にも、資源の持続性が保たれているか気にする狂人」だそうだ。


簡単に言うと調ことらしい。

常に集団を裏切ることを考えているとは 反体制的敗北主義 あにはからんや である。


ともあれ書類上で見ればヴァンダルギアにおける戦いは、たった20トンの資源をめぐる戦いだ。だが感傷はない。そもそも原因は彼らが地球を、太陽系を捨てなければならなかったことにある。いや、自ら太陽系を放棄しなければならなくなった時点で死ぬべきだった。そしてヴァンダルギアにおいても、その思想を捨てられなかった。

彼らは果たして持続可能な社会を築けないほど間抜けだったのか、それとも抵抗者を排除する自浄力・団結力に欠けていたのか今となってはわからない。

言えることは、この地の住人は自制できないゴブリンに自由を与えてやるほど寛容ではなかったというだけだ。


見ると3人とも食事が終わり、水を張った桶に食器を沈めていた。俺も食器を片付けるために立ち上がる。


ヨナ「ところで明日は商会に行く日だったかしら」

アサ「そうだな、9:30に食堂に集まって出発すればいいだろう」

俺「では8:30に起きてないものは起こそう」


部屋に戻り、ちょっとおさらいしておくか、と机にある近代情報書を紐解きながら窓を見ると満月が見える。

そう言えばかつて地球では「月が奇麗ですね」という挨拶があったという。

「隣にいるお前に気が向いてて月が奇麗なことに今気が付いたわー、カーッ」みたいな社交辞令だったらしい。

ま、これは一種のスラングだったといわれているが、現在は「月が奇麗ですね」という言葉は最大級の侮辱と受け取られる。

なにしろゴブリンに月の支配を取られているという事を惹起させる「お前はゴブリン(の一党)だ」という侮辱だからな。


「ふ、くだらん。月の奪還などはやつらの仕事だ。俺の仕事ではない」


5000年前に反乱を起こしたゴブリンが、月面に都市、そして惑星系第二惑星上にフロート都市を築いてから2000年が経過している。

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