2章

第30話(2章1) プロローグ

――


その日はレキスネント大陸レイモート都市へ向かう前の議員との接見のため、川内区に来ていた。川の中州に建設された一院制議会の議場はバーデッドと呼ばれ左右非対称に円形展望台が備えられている事が特徴だ。この展望台は前後で見ると下になっている側が違う事から、いつからか選挙ごとに左右両派の勢力図を公園の入り口に傾き写真や写実画が掲示されるようになり、ここから秤(バーデッド)の異名がつけられた。

この中州には居住者はおらず、高い樹木もなく、バーデッドを中心に芝生と門扉、そして芸術作品がところどころ飾られている。


スイ「おはようございます」


アサ「そういえば、活動はいかがですか」


目の前には箆(ヘイ)葡(ホ)党のシーレゼル議員がいる。

ゼレーニ氏から紹介され、3日前から交流をもっている。


シーレゼル「この後も報道の自由に関して、民間企業に任せることの是非について議論がされる予定です。

国家による検閲が行われた時代はクロポトキン研究を発禁処分にする、といった程度だった。それですら、幾人もの検閲官が確認し官庁が最終的な責任を表明する承認印を押し、さらに訂正箇所を示したうえで協力しないなら処分権限を行使するという何段階にもわたる安全装置が設けられていたが、国家検閲に対して自由化運動を行っていた者たちがそれ以上の検閲行動をとって人民からの信頼を損なうとは、呆れて者も言えません。

調べたら、かつて地球においてもamazon、yahooといった大規模ネット企業が素人のバイト1匹に検閲権限を持たせ、異議に対してはテンプレ回答をしていたそうですね。いやはや、まこと歴史というものは繰り返す。

こうした前時代的な企業放任主義は改められなければならない。」


シーレゼルの肩越しにはエレとヨナの女性二人が共済党のツィヴィーロ女史と談笑しているのがチラチラ見える。

共済党は国政政党の第三党でありながら、移民や弱者政策などについてここ15年ほど存在感を示し続けてきた政党だ。

今日の会合は表向きは 意見交流会 とされているそうだから、外からはさしずめ新進気鋭の女性経営者と政治家が意見を交わし合っているとでも見えている事だろう。


このヴァンダルギアにおいて同化政策が少数者への弾圧、ジェノサイドとして国際的非難の対象になってから移民政策は、そもそも移民を認めない制度として伸張してきた。

10年ほど前から、移民に寛容な政策を目指す政策が民間企業による言論統制と相まって推進されてきた。

まさに逆は真ならずを地でいっている。


シーレゼル「移民関連法において国民を排除した政策・議論を続けた共済党はもはや国民からの信任を得られないでしょう。ドイツの大統領内閣制がマイルストーンとなりヒトラー内閣を作り、米国の傀儡政府による恐怖政治がイラン革命を呼んだように前例にいとまがない事ですが、歴史上もそうであったように、自称知識人を騙る似非人権利己主義者は、それが自身の首を絞めることだと気が付かないようです」


アサ「かつては右翼全体主義による自由への弾圧に革命を興し、その旗振りが今度は左翼全体主義による自由への弾圧を行い、国民が義憤闘争を始める。女と事務官僚というものは国民をなめているのか、それとも学習・認知機能に欠陥があるのか、いつの世も表に出てくると国民の敵であると認識されますな」


そう言いながらアサは嬉しそうに笑っている。


シーレゼル「売国公務員とマスゴミはともかく、女性は一般化して叩かれると発狂しますからな。一部の女性の話と言う風に話しませんと」

声を抑えてアサに忠告しているが、表情を見る限り案の定、彼はあまりきにしていないようだ。


アサ「ともかく、それで、管理を緩めて移民を国民に組み入れろと?随分と下手を打ちましたなぁ」


スイ「それは私も気になっていました。それをしないための国家制度なのでは?」


シーレゼル「まったくその通り、お恥ずかしい限り」


15年前の世界的な工作活動が発覚してから、締約国とゴブリン共は各国への直接的な工作活動を改め、資金や人材の提供を通じ、間接的に行い始めたらしい。

これもまたヒューミント政策である。

複数政党の連立を前提とする場合、第一党が政策立案を行う与党になれない場合が往々にしてあり、これを連立制の罠という。

違う言い方をすると、1党で過半数もしくは上院の否決に対して下院が再議に対する再可決を出来る絶対的安定数(2/3など)が確保できない場合、国民の大多数が批判する政策を押す政党と連立を組む場合がある。こうしたとき、民意と異なる政策が施行される危険性が高まる。

これが最も問題になるのは、議会が行政に対して監視監督を行う権限が機能不全に陥ることだ。

仮に他国からの介入がない場合にも常態として公務員は、その行為について責任を回避するため個人名は出さずに「役所名」だの「部署名」だの、他人に責任を押し付け罷免対象から逃れるように画策を行う。そもそも近代国家では例外なく、他国からの干渉がなくともマスゴミによる公務員擁護のための政治家たたきへの誘導によって、悪質・無能な公務員がのさばる。こうした外発的・内発的な内政工作は往々にして国民固有の権利である「公務員の選定・罷免権」を中身のないものにする憲法の潜脱を伴い、この歪みは内部からは容易に是正できない疾患となり、外部からは甘い蜜になる。

こうした存在を利用した他国による内政工作活動は経済的にも効率的で、歴史上では1万ドルで国家転覆が行われた事例すらある。

例えばギリシャにおける政官一体となった不正会計による国家破綻においても公務員が罰を受けなかった事は、憲法への潜脱行為の典型例であると今日ではみなされている。

これを回避するために程度の差こそあれ、現在、ほとんどの国では公務員に対する補償のない罷免と賠償責任追及権を規定しているが、連立の罠と少数意見の切り捨てをどこで都合をつけるかによっては、やはり絵に描いた餅になるという駆け引きになる。

行政府への正常化要求権の実現は国民による直接解職投票ではなく議員から行政長官(首相・内閣総理大臣)を選任したり、国民選挙により大統領を選任し間接的に公務員罷免権を行使するわけだが、特に前者において「連立性の罠」が存在するとほぼ不可避で機能不全に陥るという内在的な問題を断ち切るのは容易ではない。

現にエルフですら、その罠にかかっていた。


シーレゼル「まずは選挙人指名制度を改編し、国政政党の数を収束させ政党登録した有権者だけが投票できるようにしたうえで総取り方式に変えることをもくろんでいます。これにより、連立の罠を排除することを狙っています。もちろん、一部の労働者の代弁者を騙る輩は反対していますがね。

労働者平等を唱えるゴブリンと近縁種であるヒュームからすれば不快かもしれませんが」


そういい、こちらの顔色をうかがうシーレゼルを見ながら、

随分と思い切った舵を切ってきたな、と思った。

政策の持続性よりも国民支持の正当性を重視する場合、政権交代において前政権がした交渉が0ベースで再検討されるなど、相手国からは安定性が欠けるとみなされ敬遠されるので、国際協調の点ではマイナスが大きい。

システムとしてもナショナリズム寄りに舵をとったという事は、今後エルフは対外戦争を想定した動きを行うと考えておいた方がいいだろう。


スイ「まぁ、別にいんじゃないですか?経済の映画だと中小の経営者や労働者を『絶対善』として書くでしょ?僕ね、あれ嫌いなんですよ、

だってそうでしょう?

労働者なんてものは経済という大木にぶら下がってるミノムシで、政府という親鳥から餌を運んでもらって雨が降ったらピーピー喚き、無骨者ぶって善人でございと喚いてる寄生虫ですよ、

一介の警察官や下士官以下は労働階級であるから市民の味方だなどと共産テロ運動が激しかった時期は言わたようですが、彼らですら最終的にあの階級は弱者ビジネスとして食い物にするだけの存在だと認識したように、言葉が通じるだけの野蛮人にすぎませんよ」


アサ「そこまでは言い過ぎだとは思うが、詮議権なんてものは死ぬ覚悟のあるものにだけ認められるべきだというのは同意です。みなが命のやりとりをしているところに自分だけ安全であろうとし、責任を集団というものに押し付けながら権利を主張する。そういうものはむしろ敵だろう」


シーレゼル「あなた方はやはりヒュームにしては変わっておられるようだ」


スイ「昔、こういう評論家を見ました。

勉強を頑張っていれば、高給を取らなければならない!

私は当時、10才にも満たなかったが、その時点で彼の思考が意味不明だった。そして現在になっても意味不明だった。

自由主義というものも、労働者にとって制度的にはいくつも型がありますが、代表的には3つに分類できます。

①年功序列型、②職能給といって横にはフラットだが縦には階層を作る型、③成果主義

少なくとも私はこれら3つが自由主義的であるとは考えません。こうした政策を見る時、自由と言いながらいかに権益を作るか腐心している政策官の姿が目に浮かび、私は彼らに、はるか昔に絶えた共産主義思想の面影を見ます。

特に経済活動と勉強なんて関係ないですからね

思えば、私は最初から自由主義の皮を被った共産主義者が嫌いだったのでしょう」


アサ「そういえば俺が若いころ行っていた大学の教授が、若い時は成果主義がよいと思ったが年を取ってからは年功序列型の方がよい、成果主義は疲れるスグに首になるとか言っていましたが、これも当時も意味が分からなかったし、今も意味が分からない。

都合がよい方に右往左往するのは知者のやり方ではない。都合がよいときに都合が悪くなった時に備えて蓄え、どうにもならなくなったら死ぬのが道理でしょう。

そして今ならはっきりわかります、彼らはただの利己主義者で、持続性という観点が欠落したただのクズであると断罪します」


「「つごうが悪くなって宗旨替えするなら死んだほうが良い。」」

俺とアサの答えが被ったことに、

お互い顔を見合わせてニヤッとした。


かつて 牟田口廉也 というものは、『私には心から語り合える人がいなかった』といったらしい。

イギリスがインパール作戦は牟田口旗下の将軍が油田地帯を前に進軍を躊躇したことが失敗の原因と分析したように、あることをしようとするとき、その道程を自分の中で成功までの筋道を立てることは容易い。極論すればどのような作戦・思想・学問も矛盾と合理性、利点と不利益、成功と失敗を内在しており、少なくともいくばくかの修正を加えれば成功させる道筋が全くないものというのは存在しない。

問題は他の人間にそれを説明し、その道程を共有し、共有した目標へ連帯して奮迅することの難しさだ。

牟田口廉也は今日(こんにち)、知識人に対して自らの作戦の正しさを強弁する暇があれば、意思伝達の大切さを見直すべきという教本となっている。

仮に情報が漏れたとしても、味方と意志の不和を起こすよりマシである。

情報漏洩に対しては事後的に対処すればよいが、意思伝達と共有は事前的に行うしかないからだ。

勝敗は兵家の常というように、真の敗北とは意思伝達と共有の失敗に由来する。10万の味方将兵を殺しても昇級したり、十字架に磔にされても民族体の支柱になるものがいるように、思想や意志は共有されている限り敗北はない。


シーレゼル「あなたたちも酔狂な方々だ。安寧を望めば静かに暮らすことも可能でしょう

ここ数十年で世界が一変するわずかな可能性に目をつぶれば、ただ穏やかに死ぬことも選択肢としてあるはずです。それくらいの権利を世界に要求するくらいの事はあなた方はしたというのに」


スイ「後世の歴史家に、しかし私は忘れられているべきだと考えます。

華々しい史跡は常に大衆のせめぎ合いです、

数人により達成された実績は歴史に埋もれるべき悲劇であり喜劇です。

ならば我々は大勢の中の一人でありたい」


シーレゼル「そうですか、まあ、我々としてはあなた方の意思を尊重しますよ」


我々が談笑していると、こちらに彼の秘書らしきものが駆け寄ってきた。


シーレゼル「さぁて、式典が始まるそうですよ」


スイ「そうですか。あぁアサ、先にいっててくれ、女性陣を呼んでくる」

アサ「そうか」


俺はそう言うと、二人の下へ向かった。


「やぁお三方、会話は弾んでるかい?」

そう言いながら二人と談笑していたツィヴィーロにも軽く挨拶をする。


二人ともスーツに身をくるんでいるが、

エレはいつかと違い、今日は大人とした格好をしていた。

人差し指と小指にアクセントとなるリングが光り、

ボトムスはセミフレアパンツ

周囲と見比べてもおかしさはない。

服装と言うのは流行がある、男性の服はバリエーションが少ないと言われているように、女性の流行は男性よりはっきりしている。


「ほう、今日はエレの格好は大人っぽいじゃないか」


「えぇ、ヨナさんとふたりで選びに行ったんですよ」


ふーん、そうすると、

ヨナも買い物に行く前に調べたんだろうな。


「さぁて楽しい談笑も一旦お開きにしよう、時間らしい」

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