第3話


リザヤイーズリ《エルフの国》で研修を開始してから数日後、俺以外の3人は各所で講習を受けに行くというので俺は今日、一人で近接格闘柔術エリムを鍛錬しに国民体育館に向かっていた。


世界の戦闘が遠隔操作機械ドローンや長距離砲(電子戦なんて絡めてもあるが)をメインに移って久しい。それでも射撃や機体操作技術だけで接近戦をおざなりにしてよいとはならないので、身体性能に依存しない柔術がこの国では盛んだ。


国都は海を東方、山林を西方に臨む地に位置しており、それぞれ東西南北の郊外にエリア分けされて大規模な公共施設が置かれている。


路面電車は市街地から放射状に郊外へ連絡しており、大まかには




北 競技用のアリーナや訓練場、軍施設


西 自然公園 図書館 科学館や歴史資料館 医療施設


東 倉庫街、上下水道や廃棄物などの処理施設  


南 工場や遊戯施設エリア いくつかの隔地




といった感じになっている。電車が北へ向かって陸橋をゴトゴトと渡りコンクリートの建物群を抜けると畑と開けた林野にドーム状の施設や空港が見えてくる。駅から遠くの施設に行く場合は目的地ごとに無料の人力車(地球風にいうと自転車)駐停所があるので、空いていれば利用するのも手だ。




「個人利用は4時間までです。設備の説明が必要なら自動案内板を利用してくれ」


「はい」




受付で預託料の500ツゥプシェを渡して薄い腕輪を受け取り、ロッカーへ向かう。退館時に腕輪を返却すると預託金は返却される。腕輪は印字された模様が鍵の代わりになっており、設備利用の出退記録になる。




「フッ、フッ」




道場内は広く、少し涼しく、床は反発性の低いクッションになっていてプニプニしている。


俺は壁面側に備えられた練習用の案山子で投げ技を確認していると、隅で10人ほどの女性エルフが浮き技という倒れこみながら相手を後方に投げ飛ばす技と、関節技をかける練習を行っているのが見えた。戦闘では基本的に男性兵が先頭になるが、女性体の筋量は男性体の7~8割。そこで女性は想定される敵が自分より力が強いので、相手の力を利用して制圧する戦法が基本形とされている。




「男衆、試合形式で練習しないか」




数十分経過したころ、白銅色の戦闘服に身を包んだ兵士然とした女エルフが近くに居る男エルフに練習を申し込んでいた。


―――女武芸者が男性と練習し技を磨こうとすること自体はそれほど珍しい事ではない。ただし、これは、この国の制度に由来する。


この国では基本的に差別がない代わりに居住の制限がある。段階は5類まであるが都市に住んでいるのは1~3類のエルフだ。


3類までは制度的にあるだけで運用的にはさして変わりがないが4類から国外追放の可能性があり、第5類は国外追放である。これをヘパステイロ(足場のないもの)といい、レキスネント大陸などを含めた国際共有地へ生殖機能を削除されての配流となる。この不妊手術は刑罰ではなく国外では人口調整が困難であるための不随処置だ。


ここで問題なのは1子を産んだ場合、その親は1類が減少する。市民の中にはこれを利用して第3~4子までの出産を人口調整法をかいくぐり合法的に行うものがいるが、問題は、昼間に15才以上40才程度までのエルフが単独で強姦をした場合、基本的に罪には問われない。これは双方向に機能するが、この時、女性側から行われる場合はあまり問題がない、事前に避妊薬を含むことができるからだ。その逆において妊娠した場合には堕胎を行うことは不名誉として禁止されているため、双子や三つ子を孕むと想定外に類型が下がり国外追放になる可能性がある。 


かつて戦争で婚姻と人口維持が困難になった際に設けられた措置だが、いつからか【結闘権】として成立した。そのため女性エルフは街中では集団で行動をする。この10人集団をフェードといい、1/2フェードが普段の生活の最小、フェードの10組が女性の最小集団単位となる。


これをかいくぐり戦闘申し込みを行うと両性合意の【婚姻をかけた決闘】と見做される可能性があるため、避妊薬を用意するといった煩雑さを回避するために道場において練習申請がポピュラーに行われる。




「勇ましい我らが女将軍よ!では、ワシがお相手いたす」


「では、」






・。


館内に「バーン!」という受け身の音が響き、互いの体が宙に舞い、関節技をかけようと二人の応酬が続いた。二人が疲れて脇に下がると今度は後ろで練習をしていた者が代わる代わる練習を行っている。


それを横目に打ち込み練習をしていると、


「どうだそこのヒューム、お前もずっと一人で打ち込み練習するより実戦せんか」


見ると最初に練習を申し込んでいた女エルフがたたずんでいた。


近くで見ると胴着ごしでもよく鍛えられているのが分かり、片方の耳が多少潰れている。これは別名を柔術耳ともいわれ、激しい訓練を積んだ証拠だ。手術で元に戻せるが中には勲章としてそのままにする事もある。


「そうだな、お願いしよう」




「ぐっ」


あっと思った時には足が刈られ、そのまま首に腕を付けられ抑えられてしまった。


「フム、先読みが甘いな。知識だけでは相手が次に何をしてくるか読みが甘くなるので反応が遅くなる。やはり対戦!対戦は全てを解決する!」


くっ、言葉の意味は分からんが、とにかくすごい自信だ!!


「(いや、実戦に勝る練習はない、ということを体で教えられたわけか)」


自然に的確な動きをしてくる相手、対してこちらは集中力を使い、疲弊する。


時間がたつほど頭にモヤがかかったように思考も鈍り、反応も遅くなる。


そこからは一方的にただ投げられ、関節技をかけられ、立ってまた投げられる。


気が付くと1時間ほど時間が経過していた。




「もうこんな時間か。個人の戦闘技術 集団を維持できる社交性 この両方がないものは国にふさわしくないからな。精進することだ!ハハハッ」


そういうと彼女は女エルフ集団の下へ戻り、帰って行った。




「なれんうちはそんなもんじゃろうて。」


疲れて息を整えていると、男性の中年エルフが声をかけてきた。


「いいか、同胞たるヒューム。少年兵ですら人を殺せる、女性の成人ならなおさらだろう。ゴブリンだとて同じよ、戦闘では少年だからと侮るな殺すときは確実に殺せ」


「えぇ」


モヤがかかったような頭で考えながら空返事をする。




世に産まれてから3年がたった。脳に残った知識 と何かよくわからない記憶がいまだに混在する。エルフに対する憎しみ、エルフに対する同慕愛、ヒュームへの憤り、ヒュームへの未練、そしてこれが事も理解している。


俺は『スイ』、これは俺の人生だ。どのような決断をしても、それは俺のものだ。

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