第27話

「ここが宿舎か」などと4人がマンションに入るとエントランスホールが広がり、右側の階段の奥にある部屋が彼女たちにあてがわれた部屋だった。

そのマンションは6階建てで建物中央にドアがあり、エントランスホールを挟んだ左右の階段の奥と手前に部屋があり、奥のドアの先(つまり複数マンションの中央を□状に配置して作り出した空間)がゴミ捨て場になっている。

壁は隣室の音が聞こえないよう1.5~2Mほどの厚みがとられているが、これは建物の躯体を頑丈にすることで防弾施設としての役割を持たせる意図もある。

各部屋にはヒートポンプと呼ばれるジャバラ状の機器が各個室に1台ついており、マンション全体の室温を均一に保っている。



「トレーニング室があるじゃないか」

玄関の前には靴置き場があり、それぞれ靴を置き部屋に入った第一声としてアサの声が室内に響く。

簡単なバーベル器具などがあるだけだが、野外に出なくてもトレーニングができるようにという配慮だろう、玄関のすぐ隣には食材保管庫とトレーニング用の器具が2~3台おいてあり、奥にトイレ、中央右が食堂と調理場、中央左にシャワー室、それ以外に右と左に二部屋づつがあった。


「エレ、手伝ってくれる?」


「えぇと、何をすればいいの?」


「長い間使われていない部屋は汚臭が逆流してこないよう張ってある配管内の水が完全に蒸発して小型げっ歯類が配管から侵入してる事あるから、周囲に糞便の形跡がないか見て回ってほしいわ」


後ろでぼーと買い物袋を持ち立っているエレを見て、適当に提案をする。

とりあえず各自の部屋の整理とかは後回しでもいいので、この後の食事を作るために調理場周りとシャワー室の掃除といった共有スペースを整えておこう。


「なるほど、えぇと、男の人たちは・・・」


「あぁ、廊下とかの掃除でもするんじゃないかしら。終わったら戻ってきて夕飯つくりましょう」


「どうしよう、私、家族以外の男の方と一緒に暮らすの初めてです」


「この国で目覚めて教護院に行ったでしょう?あそこにも男はいたじゃない」


「でも教護院はもっと大人数だったじゃない、緊張するわ」


「ふーん」


かまととぶっているのかしら?

女性も社会で労働を担う今どき男と関わらず

箱入り娘のように過ごしてこれるようなやつが

ここにいるわけないだろ

そう思うと、少しイラっとした。


「私はね、女の敵は女だと思うのよね、不快にならない程度にふんわりしぢた ゲホゲホ」


「大丈夫?」


心配そうに背中をさするエレ

男に色目を向けさせるのが目的ならわからないでもないけど、

私たち二人しかいない状況でこういう言動して、何を目的にしているのかしら?


「ゴホッ。ゴホッ・・・えぇ、気管に入ったようね」


「ネットでは罵詈雑言が目立つでしょう?だから身内ばかりと付き合っていると、自分で 新しい観点というものが欠如する。だから私、新しいお仲間が出来てうれしいんです♪」


「はぁ」


「幸福の王子の燕さん、みたいでしょ?」


「こ、こ、こ、幸福の王子!?」


唐突に思いがけない単語が彼女の口から飛び出て、驚きを隠せなかった。


「どういうこと?」


私はあまりにも意味が分からず、驚愕の顔で彼女に聞き返す。


「いいことをしたくても協力者がいないと、像のように人も身動きが取れないじゃないですか。だから私にとって皆さんは燕さんなんです」


「え、ちょ、あの幸福の王子ってどういう話か分かってる?」


「ええ、もちろんです」


エヘン、としたり顔を見せるエレ。


「私あの話を聞くたびに泣いてしまいます。宮殿から出られず死んでしまった王子様が自分を模した像に心を宿し、世上の苦難を見聞きし心を痛めても像だから動けない。そこに心優しい燕さんが来るの」


「え、ちょ、やめてよ」


私は嬉々として話を続ける彼女を慌てて制するが、お構いなく彼女は話を続ける。

だめ、私この話聞くと、


「娘は病気で寝込んでいましたが、母親はお針子の仕事でかまってあげることができません、そこで王子は自分の体から宝石を取り、彼女たちに持っていくよう燕にお願いしました。」


ううっ


「燕は渡り鳥でしたが、王子の手助けをするために越冬するのが遅れて、王子にお別れのキスをして王子の足元で死んでしまうの」


だめ、もう・・・


「そうしてみすぼらしくなった王子は街の人から乞食と蔑まれ壊されて瓦礫になった王子と、ごみ箱に捨てられた燕は天使により天国へ・・・ グスッ」


「あ~はっはっは」


私は眼の端にうっすら涙を浮かべている彼女を見て、こらえきれず爆笑してしまった。

何故私が爆笑しているのかわからず、彼女はポカーンとしている。

私の笑い声を聞き男性二人組が食堂にやってきた。


「おい、笑い声が聞こえたがなんか遊んでるのか?」


「いえ、彼女が急に幸福の王子の話をしだしたから ククッ おかしくてw」


「どういうことですか?」

と、エレは全く意味が分からないといった風にこちらを見ている。

私は深呼吸で落ち着け、彼女に説明する。


「いい?

(※)サドに代表されるように悪徳により幸福を得ることは娯楽なんだ。

王子像というのは執政官の暗喩であり、民衆から宝石を予託された象徴なんだ。

それが『可哀そうだから』と特定の者を優遇し、その共有財産を譲渡してしまった。民衆からすれば、それは共同体への裏切りであり憤怒に燃えた民衆に瓦礫へと変えられ、その共犯者である燕も惨めに投げ捨てられるのは当然の事でしょう。

普通に考えれば彼らは『悪』として民衆から懲罰を受けた犯罪者である、でも彼らは幸せだと作品では描写されている。

なぜか?

ここに作者の思想を感じ取ることができるでしょう? 真の愛とは求められる事であり、求められる事とは厭(いと)われることなんだ。そもそも博愛とはだれからも愛されず愛さないという悪徳でしょう? 作品中でも民衆から憎悪されているのに、それをあえてハッピーエンドとするのはキリスト的価値観へのアンチテーゼとして創作されたことは明白で、だからこれは喜劇であり、だからお笑い作品なんだよ。

それで感動できるなんて アーハッハッハ え、本当に何かのお芝居じゃないのエレ?そういうのしなくていいわよ?」


「いえ、本当にいい話なんですよ!」


私の説明を聞いてもエレは引き続き力説しているが、その必死さがむしろおかしい。


「はいはい、いいからさっさと仕事しようぜ。話はあとでしよう」


「そうね、アーハッハッハ 久しぶりに笑っちゃった」









※日本人向けには田舎から芸人を目指して来た二人組として考えたほうが分かりやすいと思う


幸せの王子というのは、大阪人そのものだろう?

なんか知り合いに頼まれたらホイホイ連帯保証したりするくせに俺たちはオレオレ詐欺とかにあいにくいんだ!などと「ホルホル」したり、バエラエティーとかいう公開いじめでは最後に演者をボコボコにされて幸せそうに幕が下りる。こういう行為を何故に彼らはすると思う?

彼らにとって痛い目にあうことが分かっている行為をあえて行う事やいじめられるというのはウケていることであり、ボコボコになって死ぬことは彼らなりの美徳、死生観なんだ。

例えば芸人は上下関係があるので礼儀を学べる!(ただし犯罪行為バンバンバレる)という認識の捻じれによって日本中に笑いと嘲笑を生み出している。これをまじめにやっていたらただの頭のおかしいやつだが、これは彼らの文化を理解していないからで、ボコボコになって死ぬことが幸福であるという正しい理解をすることで、彼らが酷い目に遭ったら爆笑しなければ失礼なんだという正しい理解をすることができる。

ここまで説明されたらもうわかったかな?

貧乏自慢しながら乞食行為する浮浪者坂罪人(はんざいじん)文化の最高到達点である「他人を傷つけず、自らは傷つき、相方と一緒に惨めを晒してお茶の間に笑いを届ける。」これはまさに幸福の王子であり、マスゴミバラエティーの目指すべきだった極地なんだよ!




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