第24話

――とある少女の追憶


私が配属されたダーリエン大陸南方にあるムーシェン都市は人口1000万人の準重要都市だった。


「おい、赤ん坊泣いてるぞ。この後に宿題あるからおむつの替えやっとけよ」


「え~こっちもやることあるんですけどぉ!?」


「じゃあ指相撲で決めようぜ」


私たちの仕事は赤ん坊の子守だ。

ヒトは誰しも自立したら社会にかかわらなければならない。それが仕事であり、社会貢献だと習った。

ヒュームの女性体は10歳の誕生日を迎えると二の腕に皮下インプラントという生理を抑える器具を入れる、成人の女性体は月に数日体調が悪くなるのでそれを抑えるためらしい。3年に1度、薬剤の補充を行う。

私達の顔の左には刺青がある。全員同じ模様だ、この院にいるみんな都市に雇われるヒュームとしてずっとこの都市で生きていく。


近頃、教護院に新しい成人ヒュームが来た。


「フッツ、フッツ、フッツ」


業務が終わると区画をランニングし、外で縄飛びをしたりしている。

何をしているのか聞いてみると、国民が軍役を担うために普段からトレーニングしているのは普通だろう、という返答が返ってきた。


「お兄さんは他の人と違う感じがします」


「なんでそう思うんだ?」


「おにーさんは顔に刺青が・・・ないです。だから私たちと違う・・・です。」


私がそう話しかけると(そりゃそうだろう)みたいな顔をしている。


「それに普通は労働に必要以上の筋肉をつけようと思わないみたいです。ここにいる大人もそんなにトレーニングはしませんよエルフと違うんですから。」


「他のやつは休暇中、何してるんだ?」


「試験勉強、とか?」


「ふーん」


興味なさげに腕立てを続ける。

汗を吸ったTシャツは鍛えられた上腕と背筋に張り付き、蒸気を出している。


「ヒュームは虐げられていると思いますか?」


「なに?」


何を言っているのかわからないといった顔で、彼はこちらに顔を向ける。


「お前、今に不満があるのか?」


「わからないです、けど、”私は〇〇を頑張った、だから××を下さい。いや、△△を得る権利がある!”大人たち普段は文句を言わないけど、ネットとかでは不満を言っています。」


「あ~つまり、資格勉強を頑張ったアテクシ達はもっと報われてしかるべきだみたいな感じか」


「変えてほしいです。おにーさんはいつか上に行くんです・・・よね。だから私たちのために法律とかを変えてほしい、みたいな」


彼は私のいう事を聞くと、立ち上がりニッコリとほほ笑んだ。

あぁ、わかってくれたんだ。

嬉しい


「ふーん、お前の言いたいことはわかった。だから、これから俺はお前を3発殴る、殴られて何を思ったか答えろ」

「えっ」

そういった瞬間だった、私の腹部に鈍痛が走る。

「グエッ」


「どうだ?息ができないだろう?」


「カッ・・・ハッ・・・ハッ」


目の前が真っ白になり、肺がうまく動かず息ができない。


「さぁ、今感じてることを言ってみろ」


「だ、だれ・・・か、たす・・・け・・・」


「さぁて、もう一発いくぞ」


彼は地面に臥してる私の襟首をつかみ引き上げ、

その拳を腹部に向かって加速させる。


「ひぃッ」


私は思わず目をつぶり、腹部に思いっきり力をこめる。

嫌だ、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

でもしばらく経っても腹部に衝撃は来なかった。

私はそっと目を開けると、目の前に私をそっと見つめる顔があった。


「それがお前だ、大人しく他のやつらと一緒に老いて死ね」


彼はそう言い私を地面に下すと、

シッシッ

と手を振る。


「どうすれば、よかったんですか?」


「大人しく殴られる」


「それって、雇用されるヒュームは黙っていう事を聞いてろってことですか!?」


私の両目からは涙が出ていた。

私は期待していたのだ、彼はヒーローなんだと。

私たちを苦難から救い出す救世主なんだと。

でも違った。

そして気が付いてしまった、彼みたいなものにすがらなければならない自分たちの惨めさに涙が止まらなかった。


「一つ目の理由、上官への反抗は死罪。

二つ目、兵士にとって重要なことは死なない事、まず死のラインを見極めることだ。

人権団体のように何回も何回も自分たちのお気持ち表明するのは気持ちがいいだろう、が、それだけだ。それも寄付金詐欺の目的なら役立つが普通は「狼が来たぞー」と同じく、他人からはどんどん厄介者扱いされる、そうしてネットや現実で他人の足を引っ張り、そのうち内乱行為とみなされ捕まる、憐れだよ」


「それでも 声だけでもあげたい そう思うのはいいじゃないですか」


「だから馬鹿なんだよ、いいか、言葉って言うのは暴力なんだよ。暴力を振るわれてお前が怖いって思ったように、エルフどもも暴言は怖いって感じるんだ。」


私はその事を聞いて一瞬息がつまった。

言葉が元で戦争が起こることがあることは勉強で習うけど、どこかで言論なら許されるという甘い考えが自分にあったことに衝撃を受けたからだ。


「エルフたちは自分たちが死ぬ危険を感じなきゃ反撃はしてこない。まぁ、お前は2発目怖くて体が硬直してただけだが、エルフどもなら死ぬ危険も何の障害も残らない事も理解し耐えていた、あいつらは等しく兵士だからな。

それに比べて、お前らは死ぬ危険がないのに言葉という暴力をふるっている。何を言い訳しても、仮にエルフ共がお前らへ弾圧を開始したら悪いのはお前らだ。

『強いものには巻かれろ』

『今の権利を守っていくのが重要』

『仕方ない』

こういう、何かにつけて諦めと自分への言い訳を続けるのは実は理にかなっている」


彼の話を聞きながら「フッ」「フッ」と息を整える。

そう、そうして何事も諦めて、自分をだまして、

『私が恵まれていないのは〇〇のせいだ!』

『あのヒトは欠点が!欠点が!欠点が!』

何かにつけて他人を攻撃しているやつらが生まれる。

私はそんな風になりたくない。


「3発」


ふいに出た言葉に自分で驚く。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

でも、ここだ、ここなんだ。

私の生き方が決まるのはここなんだ。


「まだ1発、残ってます」


「いいのか?次はお前を殺すように殴るかもしれないぞ」


「エルフは殺されそうにならなきゃ殺さないんですよね。それなら私はあなたを殺そうとしませんから、あなたも私を殺さないと信じます。」


脚がガクガクするのを感じる、正直怖い

暴力がこんなに怖いなんて

何で怖い?死ぬ危険があるから?どういうダメージが来るかわからないから?予測できない傷害への恐怖?

あぁ、これがまじめに考えるって事なんだろうか。


「じゃあいくぞ」

「グフッ」

また腹部に鈍痛が走る。

息ができず地面に横たわる私を彼が見ているのを感じる。

でも私は3発受けた、受けてやったぞコンチクショー。


「で、どうしたいって?」

「生き方を、教えて、下さい」


彼の問いに、呼吸がままならないなか言葉をひねり出した。


――


それから私は彼について訓練しながらたまに会話を楽しんだ。


「現代は思想することは闘争することを意味する

思想は闘争に支えられなければならない

闘争に基づかない思想は滅ぶべきである」


「私たちは銃後の守りと教わります」


「虚言だよ、例えば自由研究で蟻の巣を調べてみるといい。働き蟻に認められているのは”労働する事”だけだよ」


「権利の伸張、いかにせん」


「戦争が起きれば必ず兵員は足りなくなる、そうして活躍したら選挙権を求めるんだ。自治権か同盟か、とね。」


彼はやはり周囲のヒュームとは考え方が違っていた。

空論がなく、甘えがなく、実務的だった。

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