多種族惑星ヴァンダルギア

マルセークリット

1章 メインストーリー

第1話 

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改稿暦(直近のもの、誤字訂正等は除く)

・2024/6/28

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「今日は涼しいな」

窓から外を見ると空は曇っていた。

この街区はだいたい490000㎡に4階以下の建物が立ち並んでいる。

純欄壮美とはいかないがそれなりに管理はされており、外壁の補修くらいなら、このブロックの住民だけで回せる。

美観を保守するのは住民の義務であり、もちろんそうした公共活動にはいくばくかの謝礼が町会から出る。

ただ働きと低報酬は、社会を暗黒に導くペストである、とはよく言ったものだ。


街区の周囲は境界のように道路が整備され、列車の軌道線が走っている。そのさらに外側にはまばらに立つバラック小屋と畑が広がり、その中を鉄道線が敷設されている。

のどかな風景だ。

この建物の裏側にも用水路があり、ドバドバと水が流れ、たまに子供が釣り遊びをしている。


俺は朝食をとるために3階から1階に向かった。

広間では30人ほどの少年少女が朝食をとっていた。

それが終わると隣の建物へ移動し、そこで8~10時間ほど学習などを行う。

よくある子供のルーティーン。


その奥の職員用のテーブルに座る。

いつもは同僚の職員が3~4人はいるんだが、今日は配膳担当の女性が一人しかいなかった。


「今日は俺と君だけ?」

「ええ、やることがあるそうよ」

「ふーん」


そういうと彼女も俺の前に座り、食事をとり始める。

「ここにきてどれくらい?」

俺は少し逡巡し、

「3年かな」

と答える。そう、確かここに来たのは今と同じ季節だった記憶がある。


「どうだった?」

涼しげに訊く彼女の眼の下には、うっすらと少しクマがでていた。

昨日はあまり眠れなかったのかな?


「それなりに楽しかったよ、ここはとてものどかだし、町の住民もそんなに表立って諍いを起こすような人も少ないしね」

「そういえば、子供たちとも随分と慣れましたよね」

「多少はね。しかし、俺は本質的には子供は苦手だよ」

「フフッ、苦手でもきちんと向き合ってるではないですか。十分です」


そう言いながらハハハと笑う彼女には、体調不良等は見て取れない。

やはりクマがあったように見えたのは気のせいかもしれないな。


「そういえば、この前の休日に映画見たじゃないですか」

「君の部屋で見たやつかい?」

「あの時の女優と同じことを私が言ったら、あなたはどうしますか?」


俺は記憶を手繰る。

あれはたしか戦争映画で、前線に残った女兵士と後方勤務の女職員の間で揺れ動く男が主役の作品だったかな。

最終的に帰郷を命じられた男が後方勤務の女性に「一人の女性を守ることも、国のために戦うことも、同じことじゃないですか」と言って戦隊復帰を思いとどまらせようとするが、結局彼は前線に行き、女兵士とくっつくみたいな内容だったかな。


「でも、君はそんなこと言わないだろ?」

俺は彼女に聞き返す。

「フフ、もちろんです。志がある男性を女性に縛り付けるなんて、そんなことやるのは悪女です。だから私は笑って見送りますよ」


そう言いながら彼女がニコっと笑った瞬間、意識が朦朧とし始めるのを感じた。

くっ、何か盛られたんだろうか?

何故だ?

何かミスったのか?だめだ、考えが浮かばない・・・。


「遠くから、応援していますよ」

耳元で声を聴きながら、俺は意識を失った。



━━

「ふっ、これが異世界転生ってやつか・・・」

意識を取り戻すと、見知らぬ部屋にいた。

俺の隣にいるスキンヘッドの青年が何かブツブツ言っている。

体の成長としては20中頃だろうか?

天井を見ると完全に光が漏れておらず、部屋の随所に光源が据えられている。

「(地下だろうか?)」

薄明りだが周囲を見ると7人がいることが確認でき、うち4人は藤色の同じ服装をしている。

もちろん、(藤色の服装をしているのは)そのうちの一人は俺だ。

皮鎧を着こんだ2名に囲まれ、目出し帽のように作られた鎖帷子を被った男(所作を見るに、高官だろう)が歩み出てきた。

「4名にはこれから吏員より説明をする。その後、1か月内に議場において救世の儀式を執り行う」

そういうと3名は我々を誘い出口へと向かった。



-別室-

「お前は何か楽しそうだな」

2:2で別れてソファに座ると隣にいるスキンヘッドの青年がニヤニヤとしている事に気が付いた。

「あぁ、俺は過去は振り返らない。1分後に必要ない事は1分のうちに捨てる、俺はそうして生きてきたからな」

「それは殊勝な心掛けだ、ところで、お前はどこから来た?」

「34地区だ」

「俺は2地区だ」

俺は男と会話しながらチラっと隣を見る。

右隣のソファには2名の女性体がいる。割とガタイがいい。もちろんこれは筋肉的な意味だ。


このリザヤイーズリは国内構成比55%を占めるエルフが治政を行っている。国民は類型ごとに一定の基準で居住区が定められており、ここ国都に限ればエルフ比率が90%だ。

その中でもヒュームと呼ばれる種族は街区に固められて居住しており、先ほど紹介しあった地区はその中の区画の一つであることを表している。

こうした居留区はだいたいが国内の山間や川に挟まれた隘路に設置されている。都市に近い地区であれば人の往来もあり活気もあるが同時に管理も厳しく、僻地では物資をほぼ自給自足で調達するが管理も緩い傾向にあると聞く。

そんな雑談をしていると貫頭衣を着た3名と、皮鎧を着こんだ2名がドアを開け入ってきた。


「では、これより説明をする」


只人ヒューム|資源を貪り食う害獣と呼ばれているゴブリンから別れた亜族。

ゴブリンとは先史時代、自身の惑星において資源を貪り食い惑星を放棄し宇宙の流民として放浪の末、ここ惑星ヴァンダルギアへ来た侵略的外来生物のことだ。5000年前の不時着時にエルフの一部が住居用の建材などを提供したところ、わずか200年で人口を1000倍まで増殖した挙句、生活物資を原始的武器に変換し反乱を起こした。それ以来、特にこの国人ではゴブリンは発見次第に駆除される。

ただしこのゴブリンという名称はヴァンダルギアにおける呼び名であり、自称は地球人ないしは太陽系ヒュームと呼称している。


「なぜこのような説明を行うか、まず諸君の由来を明らかにする必要があるからだ。君たちは自然に産まれた個体ではない。もちろん現代の世界人口の60%は人工子宮により産まれているので自然に産まれた個体とは言いにくい。そうではなく、君たちは駆除された害獣などを素体として生み出された人造生命体だ」


「それは人工子宮から産まれた場合と何が違うのでしょうか?(スキンヘッドの青年)」


「大きな違いは脳を素体利用することで成体までの時間を大幅に短縮できることだ。生物が生物たりえるのに一番時間がかかるのは?それは生活環に混ざれるまでの学習時間だ。生物は生活水準に必要な学習時間を要する。ネズミのような単純な生活環であれば1か月、人類であれば種族によるが15~18年。人類は生物の中でも学習時間が長期である。これを成体組織を利用することで大幅に短縮することができる。ただし人造体は身体機能が素体の元の状態と変わる。それが特に組み立て直後に素体脳内に記憶された感覚、言語、計算、運動といった学習領域と記憶領域を完全には分割できないため従前の記憶と現状の混濁が起こる。こうしたことを考慮しても人造生命の学習時間を我々は3年と見積もっている。人工子宮の場合には通常と同じ15~18年必要だ。」

「それで私たちに何を望んでいるのでしょうか?(スキンヘッドの青年)」

「ふむ、話が早い、」

そういうと吏員は卓上に丸い世界地図を置き、説明を続ける。


「赤道上に位置するレキスネント大陸、95%が人類の居住に適さない荒涼とした砂漠地帯が広がり、野生生物の他に只人ヒューム|と一部の犯罪者が生活している。その生かされている獣を人類が管理するための内部偵察を行うのが「救世主」たる人造生命体の役目である。」


(ふむ、つまり我々はゴブリンないしはゴブリン軍側に立つヒュームへのスパイとしての仕事が望まれている訳か・・・どうでもいいな)

俺は説明している吏員の顔を見ながら心の中でつぶやいた。

会談中、こちらの事情は一切聞かれなかった。つまり、彼らはこちらの事情は一切考慮していないということだ。自分たちの利害をツラツラと述べる姿からも、協力することを確信しているのを感じる。つまりこの時間は我々が自身を”彼らの指示に従う”という事を納得させる理由を提示しているだけなのだ。


俺「もし協力しないと言ったらどうなる?」

「もちろん我々は文明人であり、例え人造生命体としても獣ではないのだから強要する権限はない。ただし国家事業に協力することで我々は君らに便宜をはかれるのだという事は理解していただこう」

俺「なるほど、」

「いいか、君たちの見た目は只人だ。今は野獣と判別するために踝に認識票を埋め込んでいるが、協力しなければ自由な野獣ヒュームになるだけだ」

「別に生き物なんてのはそんなものだろう。皆なにかしら鎖につながれている。鎖に繋がれたことを嘆くのは野獣だけだ」

隣のスキンヘッドの青年も『やれやれだぜ』という風に答え、それから右側に座った二人も見てみたが従うことに異論はないようだ。

「理解していただけたようで何よりだ、同胞よ。素晴らしい君たちは今日から同胞だ!だが悲しい事だが特別待遇はできないことは許してほしい。君たちがやることは敵へのスパイ活動に等しく、もしもの場合は生体情報で確認する時間がない場合は警告なく射殺される場合がある。君達を優遇すれば内偵役と認識される可能性があるからだ」

そういうと説明役の吏員は一息おき、

「さて、不服のものはいないかな? これより後、我々の意向に反する行動は反逆分子と見做されることになる」

一息の間が流れるが、異を唱える者はいなかった。

「さて、では君たちにはコードネーム、いや、ヒューム流には名前というのだったか、を付けよう。これまでのように名前もないのでは不都合だろうからな。」

それでは右から、と声をかけ

「スイ」

「アサ」

「ヨナ」

「エレ」

こうして俺の名は「スイ」となった。

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