第12話

あれは20年ほど前でしょうか、僕が肥育施設への飼料を担当していた時、彼女『エリザ』と会ったのは。当時進められていた国際自由化通商会合の資料作成のための実地調査で、国の委託を受けて調査しに来た一団の一人が彼女でした。

彼女は当時30代前半、ちょっとお人好しそうな顔をして「よろしくお願いしますね」とあいさつを交わしたのが初めてのやり取りでした。

あの頃の私はただ事務所と寝床を往復する事ばかりで、いや、それも別に嫌だったわけでもありませんでしたが、一般的なヒュームとしての生活を送っていました。

さりとて私も一介の作業員、調査団とのやりとりも各施設への飼料の配分計画や、輸送や保管時による必要経費である飼料の滅失量を説明するため施設の案内といった単純なものです。

彼女たちはそれらを基に将来相場予測に基づく飼料需給、予算、自由化が行われた際の影響などを検討していました。

ただ一つだけ驚いたのは、彼女とはウマが合ったという事です。たまに河原を散歩しに行ったり、世間話をしたり、職場の不満を言い合ったりね。なんてことはない普通で退屈な、楽しい時間でした。

まぁそれ自体は別に珍しい事ではありません。

エルフは多夫多妻、現在は避妊薬が発達して仮にもしがあっても性交から12時間までなら99.9%妊娠を防げますし、女性側に妊娠の選択権があるので、広い交際はただのお遊びですね。

僕も彼女はただ暇つぶし、物珍しさ、もしくは若者が罹る麻疹のような一時の社会制度への反発、そんなもので僕と会っているのだろうと思っていました。

それでもよかった、僕も楽しかったですし。

そんなある日でした、


「あなたの子供が欲しい」

「なぜ?僕は今のままで幸せだよ」


ご存じでしょうがエルフは身体機能の最盛期は40までですがそのあともヒュームよりは身体機能が衰えず、脳の機能が40から上がり120歳まで労働年齢が続きます。

しかしヒュームは70才ほどで労働年齢が終わり、生物として死にます。

子よりも親が長生きするので、エルフはヒュームの子供を産みたがりません。集団としても許しません。特に自然妊娠では3つ子まで受胎する可能性があるので、国家追放を受けないよう国の重要官職を志す者は1回の出産後に避妊手術を受けるので、なおさらヒュームの子を産む余裕なんてありません。

なので基本的にヒュームの出生は人工子宮であり、その身分は雇われるヒュームか家畜として生き死ぬ、1世限りの儚い民です。


「エルフ国ではエルフはたとえ自由人たるヒュームであってもつがい相手として子を成しませんが、でも国によっては忌避が低い民族もいます。

エルフとの子は自由人たるヒュームになり、国を移動する権利を得ます。その地で結婚すれば子をなしヴァンダルギアに根を張れます。」


彼女は僕にそう言いました。


「なぜ君はそこまでして子が欲しいんだ?子が欲しいだけならエルフと成せば問題ないじゃないか」


「自由市民たるヒュームに子がなれば、孫が、その子孫が、この大地に根を張ります。あなたという根が星に残ります。

好きな人の存在が、生きた証が消えるのは悲しい。

あぁ、これが好きという感情ですか、心が苦しくて、せつなくて、あなたという存在がいつかこのまま消える事が悲しい」


ハタハタと涙を流す彼女を見たら、断るなんて選択肢はとれなかった。


「自分がバカなのはわかっている。でも、彼女の願いをかなえてあげたい」


私たちは結闘を利用することにしました。

彼女が負けたことにすればヒュームと子を成したとしてもエルフ仲間へ言い訳もできるし、彼女の横のつながりにも影響が出ないからです。

ただ彼女はぶきっちょでね、負けるのが下手だったんだろうな。

終わってから集団からはぶられてね、何人かのエルフ男と強制的に結闘をさせられて3人目の子供を産んだところで国外追放させられました。

彼女とはそれっきり、会っていません。


「僕は子供なんていなくてもよかったんだ、

ただ、彼女と一緒にいられればそれでよかったんだエリザ」


嗚咽を漏らしながらハタハタと涙を流す彼を、ただ見て、彼の説明を聞くことしか俺たちにできることはなかった。


「彼女は二つの罪に問われました、結闘権をけがしたこと、そしてエルフとして許されない感情『愛』で、国家を裏切ったことです。特に後者が論理を重視するエルフ仲間から村八分にされた一番の理由だったと思います。」


俺「ところで、エルリによればあなたが罪を認める宣誓を行い謝罪を行えばあなたへの私刑も終わるという事でしたが、それは説明を受けましたか?」


「えぇ、結闘を汚したことについて、罪を認め謝罪を行うなら、恩赦を与えるという事は説明を受けています」


「それならエリザが属していたエルフ集団に謝罪をするか、けじめをつけてください。あなただってこのままじゃいけないと理解しているんでしょう?」


「えぇ、でもね、ウソにしたくなかった。

好きだったんだよ、僕たちは好きあっていた。

今日の糧(かて)を求めるのは僕の事柄だ、そのことで恥を忍ぶのも僕の事情だ。

でも彼女との決定は二人の事だ、それを否定したら嘘になってしまう。

僕は彼女を好きで、彼女も僕を愛してくれて、二人でした決定だ。それだけは誰にも否定させない、だから謝罪はできない、それが罪だというなら、私は背負って逝きたい。」


俺は静かに「そうですか」と答えた。


「覚悟はできているんですね?あなたはこのままだと生きることもままならないまま死にますよ、あなたとしてもそれは本意ではないでしょう」


俺は彼の顔を改めてみる。

オドオドとしたような後ろめたさからくる周囲への恐怖やキョドりも、社会への憤りも、彼の眼にはない。彼は納得している、自分の決定に。


「えぇ、あなたたちと話していて決心がつきました。私は国に安楽死を願い出ます」


俺は「ふぅ」とため息をついた。

彼は決めたのだ、自分が何をするかを。

成り行き任せではなく、他人任せではなく、「やれやれまたかやれやれ」などと言って雛が親鳥からエサを貰うように口を開けて誰かがエサを運んでくるのが当たり前だと思っている低能な俗人と違って、自分が何をなすか能動的に行うことを決めたのだ。

それは誰にも否定させない。


「自分の命を懸けてまで誇りと尊厳を守ろうとするやつは、そうはいません。生きるためなら誇りも尊厳も邪魔なだけですからね。だからあなたという尊厳を持ったヒトがいたこと、俺は忘れません」

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