1章3部 ヨナ視点

第25話

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「それで、これから何をすればいいの?」


私の前には、私の夫たる人物がいた。

軍の将校で、貿易会社の課長で、私を道具おもちゃとしか見ていない愛すべき人。


「会合において交渉を有利に進めるためにヒューミント、要はハニートラップをかけることに決まった。君にも現地の複数の要人男性と交際してもらう」


「敵の要人に体を売り、媚びを売り、情報を引き出し、行動を誘導しろというのね」


「あぁそうだ。場合によってはその男との子供を作ってもらうこともあるだろうし、複数と同時に交際してもらうこともあるだろう。現地の若い女を雇えるように店を数軒用意している、ここをったら君はまずそこに行ってくれ」


「その現地の子たちは直接雇うの?」


「我々にはジュリエットだけではなくロミオもいるからな。君は気にしなくていい」


「そう」


「・・・・嫌なら断ってくれてもいいんだぞ、俺は君が嫌なことは強要したくない。」


彼の言葉はただの社交辞令だと私の中の何かが呟く。

そう、自分でもわかっている、わかっているんだ。

彼の言動は表面的なものだと。

彼は私の事を利用し使いつぶそうとしている。

世間的に言えば悪い男だ。

だからこそ、愛おしい。


「男を自分に縛り付けて、魅力がなくなって他の女に行って裏切られただの泣き叫ぶなんて惨めでしょう?私はそんなこと許容できない。

5年前に帰還した情報局の夫婦がこの間、若い女性とくっつくために離婚したそうよ。君は私に自分がいつか捨てられるんじゃないかという心痛を持てというのかな?

君は私を利用すればいい、利用している間、君は私の事を捨てられないだろう?」


私の笑顔は不自然じゃないだろうか?

知らない間に涙が流れていないだろうか?

彼の目に、きちんと私は強い女だと映っているだろうか?


「女は子供を残すことで社会に爪痕を残すけど、

男は宗教、国家、思想、制度、に爪痕を残す、

大丈夫、私はわかっている。男を女や家庭に縛り付けるのは3流の女だって。

だから君が望むなら私は娼婦の真似事でも担ってみせる」


「ははっ、そうか。君に期待しているよ」


彼は子供のような笑顔を向け肩をポンポンとなでる。

私は精一杯の笑顔を彼に向ける。


人の中には『なんでそんな人に惹かれるの!?』と思うものに惹かれるタイプがいる。

だって、そうだろう?世の中には、

おもちゃを大事にして壊してしまうものと、

おもちゃを大事にしてしまいこんでしまうもの がいて、

そうして付き合わされた側の、

壊されて悔しいという思いと、

壊してくれてありがとう という相反する気持ち

この二つは相いれないからね。


みんな私の前ではいろいろなものをくれた。

ドレスも鞄も宝石も資格も経歴も金も、望むと望まざるとに限らず着飾ることができた。

でもそれってとても気持ち悪くない?

彼らは、自分好みに着せ替え人形を整え着飾ったお人形を眺めていたいだけ。

彼らは実際のところ、愛していると呟きながら私に何も望んでいないんだ。

でも彼らを批判する気はないよ、

だってそれが彼らなりの”大事”な仕方なのだろうから。

彼らが想うことは自由なように、私が自分をどう大事にされたいか想う事は、誰にも批判する権利はない。


――自分を見てほしい、使ってほしい、愛してほしい、想ってほしい、

あなたの大切な時間を私を使って遊び、

そうして最後には壊して、私の最後を看取ってほしい――


彼だけだ、しまいこまれた人形を海獣ごっごに使おうとしたのは。

彼が私に娼婦になる事を望むなら、

私は喜んで娼婦になろう。


バッファローは自分の脳を破壊しあいながら求愛活動をするという。

かつてある学者が、「きっと彼らは脳の損傷を治癒するメカニズムがあるに違いない」と考え、彼らの脳を検査し、驚いた。

何もなかったのだ。

彼らは脳を守るメカニズムも、修復する機構もなく、求愛のため頭をぶつけあった。

でも彼らは何も気にしないんだ、脳の傷害が元で障碍が出る前に命を終えるから。

人だって同じだろう?

タンスやショーケースにしまい込まれて、ただ眺められて生きる、

そうやってただ生きているだけなんて、死んでいる事と変わらない。


「性病には気をつけろよ」


「えぇ、ありがとう」


これでいい、

彼は私を利用して社会的な地位を築き、

私は傷つき、ボロボロになって、幸せに生涯を終えるの。


――

それから7年ほど経った時だった、


「お前を二重スパイほう助として逮捕する!!」


休暇を利用し家族で故国に立ち寄ったおり、私はスパイとして逮捕された。

その時は理由がわからず、その時の家族が向ける困惑した目に、どう返していいのかわからなかった。

そうして取り調べを受ける事になった。

後に情報局から喚問された事実から推測すると、惑星核に対して共振を利用した巨大噴火施設を作るという虚偽情報を流して混乱を誘引すると説明を受けて敵国に流していた大量の情報が事実に基づくものであり、機密情報漏洩の罪に問われているらしいということだった。

そう、彼から渡された情報だった。


――

その日、滑走路は半径5kmが立ち入り禁止とされ、

10人と4人の交換が行われた後、

私はエルフ側の航空機に搭乗した。


「なぜ国を裏切ったの?」


私は彼に聞いたが、彼はずっと黙っていた。


「相談してくれればなんでもした。あなたが国を裏切るなら私もそうした。そんなに私の事が信用できなかった?」


「私語は慎め」


警備兵に注意され、席を移動され、機内で彼とはそこまでとなった。

飛行機の外は雲がかり、たまに乱気流なのかグラグラと揺れた。

それから5時間ほどで都市へ着き、私たちは別室に案内され、説明を受けた。


「君たちには新しい戸籍と経歴が与えられる。お互いの接見は新たな生活に支障が出る恐れがあり、情報交換などは一切禁止する」


説明を受けた後、それぞれに別の車両に乗る際、彼の後姿が見えた。

それが生きている彼との最後だった。





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