第9話

「どうぞ、こちらにおかけしてお待ちください」

俺たちを案内してきたエルフ女性はそう言うと脇の机に備えられた機器を何かいじった後、その席に座り何やら作業を始めた。


「事前にアポイントを取っていたこともあって在駐でよかったな。」

「そっすね」

ヨナは気のない返事をするとキョロキョロと周囲を見渡している。

周囲には鍵にかかった暴漢制圧用の器具があったり、壁には賞状が飾られている。

別に何がある訳ではないが、そういうものを見ると多少は緊張するな。

部屋にはたまにカチャカチャと脇で作業する音がこだまする。

舎庭や建物内ホールからは子供の声が聞こえる、子供たちが体育の授業でもやっているのだろうか。


「おう、なんか用かい?」

しばらく待つと入ってきたのは、いつか武道場で会った女エルフだった。

「おや、君はいつかあったな」

「ええ、その節は大変勉強になりました。」

「あれからも鍛錬は続けているか?」

「えぇ、」

「そうか、それは殊勝なことだ」


俺たちがそんなやり取りをし続けている最中も助手らしきエルフは一瞥もせず隣で作業を続けている。仕事にまじめなのはいい事である。

そんな感じに二人で挨拶を交わしていると、ムッスーとした顔でヨナが絡んできた。


ヨナ「なんの話っすかー、ウチも混ぜてほしいっすねー」

「あぁ、すまんすまん、この前武道場へ鍛錬に行った時、ボコボコにされて」

「キャハハ、ボコボコにされちゃったんすかスイくーん」

そう言いながら肘でウリウリとしてくる。

ゲハハハ、負けちまったぜ!とでも言っとこうか、等と考えていると

女エルフ「ゴホン、で、今日は何の用かな?そんなに暇なわけでもないんだが」

と注意されてしまった。

二人で居直ると、

「失礼しました、そういえばまだ名前を伺っていませんでしたね、俺はスイ、こちらはヨナといいます」

「どうもヨナです、お見知りおきを」

そういうとヨナは パンッ と手を合わせた。これがこの国の挨拶方法だ。

「そうか、私はエルリだ、短縮ではリを発音しない正式にはエリルリンシール。南区管長を賜わっている」

そういうと彼女 エルリもパンッと手を合わせる。

ちなみに区管長というのは、地球風に言えば検事でもあり警察署長でもある。簡単に言うと南区にある教護院を統括する役職という事だ。


「よろしくお願いします。えぇ、実は・・・」

そういうと、俺は事情を話し始めた。


数日前、あのおっさん『ドグマ』の担当が国都南区だと案内されたので今日は空いていたヨナと二人で訪れていた。

エルフ国では女エルフは15才からおおよそ40才まで10人1組で寄宿舎に住む、ここは児院・交番・消防団なども兼ねているホームドクターならぬホーム自警団だ。通称を教護院という。この国では動力機関を持つ車両の所持が禁じられているが、施設には緊急車両として2台の電動車が置かれている。

基本的に女エルフ10人に対して6~12歳までの20~30人と、それ未満の2~8人が割り当てられる。この国では人工計画による人工子宮出産が主体だが、母体から分娩(出産)した場合は申し出れば出産した女エルフの児院に預けられるが育児において特別視を避けるため通常は行わない。

ちなみに少年エルフがその教護院が合わなければ申告により正当な理由と認められれば移動できる。これは少年の権利であり、例え出産したエルフといえど口をさしはさむことはできない。


――現代の女性歴史家は過去の教育制度についてこう述べている、

「ネット環境があれば勉強なんてどこでも出来るのに、同年代で固めなきゃいけないせいで縦方向にも横方向にも強い制限かかっていじめと差別の温床になる国民皆教育制度とかいう前時代の非効率的システムをマンセーしてたなんて超ウケるんですけどー() あと完全通信教育とかいう労働しながら学習する社会人学生制度に社会適応力ない少年ヒッキーを逃がして悦に入るの肯定はきもくね?w」


ここの就勤形態は4勤3勤といい、10人を2チームに分け月水金日と火木土の勤務を2週ごとに繰り返す。教護院で4勤する週は3回を外の軍施設等で鍛錬、3回教護院で勤務する週は大学施設等で4回研究・学習を行うといった形態だ。

ここには女性しかいないが、もちろん性転換手術を受ければ男性体も就くことはできるぞ!


「――――というわけで、ドグマは今、ウチで預かっているところです。」

俺たちの話を黙って聞いていたエルリは

「まったく、ばがどもが」

と一言小さい声で呟き、考え込んだ。

しばらく脇で作業するカタカタという音だけがコダマする。


エルリ「そうだな、彼に何があったかの事情についてはドグマに聞いてくれ、とにかく謝罪と罪を認める書面を法務部へ出すことだ、処罰は全て彼女が受けた。ヒューム管理課の裁可が下りれば彼が公的に何らかの訴追を受けることはないし、そうすれば私刑も終わる、そういう話だ。彼から話を聞いたなら君たちからも彼を説得するのもいいだろう」


そういうエルリは、どこか苦しそうでもあり、悲しそうでもあった。


「あとはそうだな、彼を保護した期間の費用についてはこちらから役所の担当に申請しておこう。おって認定されるか否定されるかはともかく支給決定が送られるはずだ」

「今後についてはどうしましょうか?このままウチにいさせても問題はありますか?」

「確か君たちがここにいるのは後1か月くらいだったか。いや、そのくらいなら問題にはならないだろう。ただし、だからと言って今後もヒューム等かくまわないように、特に集団から放逐されたエルフや外国人などを多く囲っていると不貞の輩としてマークされる恐れがあるから注意するように」


そういうと彼女は舎の中に戻っていった。


「では面会は終わりです。どうぞこちらへ」

エルリが部屋から出るとガタっと脇で作業をし続けていた彼女が立ち上がった。

「そういえば貴方の名は聞いていませんでした」

「聞いても仕方ないとは思いますが私はベルシュといいます。正式にはルーベルシュです」

「そうですか、ベルシュさんも今日はありがとうございました」

俺が挨拶すると、ヨナも「ウース」と軽く挨拶する。


案内されて出口へ向かう途中、チラッと見ると、10~12才くらいの年長が幼児にミルクをやったり、オシメを代えていた。

彼らももう少しすれば中等科へ行き、15才であの儀式を通ってエルフの成人として認められ、この国を背負っていく。

頼もしい限りだ。


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