第16話 出発



「それにしてもティーロくんはよく黙ってたね? 腹が立ったりしないのかい?」


 えっと…? ルイさんはなにを言ってるんだろ?


「腹が立ったり…ですか、俺が我慢すればいいならそれでいいですよ。あいつらが糞なのは知ってますから。それにこれっきりですからもういいかなって思います。それよりルイさんを馬鹿にすることの方が腹立ちますね。」


 なんていうかここの人たちには期待してないからなんとも思わないかな。邪魔さえされなければそれでいい、勝手にやってろって感じ。結果だけ見れば俺とルイさんに嫌味を言いつつ送り出しただけだからね。でもそれ以上をしたらもう我慢も限界かな。


「はぁ… 君は本当に… 自分よりオレを大切に思ってくれるのは嬉しいけどもっと自分を大事にして自分の気持ちを出してもいいと思うんだけどな。」

「それはちょっと難しいですね…」


 育った環境だと思うけどどうしても自分のことを大事にとか大切にって考えられないんだよね。人のことは大事に思うけどその思いが自分には向かない。俺は「情けの1つもない」人間だからね。あいつらにどう言われても「そうですね」って感じるくらいかな。それがルイさんに向くなら話は変わる。ルイさんは俺みたいな「価値のない人間」じゃないからね。

 そんな俺がなんで前のパーティーでの分け前に不満を持ってたか、俺に不都合が出るとフィオさんが心配するから。理由なんてそれで十分だよ。


「君に何があったん… いや、それは今聞くことじゃないな。いつかオレに言えるときが来たら教えてくれ、それよりマギ殿のところへ行こう。」


 ルイさんは苦笑いを浮かべてそれ以上追求はしなかった。大したことはないんだよ? もちろん俺だって客観視はできる、ハンターとしてどれだけの能力があるかとかどれだけの実績があるかとか、自分のことも他人のことも主観を入れずに見てる。過去の実績で今の能力を誤認はしない。だって「情けがない」からね。



「いらっしゃ〜い、それで〜そっちのことは〜無事に済んだの〜?」


 魔女の大鍋ではマギさんがお昼を用意してくれてた。今日もマギさんの料理はうまい。俺が作るといつも褒めてくれるけどマギさんの方が普通に美味いんだけどなぁ…


「ええ、ジークハルト殿からの「指名」の「護衛依頼」を無事に受けることができました。行き先は北隣の子爵領の街ってことになっています。そこで次の依頼をということでいいのですよね?」

「そうね〜、子爵領のギルドはここよりはマシだから〜私たちの行き先を広めたりは〜しないと思うわよぉ〜。」

「でもその次もまた他の町を経由するんですよね?」

「そうよぉ〜、3つは経由するわぁ〜。そうしないと〜ギルドの情報網で〜嫌がらせがあるかもしれないからねぇ〜。」

「そこまでする必要がありますか? マギ殿やジークハルト殿はそこまで恨まれていたりするのですか?」

「う〜ん… それはちょっと〜違うわねぇ〜。恨みと言うよりはぁ〜利用したいのよぉ〜。ここの〜男爵はたぶん知らないけど〜伯爵以上は〜私たちの利用価値を知っていると思うわぁ〜。」

「そう…ですか… オレはいいですがそこにティーロくんを巻き込むのは…」

「俺?」

「あぁ、ティーロくんはまだハンター歴が半年なんだろ? そんな君がハンターギルドや貴族の泥沼に引き込むのは…」


 あぁ〜… やっぱりギルドと貴族は癒着とかあるんだろうね。それにマギさんたち3人にも色々あるんだろう。でもルイさんはなんで俺を巻き込みたくないんだろ? ルイさん自身のことはいいの?


「大丈夫ですよ、俺に価値なんてありませんから。それにみんなを守るためならなんでもしますから。」

「ティーロくん!? そんなことを言っちゃ駄目だ! 君が手を汚す必要はない! そういうことはベテランのオレがすればいい!」

「ふふっ、2人とも〜そんなにネガティブにならなくてもいいわ〜。そうさせないために〜用のないところを経由するのよ〜? でもぉ〜その気持ちはありがとうね〜。」



 夕方にはじいちゃんとばあちゃんも合流した。これで出発の準備はあとは仕上げだけだね。最後の打ち合わせで移動ルートを確認する。まずは北隣の子爵領、それから男爵領、男爵領、と経由して別の子爵領で最後の補給をしてからいっきに通商連合へ。「護衛依頼」は「何日がかり」で「どこからどこ」へ行くのかをギルドへ伝え、依頼を受けてくれるハンターをつのり、その期間の護衛を任せるというもの。今回のように「指名」をしてもそこは変わらないからギルドにだいたいの位置を把握されることになる。普通は遅れた時に捜索を出してもらえたりするからいいんだけど今回はそのギルドから逃げるためだから逆効果なんだよね。



 翌早朝、俺達はじいちゃんが用意した馬車に乗り町を離れる。マギさんとばあちゃんがしっかり食料を確保してくれてたから俺のすることは建物をアイテムボックスにしまうだけだった。やっぱり申し訳無いから馬車の操り方くらいは習っておこうと思う。

 フィオさんは退職の手続きを済ませていて昨日の俺とルイさんのパーティー登録を最後の仕事にして終わり。後から聞いたけどパーティー登録の取り消しをさせられそうだったんだって。登録を担当した本人ならミスを理由に取り消せるらしい。でももう退職した後だからそれもできないと。上役なら取り消しもできるそうなんだけど担当した職員のミスでもなく、ハンター本人からの申し出もないのにギルド側から勝手に取り消すなんてことは職員のキャリアに良くないものとして残る。そのためにタイミングを調整してたんだけどね。

 この辺りはフィオさんとルイさんが考えたんだ。現役職員とベテランハンターが考えてくれたから確かに上手くいったんだけどこれで終わるとは思えないんだよね。だから俺は「下っ端職員にいくらか握らせて取り消しをさせると思うからそれを覚悟して動く方がいい」って言ったんだけど2人ともそこまではしないだろうって言うから引いたけど…


 ということで日も登りきらない早朝にさっさと出発したことでいきなり店が消えたことが広まる前に町を離れた。こんなのバレたら普通に大事件だからね…

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