第14話 移籍先




「ただいま…」

「フィオさんおかえり、あの後大丈夫だった…?」

「あ、うん。まぁ、それなりかな。」


 言わなきゃ… ちゃんと言わなきゃ… でも断られたらどうしよう… 仕事が優先だって… いや、でも今の俺ならフィオさん1人を養うことだってできるはず、言うんだ、言うぞ。


「「あの…」」

「「え?」」

「あ、レディーファーストってことでフィオさんから…どう…ぞ?」

「う、うん。いや、やっぱりティーロくんから…」

「あ、うん。わかった。俺さ、この町を出ようと思うんだ。俺がこのままこの町にいたらフィオさんやばあちゃんたちにも嫌がらせが向くと思う。昇格試験であんな不正をするし、オーガの魔石もなかったことにされた。それくらいは別にいいんだけど、たぶんこれは終わらない。この次はどうなる? きっと次の標的はフィオさんになる。俺にはなにをされてもいい、でもフィオさんに嫌がらせなんて嫌だよ…」


 フィオさんに手を出されたら… たぶん俺は自分を止められない… 


「そ、それで…さ、このことをマギさんに相談したら」

「マギさんに!?」

「え?」

「あ… ううん、続けて…?」

「えっと、マギさんに相談したのは試験官だったルイさんと話せる場所がマギさんの店しか思いつかなかったから、それだけだよ…? それでね、マギさんは自分とじいちゃん、ばあちゃんの3人は俺と一緒にこの町を出るって、明日の昼にどこに行くか話し合おうってことになったんだけど…」


 やばい、フィオさんの顔を見れない… どうしよう、怒らせたかな、悲しませたかな、失望させたかな… フィオさんにそういう目で見られたらたぶん死ぬ。きっと俺の心が死ぬ…


「え… ティーロくんこの町を出るの…?」

「うん、それで… フィオさんに言わなきゃいけないことがあるんだ。」

「言わなきゃいけないこと…?」


 言うぞ… ちゃんと言うんだ…


「その… フィオさんも一緒に来てくれないかな…?」


 よし! 言えた! マギさんたちもいるからってヘタレたことを言いそうになったけどちゃんと言えた! 俺はフィオさんにも来てほしいんだ!


「わかったわ、私もその話し合いに参加すればいいのよね。」

「ちがうよ!? フィオさんも一緒に移籍してほしいってことだよ!」


 あ、言ってしまった… ギルド職員で、この町に根を下ろしてる形になっているフィオさんにこんなことを… 優しいフィオさんなら受け入れてくれるかもしれないけどそれって本来のフィオさんの望む将来じゃないかもしれない、俺のためにフィオさんの未来を変えてしまう… 言わなきゃよかった…


「それ… 本気で…?」

「う、うん… 一緒に移籍してほしいのは本気だよ… でもフィオさんにはギルドの仕事があるし、これまでいっぱい甘えてきてさらにこんなワガママを言ってごめん、いやなら断ってくれていいから…」

「ほんとに…? ほんとに私もついて行っていいの…?」


 あ…れ…? どういうこと? フィオさんも乗り気になってる…?


「俺はフィオさんと一緒にいたいから移籍先にもついて来てほしいよ… でもフィオさんはギルドの職員だし難しいよ…ね…?」

「そんなことないわ! 前にも言ったけど私は差別対象なの、みんな表ではさすがに言わないけどいつ辞めてくれてもいいっていつも言われてるわ… だからいつでも辞められるし未練なんてないの。」


 は!? どういうことだよ! フィオさんの仕事ぶりはずっと担当してくれてた俺がよく知ってる。どんな小さなことでも丁寧だしミスもない。アドバイスは的確だしこんなひとに「いつ辞めてくれてもいい」なんて…


「じゃ、じゃあさ… 明日の話し合いでは一緒に来てくれるものとして参加してくれる…?」

「もちろんよ! 荷作りは早めにしておくわね!」




 こうして俺とフィオさん、じいちゃん、ばあちゃん、マギさんの5人でこの町を離れる話し合いをすることになった。いつ出発してどこに行くのか、どういうルートで行くのかなんかを決めよう。地理については日本出身の俺にはさっぱりだからみんなの意見を聞いて判断しなきゃね。

 そう、思ってたんだけどさ…


「ハンターとしては実力に見合う狩り場が近くにあるといい。ティーロくんはもうAランクに近いからそれを見越したところがいいと思うよ。でも、オレとしてはある程度経験を積んでからがいいとも思うんだ。」

「そうじゃな、この王国なら東の辺境伯領か南の公爵領、それ以外なら他国じゃろうな。」

「そうねぇ〜、私はどうせなら他国がいいと思うわぁ〜。同じ国だとしがらみもあるからぁ〜。」

「だな、マギ殿の言う通りだとオレも思う。そうなると選択肢は多くなるな。」


 なんでルイさんもここにいて、しかも馴染んでるの!?



 早朝、俺達の家にルイさんが訪ねてきた。約束通り報告書の写本を持ってきてくれたんだけどそのまま帰すのも不義理だし朝食を出して俺達が移籍する話しをしたら


「ならオレもついて行く。ティーロくんがオレを信用できるならパーティーを組まないか?」


 そんなことを言われたら断れるわけもなく今に至るってわけだ。俺のためにあれだけ怒ってくれたし写本についても快く受けてくれた。そんなルイさんに「あなたのことは信用できません」なんて言えるわけがない。これまでの態度から信用できるのはわかってるし遠くに移籍するとなれば自分から引くと思ったんだけど…



「なら通商連合のどこかにするかい? あそこならあたしらで顔の利くところもあるからねぇ。」

「それはいい! 通商連合なら実力主義でティーロくんも正当に評価される! ただ少し遠いから路銀だけが心配だが…」

「がはは、そんなもんわしらでどうとでもなるわい。なんなら護衛依頼にしてもよいぞ?」

「い、いや… そこまでしてもらうわけには…」

「あらぁ〜? ジークハルトにしてはいいことを言うわねぇ〜、ティーロくんに護衛依頼の実績をつけられるしちょうどいいわ。それに依頼にすれば堂々と食事をこちら持ちにできるしそうしましょ〜。」


 俺の発言は無視ですか…?


「ティーロは町の移動は初めてなんだろ? オレが色々教えてやるから心配するなよ。」

「ルイさん… よろしくお願いします。ってそうじゃなくて! なんでルイさんも一緒に来る流れに!? パーティーとかはいいの?」

「オレの心配をしてくれるんだね、でも大丈夫さ。君が言っていたように固定パーティーを組んでいたわけじゃないし何の問題もないよ。」

「一応まだ職員なので言わせてもらいますがルイさんはこの町でトップの魔法使いなんですよ? それが移籍となるとかなり引き止められると思います。」


 この町のギルドとしてはBランクの魔法使いにいなくなってほしくはないだろうね。でもそれって…


「ギルドとしてはそうだろうけどハンターの規則だと移籍は自由のはずだから引き止められてもねぇ?」


 そう、ハンターは護衛依頼や狩り場の変更で色んなところへ移動することが認められている。逆に認められていなければ町や国を行き来する商人の護衛や、狩り場が合わなくなったときにどうするんだって話しになるからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る