第5話
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改稿暦(直近のもの、誤字訂正等は除く)
・2024/7/16
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「それで、君達はアリアハンコピペというものを知っているか?」
翌日、都市西区国道8番通りに位置する半官半民の複合企業であるギルーカ本社に10時過ぎに着き、2時間ほど研修を受けて商品相場へのアクセスについて説明を受けているさい、ゼレーニ納入課長はふと思いついたように雑談を始めた。
手元のレキスネント大陸の地図と同地にあるカントリーエレベーターの位置を確認していた『アサ』『ヨナ』『エレ』の3人を見るとフルフルと首を振っている。
俺は自分の脳内記憶を探り、
「えぇと確か知的障碍児の家に遊びに行った学友が、当時流行っていたゲームで、キャラを素手で初期MAP周辺を延々LV上げする姿を憐れに思い代わりに攻略しようとしたらブチ切れられて、それを嘲笑したが、後から武器と防具を売ってレベリングしてるのは明らかに意図的だと突っ込まれる、みたいな話でしたっけ?」
と、たしかそんな話だったなと、ボツリボツリと答える。
「そうだ、議論が成熟していなかった時代は『知的障碍児を当てこすった宣伝者の意図に引っ張られて嘲笑する』たとえ話として広がったが、のちに因果関係と相関関係の混同・著しい飛躍に分類される誤謬が認められ、今日では『奇抜な服装はJAP服※』と意味を同じに使われることわざだ」。
※地球時代に存在した中国共産党という国の公務員が洋服を着ながら、漢服(漢とは中国の古い国名)を着て公園で談笑する女性集団に対し「公共の場では中国の伝統にそぐわない服飾は認められておらず、JAPのコスプレ服(JAPとは、中国共産党が政権を担っていた際にあった仮想敵国)は禁止だ退去しろ」と、再三にわたる「漢服である」という反論を無視して強制退去させた事からできたことわざ。
「地球時代当時の原文は失われてしまいましたが、引用している文献はいくつか私も見たことがあります」
と、説明を聞き原語を思い出したのか、5000年以上昔の慣用句を知っているゼレーニ納入課長の見識に素直に賛辞を述べるアサ。
彼は続けて話す。
「特に『変な意見を持っている人の話ですが』などの内容を客観的に伝える前から話者の評価を盛り込む『充填された語』という誤謬、さらには『人格攻撃論法』や『多数派や権威に頼った』強弁などは、今日、幼児から議論において行ってはいけない方法を学習するさいに特に注意がされているので、論理学習が行われない場合にどうなるか強い教訓となります。」
その言葉に、俺は学生時代を思い出していた。
世の中には『昔の事なんて学んで何の役に立つのかよくわからない』というものが、稀にいる。
もったいないというか、悲しい経験だ。
右翼権威主義者は、かつての因習文化や起源を伝統に絡めて自身の正当性に結び付けて誇ってホルホルするが、こうしたものと会話していると彼らへの嫌悪感と反発から歴史を下らないものだと飛躍して結論することがある。
しかし、これは彼らの罠であり、彼らのようなクズとの付き合いを断ちこそすれ、知識探求を断つべきではない。
『愚者は結果が出てからリスク分散を行い、、賢者は行動前にリスク分析を終わっている』
という名言がある。
自分の失敗において、それに向き合い失敗の原因に気が付くのは難しい。
なぜなら自分の行動の結果に責任を負うという社会システムの前では憐れな愚者は自己弁護と正当性が真っ先に来てしまい、愚者は経験からも学ぶことができず、最終的に取り返しがつかない手ひどいしっぺ返しによって身を滅ぼすしかなくなるからだ。
俺が通っていたかつての学校の教授の一人がそうだった。
彼は初見から非常に胸糞が悪くなる人物だった。
事あるごとにやれ伝統を知らないだの、俺たちの国はどこそこに『支援をしてやってきた』だの、てめぇの手柄以外をさも自分の手柄のように誇り、
民間の役員が教鞭に立った際には、
やれ言葉の単語の使い方がどうたら、制度を知らないどうたら、常にいちゃもんをつけ、学生にも向けていた憎悪を初見の人物にも向けていた。
彼は常に『人格攻撃論法』や『多数派や権威に頼った』強弁などを駆使し、他人の精神に圧迫をかける事に疑問を感じないまさにクズだった。
俺たちはある日、彼をアカハラで学校に訴え、最後には仲間と他の学校へ編入した。
彼は学生が誰もいなくなった教室で何を思っただろうか?
もちろん、自分の行為を鑑みることもなく、「俺の足を引っ張られた!」と逆切れしていただろうことは簡単に予想がつく。
このように『愚者は経験からも学べない』のだ。
俺はあの時に知り合った知己が、その人生においてどれほど大きな存在になったかわからないが、彼は自身の失敗を突きつけられても何も変わらず、その後、特定の女生徒にテスト内容をばらしたという事で裁判にかけられニュースで晒された。
だからこそ、きちんと歴史の教訓を思考に反映しているものへ称賛する気持ちが強くある。
俺は考えに耽ってしまっていたと ハッ と視線をあげると、ちょうどゼレーニ納入課長が『ふふっ』と笑い、話を続けていた。
「いつの時代も”声を大きくすれば他人はいう事を聞く”と思っている輩というのはいるものだ。原始人は猿のようなものだから嘘を100回言えば真実になると思うほど論理構築についての知能が未発達だったのだろう。ま、とにかくこの話は、先入観にとらわれることの愚かさを現代にも教えてくれるよ。
かつて国際的な穀物メジャーであり仕手戦に敗れたトリダーズ農業合同組合がまさにそうだった。世界の種苗部門の40%を管理下にしていた彼らは国際的な作付けと天候による推計に基づき商品相場に売り仕掛けを行ったが、ゴブリンどもの種苗自家増殖の推計を誤り大規模な損失を発生させ破産した。」
※トリダーズ農業合同組合とは、かつて中小国家を中心としてコングロマリット(複数国家の共同出資)により運用されていた事業会社。破産後、エルフ国が買収し、半官半民企業として現在に至る。
ヨナ「穀物メジャーの入れ替わりが何度か起こったことは記憶にあります。現在は3大穀物メジャーと言われる一角がギルーカ社であることも」
アサ「確か、その破綻したトリダーズ農業合同組合を買収したのがギルーカ社が半官半面になった理由でしたね」
エレ「ゴブリンどもの居住地の多くは乾燥・半乾燥地帯ですが、そもそもやつらが食糧生産力が低いという前提を疑うべきだ、ということですね」
3人の発言を聞くとゼレーニ納入課長は続ける。
「そうだ。月面もフロート都市も耕地面積・プラント工場用地が限られるためヴァンダルギアにおいて食料を作り、それを両都市へ搬出し、両都市からは鉱物資源などを搬入している事が推定されている。ただし輸送船として軍艦を使用しているため我々はゴブリンどもへ臨検が行えず具体的にどれほどの収穫量があるかわからない。特に国際共有地としてゴブリンどもが実質占有している土地において、あいつらは徴用しているヒュームどもを使って地上だけではなく地下でも栽培している。
地下空間における農業プラントの規模が不明なことが収穫量推計を困難にしている。我々は栽培に制限をかけるためゴブリンどもへ種苗の輸出を禁じているし、多くの国では種苗の自家増殖が禁止されている。が、フロシエス人などは種苗の輸出入について規制がなく、いくつかの国では原種保存を名目に自家増殖を禁じていないため、諸邦の一部がゴブリンと裏で取引を常態化している可能性がある。これについては特に持続性原理を規定する国際法に抵触する事はないため対応が取りづらい」
ヨナ「では、この件についてはゴブリンどもの好きにさせるという事ですか?」
「そうでもない。惑星間の距離が長期間広がる5年に一度の大離球では宇宙都市とヴァンダルギア上のゴブリンは移送が途絶えるため、やつらは穀物を商品相場や諸外国へ輸出する事で外貨を獲得し過ごしている。その大離球は8か月後に迫っている。
一般的に現代は量子暗号を用いているが、光子を反射・吸収することで通信を阻害できるため、この間はヴァンダルギア上のゴブリン共は宇宙都市と連絡を取れなくさせることができるので、こちらが情報的に有利にできる。
そこで我々はその期間、商品相場で売りを行うことで価格を下げる価格操作を行い経済的な圧力をかけている。君たちが行う表向きの仕事というのはまさにこれの補助で、そのための商品買い付けを行いつつ、やつらの収穫量や取引実態について探る事が君たちのとりあえずの仕事だ。」
「「「了解です」」」
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