第1.5話 間話

―吏員の日常―


彼は登庁すると、いつものようにゲートを通り、ロッカーへ向かった。

ここに勤め始めてから10年やってきた行為だ。

コの字型の入り口を抜けると、先に来ていた二人のエルフの姿が見えた。

部屋には8つのロッカーがあり、中には式典用と普段の職務用の服がかけられている。いつもなら、このどちらかに着替えてロッカー室を出るのだが、今日は着てきた服を脱ぐと、奥へと向かう。

そこにはテーブルに、いつもはガラスケースに入れられた甲冑が並んでいた。


「今日は機嫌がいいですね」

「今日は俺の当番だからな、このラッキーに感謝しないと」

「例の4人ですか?」

「そうだ、おもいっきり笑かせてやろう」


そういうと3人は、

2名は皮鎧を着はじめ、

一人は目出し帽のように作られた鎖帷子を着付けする。

それは、最大限の感謝のしるしだった。


「気をつけろよ、直すのも部品を一から作らなきゃいけないからな、」

仲間にそう言うと彼は自作した特注品の 腰当てをつけ始めた。

この男、ノリノリである。

彼らが着る鎧には、ところどころ擦り傷や補修跡が残る、それもそのはず、3000年間土中に埋まっていたものを補修したものだからだ。


儀式というものは、時に奇妙な風習を形づくるときがある。

しかしどのような儀式も出発点には、重要な共通点がある。

どのような祭礼儀式も自分のためにやるんだよ、ということだ。

神社・仏閣・教会においても神に他力本願に願いを奉るのではなく、自分に対して願をかけているし、戦勝祈願と言ったことも自分たちの中に願をかけている。

その儀式方法が厳かにして規則に雁字搦めにして国家権力により祈禱者の退路を断つのも、ひょっとこ面をかぶって笑いあうのも、根本的には違いがない。

そして出来るなら、

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆  なら踊らにゃ損々」

である。


そう、この格好と言うのは、彼らにとっては、ひょっとこ面なのだ。

今どき重々しく古めかしい、明らかに時代にそぐわない古めかしい格好をするというのは、一種のしゃれなのである。

彼らはこうした習俗を誇りに思っている。

というのも、助かるやつと言うのは、そもそも自分から動くし、

困っている人を助けようというやつがうまくいかないのは、

助かりたくないやつを何とかして助けようとするからだという常識があるためだ。

神に祈ろうが、友達や知り合い、専門家に相談しようが自身に願をかけられないものは、なんやかんや理由をつけて行動できない。

「あれダメなんですよね」「これダメなんですよね」「〇〇だって誰かが言ってました」

思考停止と自分は助かるんだという熱量がないものは、外部権威にすがって行動の指針を強要されるしかないが、これを彼らは「支配されるしかない民族性」として指弾の対象とし、根本的なところで、こうしたものを助ける気が一切ない。

古語に言うサイババ(司祭)の喩えである。

※たとえ自分の息子や専門家がアドバイスしても、知り合いの司祭などが違う事を言うと裏どりなども行わず親ですら朝令暮改を行う。こうして他人である君主に使える危険を説明するとともに、君主になれる素養の説明として韓非子にもサイババの喩えとして登場する。


このように愚かな人は、専門家や調べた人の発言ではなく、

信じたい人物を信じるが、

これはおろかな人と賢い人の「幸せ」の定義が異なるためである。

弱いものは笑いあう事で願掛けができない遅れた価値観であり、信じたいものにすがって艱難辛苦に会うことが幸せである民の精神性を説いている。



しかし悲しいかな、こういった思想があることは知られていても、こうした風習がこの国にあることはあまり知られていないのである。


彼は眼前に座る4名に向けて、厳かに話す。

「同胞よ。素晴らしい君たちは今日から同胞だ!だが悲しい事だが特別待遇はできないことは許してほしい。君たちがやることは敵へのスパイ活動に等しく、もしもの場合は生体情報で確認する時間がない場合は警告なく射殺される場合がある!」

仮面の中の顔はドヤである。

渾身のギャグである。

しかし笑いは起きなかった、なぜだ?と彼はいぶかしんだ。

古めかしい鎧を着ながら「射殺する!」だの言っているのだぞ?

「おいおい、まさか、弓で射殺する気か?」など、ギャグを返す場面ではないか?

彼はしばし様子をうかがったが、4人ともまじめな顔でこちらを見ている。

しかたない、

「では君たちにはコードネーム、いや、ヒューム流には名前というのだったか、を付けよう・・・」

彼は気落ちしながら言葉を繋いだ。




3名は会談を終え戻ってくると、ガチャンガチャンと鎧を脱ぎ机に並べていく。

体からは汗が流れ、タオルで拭う。


「うけて・・・ました?」

「わからん、しかしやれることはやったさ」

「大仰にやるもんだから、こちらが吹き出しそうになったのに、クスリともしないなんて」

「もしかして心の中で笑うタイプだったのかもしれん。地下室では「これが異世界転生か」などとノリノリだったしな、笑いが理解できないわけではないだろう」


そう言いながら彼らは鎧を脱ぎ、メンテナンスを行うと、保管するガラスケースの中へ戻し、帰宅した。

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