第8話 何って、ただの思考実験だが? 

「ふーむ、やはりゴブリンと裏で取引を常態化しているのは事実そうだな・・・。」


俺は、ネットで通貨相場のここ数年間にわたる変動を見ていた。

ゴブリンならどうする?

ゼレーニ納入課長はこういった「ゴブリンどもは一部の国と裏で取引を常態化」していると推定される、と。

ゴブリンどもなら国際金融から締め出された場合を想定して取引をコルレス銀行(つまり通貨為替)を通さずに行う方法を模索することもあり得る。もちろん、その場合にも取引履歴自体は残るため、国家権力や国際機関による捜査を行えば銀行間取引システムにある履歴自体を取り寄せることができるので、そこから推定することは可能だ。

そうではなく、一吏員が国家機密に触れているとは考えずらいので、何かしらゴブリンの動きを予感させるような動きがあるはずだと考えたからだ。


「ただの思考実験だ、最終的にわからなくても構わないだろう」

そういうと、俺は自分の部屋でネット端末をまたいじり始めた。


知っているとは思うがA/B/Cという通貨がある場合、B→Cの間で直接為替を行う事はなく通常はB→A→Cと行う。

このAを”基軸通貨”と呼ぶ。

複数種類の貨幣が飛び交う国際銀行間で為替取引を行うには金本位制における B→金→C のように、中間に置くモノ(基軸通貨)には経済規模や通貨として信頼された国の保証を代替してもらう必要があるためだ。

これによって、とりあえず基軸通貨の発行国の代表銀行(コルレス銀行)に対して相互に口座を開設していれば、どの国家に対しても送金が可能となる。

なのでゴブリンが何かしら取引を行っているなら、エルフ国貨幣相場に何かしら動きが現れているはずと考えた。


「ムギ・ダイズ・食物油など現物取引時に通貨の変動に相関性がそれほど見られない。

例えば、水作が盛んな地域で主食とされているコメといったものは自由取引が敢行されてなお相対取引によるロット・スポット取引が主流だ。そのため公開市場を通していないせいで貨幣市場への影響は低くなるはずで、国内取引は為替市場へ影響を与えていない。対して、国外取引では低くない額の変動が現れているように見えるのはおかしくない。

一般的に海外交易会社は為替予約によって通貨相場の予測不可能性を担保しているので、現物取引と貨幣為替の時期にはズレが出る。そこで公表された企業の為替予約平均値と実際の貨幣時価レート、穀物などの取引レートを参考にして、企業による為替取引が集中する取引所1日の商い量から丹念に予測と実勢の捻じれ(差)がないか計算する必要がある。

捻じれがある場合には、ゴブリンではないにしても、何らかの介入があることを示唆している。確実にやるにはそこから投資会社などの個人投機家を除外すればいい訳だが、個人では公表されていない情報を確定できないので最終的には予測に近い。だから推定しかできない。

いずれにせよ、コメの海外輸出時には貨幣相場に影響を与えているという事象は理にかなっており、海外取引では銀行間為替を通していることを示していることも理にかなっている。

一方で、市場取引により価格形成を行っているムギ・ダイズ・食物油をエルフ国が輸出入する際に、あまり影響が出ていないように見えるのはおかしい。

もしかして通貨為替を通してないのか?」


そこで、取引前後の各国が公表する海外準備金残高と対外資産残高を比べるとたしかに増減している。通貨安抑制介入の原資にするため、各国が短期国債などの投資に回しているので再流入による貨幣市場への影響が低いのだろう。もちろん、たぶんに想像だ。


「なるほど、穀物の最大商取引所はエルフ国通貨での取引だから結果として通貨為替の介在は低くなっているのか」


とすると、

ゴブリンと交易を行っている国は外貨準備が積みあがって解消する方法がないなら紙の束を抱えることになるので貨幣発行量まで偽装しないとデフレが進行するはずだが、そこまですれば国際社会への戦争行為とみなされてもおかしくない。

そこまでゴブリンへ肩入れするとは思えない。

とすれば、輸入商品が少ない国家はどこかの段階で海外銀行で通貨為替を行う必要がある。

つまりどこかの時点で基軸通貨 高  に対して通貨安 が進行する。

そして、そうした動きがあったことが相場から見て取れる。

これでゼレーニ納入課長の推定が正しい事だろうという事は理解した。


では、対処としては何をすべきか?何が起こるか?

相場の修正法則にしたがえば通貨安が起こった国への投資・商品購入、がどこかの時点で必要だ。

もしくはエルフ国の通貨発行量を増発して通貨安合戦を誘導する

しかしこれは対象国以外へも影響が出るので下策だ

過度のインフレはどこかの段階で公定利率などを上げてインフレ率を抑える必要があるが、通貨高状態で利率を上げ投資を呼び込むと経済が疲弊する。

では通貨高にするために介入操作を行うか?

エルフ国貨幣売り・相手国の貨幣買いを行うなら相手国から商品を輸入すれば結果は同じか

では何を買う?貨幣市場に大影響を与えるレベルの商品となるとそうそうない。

例えば相手国から人身購入を行った場合、エルフ国は人工が増加するが養うための資源量が足りなければ餓死させることになる

いっそ買い取ったヒトは家畜として全処分を行うか、

いや、人の大量死が起こった場合、回復まで数十年はかかる

そうなると貨幣の動きが滞るか

そもそも人口が減った国家が復興まで国際的地位を保てるか、いうなれば通貨価値を保てるほどの国力を維持できるか疑問か

なら、人身購入を行った後に物々交換で人を返せば?

これなら通貨市場を通さずに貨幣操作が行えるが

そもそも貨幣で買うものがないから人身購入を考慮する国家が、売却した民を再購入できる資源があるわけはないので循環論法か

売却した民の再購入費用を安くする方法は、ただの援助行為になってしまうので持続性原理に抵触する可能性がある。

さらに、こうした偽善行為は常態化すると詐欺による奴隷化が横行する危険があるため、避けるべきだ。

奴隷化は奴隷労働に対して貨幣の移動がおこらないシステムが湧いて来る可能性があるので絶対に肯定することはできない。奴隷化の端緒を開けば貨幣戦争におけるゴブリンへの敗北が決まる

ところで、これらの国の外貨準備と対外資産はいくらかな?


ふっ、くだらん思考実験だな

そういうと俺はネット端末から目を離した。

「秘儀、ステータスオープン!」が使えれば相場の裏まで理解できて俺も楽なんだがなぁ。


カーッ、ここが魔法がない世界だからきっついわー、カーッ

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