第18話

▼▼

かつて、世界には幾度か金融危機と呼ばれる景気後退が起こった。

人々ははじめ保護主義を試した。ブロック経済化する世相において自由貿易を単独で維持した国は蚕食され国富を貪られデモが起こった、俗に言う「公正貿易運動」である。

次に通貨融通制度による互助を試した。

人々は手を差し伸べたものへ暖かいお礼の言葉を投げかけた。


「あなたの国が一番最後でした、なぜもっと早く援助できなかったのか」

「恩着せがましい」

「貸し付けるのに良い条件を引き出そうとしているのではないか」


『なぜいがみ合うのか?全ての問題は理論を曲げて感情を優先するヒトの弱さにあるのではないか。』という簡単な理屈を人々が受け入れるまで、いったいどれほどの時間を擁しただろうか?


「遠い国で名も知らぬ子どもが死ぬなら見捨ててしまえばいい。

他国へあなたが手を差し伸べても、

―あなたに感謝はされない、なぜならそれが偽善だとバレているから。

―あなたは罵倒される、なぜなら感情は感情によって判断されるから。

それでもあなたが手を差し伸べるなら、あなたは身内からスパイとみなされ迫害されるだろう」


そこで人々は通貨価値の担保として安全弁として人身売買権を定立した。

かつてロバート・マルサスは人が農業生産性の過少により餓死によって死ぬなら、餓死する人々は生存権が与えられなくなる結果であると唱えた。

であるなら、国家運営に失敗した国民は通貨によって死ぬべきである。


▼▼


ゼレーニ「通貨売り仕掛けによる通貨安と物価高を起こす?」


「はい、ゴブリンとの裏取引によりいくつかの国は通貨の不均衡状態が生じており、おそらく本来の経常収支資本収支ともにマイナスで、外貨準備も詐称されたものでしょう。7か月後の種苗買い付け時期に事実の公表と制裁として通貨へ売り仕掛けを行えば貿易収支も赤字に転落し、外貨準備が枯渇して通貨崩壊を起こすと考えられます」


アサ「農業産業の所得率は他産業の0.3~0.5ですので、農産品は自国で工業加工を促進する税制優遇を行い内需での貨幣流動を図る名目なら農産品への優遇制度も世論の納得も取りやすいかと思います。例えば現在は人工甘味料が多いですが、これを異性化糖へ誘導するための転用促進は国民への福祉ともつながります。こうして通貨安と物価高騰を起こして敵を撃滅しましょう」


――経済学上、農業国と工業国の分業化は一時的という指摘がある。

供給量に対して需要は産出国の財政政策が関与するからである。

米国においてエタノール用向けに優遇税制を敷いたところ、ない場合と比較して3~4倍需要を押し上げた(ひっ迫させた)。対して、JAPは過剰生産と称して廃棄を奨励し需要を減退させ続けた。

こうした米国政策は穀物価格高騰を招いたという反面、貨幣を流動させる内需産業を奨励することは『あらゆる国は農業が安定したら余剰で工業化を行う』という経済理論とも合致する。

化石燃料などによる通貨流動を主としないシステムを構築するなら、こうした方法が主となるはずである。――



ゼレーニ納入課長はモールス信号のようにいろいろな数字が動き、意味を生み出す事務室でスイたちからその提案を受けたとき、『一部の国が裏取引をしていると推定している』という発言だけで彼らが詳細に情報分析したことに内心驚愕した。


「つまり、今回は大離球期に合わせて経済戦争を狙うべきだと?」

「はい、取引が増大する種まき時期まで7か月あります。その間に政府に対して通貨売り介入を要求しましょう」

「ちょっと待ってほしい、そんなことをすれば相手の国の中小経営はつぶれるのではないか?たしかに一部のものは意図的に国家に悪影響を与える事を知っていながら政策を立案した売国奴だが、国民の大多数は無能なバカどもというだけだ。バカというだけで責任を追及するのは酷という考えもあるが、」

「かまわないでしょう、あなた方は私たちにゴブリンを潰すことを求めた。

それには自陣営の強化と、敵陣営の弱体化も含まれているはずです。

鳥が虫を捕るときに、虫についている寄生虫を気にするでしょうか?」


二人の目には微塵の迷いもなかった。


「ふむ、しかし私の権限は穀物の納入に関するものだ。もちろん政策検討会へ議題を挙げることはできるが、君たちの意向には100%添えない可能性はあるぞ」

「は、わかっています。しかしギリーカ社単独でも穀物価格を高騰させる事は可能だと考えます。

現代では雑種強勢のため収穫穀物を種苗へ転換は一般的ではないので、当地において種苗の買い付けを行えば市場へ収穫見通しを誤認させる事が出来ますので、収穫時期には価格高騰圧力は出せるはずです。」


スイたちが出て行ったあと、ゼレーニは考えていた。

実はこの時点で、特にゴブリンとの取引額が大きいとみなされている4国へは裏取引事実の公表とともに経済制裁が予定されているため、4国に対する輸出について自粛するよう政府より通達が来ていた。

そこで来年にかけては世界的な需要が減ると考えられることから穀物購入量を減らすことが検討されていたが、逆に需要を低減させることのバーターとして国内産業保護を名目に購入量を増加させる事で商機があるという事が今、提示された。


「はっ、おもしれぇじゃねぇか」


ゼレーニは高揚していた。

彼は本質的に勝負師であった。だから彼はこの平和の時代だからこそ商業へ身を投じた、危険を採ればリターンも大きいからである。

だからこそ彼は退屈していた、絶望していた。

自分ははたして人生において一度も大勝負に出られないのではないかという虚無感を感じながら、日々の葛藤の中で擦り切れていくものかと気骨をふるう事しかできなかった。

彼は勝負師ではあったが、無謀と勇気をはき違えるほど壊れてもいなかった。 


「機を見てせざるは勇なきなり、だな」


彼はそう言うと覚悟を決めた。

エルフ族にも自称人権派気どりの平和至上主義者がいる。彼らの反発を抑えるのにも国内の産業優遇策は使えるだろう。


「ここからは俺たちの戦場だ。いいぜ、お前たちが他国の人命が第一だというなら、まずはそのふざけた幻想をぶち壊す」


この時の莫大な利益により、ゼレーニは社での発言力が急激にまし、スイたちは軍事複合会社化していくことになる。


――こののち、

制裁のため特に悪質だった2か国へは各1000万人を全処分、2国については各500万人を担保として5年後に全処分の上、国家解体の上に収用の沙汰を行った。

これにより4国は急激に国力が減退し、最終的に3か国については国家として消滅した。

人身売買権の定立を通貨価値を担保するための名目的なものと考えていた各国は、武器を用いず多数の人民が実際に殺されたこの事件により激震が走った。

後に『通貨の恐怖』として世界へ激震を与えたこの事件は、これに伴い、日和見を決め込んでいた各国も両陣営のどちらに与するかの判断を迫られ、後に2000年来となる2大国による直接紛争へとつながることになる。








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