10/20 明るい悪夢のはじまり 2

建物の外からこの世のものとは思えない音がした直後、目を閉じたわけでも、閃光が走ったわけでもないのに関わらず、視界が途切れた。脳貧血で倒れる前の、だんだん視界が暗くなるような感覚が10秒――いや、5秒だったようにも1秒だったようにも思う――くらい続いて、僕たちが目を開けた時には、僕たち以外の全てが止まっていた。ラーメン屋の店主は丼を片手に持ちそこに麺を注ぐ途中で動かなくなっていて、そのラーメンもまるで食品サンプルのように空中で静止していた。

「「うわぁ!!」」

僕らは揃って驚きの声をあげた。真っ先に通常運転に戻った高澤が立ち上がり、近くにいた店員の肩を揺する。しかしそれは一切動かない。普通なら揺れるはずの冷水の水面も一切動かない。

「一体何が起きた...」

高澤は混乱したような声をあげる。次になんとか落ち着いた僕が声をかける。

「分からないけどなにかとんでもないことになってる」

ほかの5人はまだ混乱していて、変な声を上げたりしている。

すると、後ろの方からなにかを叩くような音がした。さっきの異様な音ではなく、普通の鈍い音。肩を震わせて反射的に後ろを振り向くと、高澤中の水が動かない水のポットで別のテーブルを殴っただけだった。

「とりあえず全員落ち着け」

その声に答えるように、残りの人も冷静さを取り戻していく。

「落ち着いたか?じゃあ情報を整理しよう」

ほかの者の声は無駄に大きくなったり、上ずったりしているのにも関わらず、高澤だけはいつも通りの声をしている。それでだいぶ気は楽になった。

「とは言っても今のところ情報はほぼ皆無。今わかることといえば、」とここで一言区切り、彼は自分のリュックに手を突っ込む。すぐに手帳とペンを探り当て、白紙のページを開いてみんなが座っているテーブルに置く。

そうしてひとつずつ声に出しながら書き込む。

「1つ目。僕たちが昼食を取っているときに、異様な音がして視界が飛んだ。これは全員?」

「そうだな」

「そうね」

肯定の声があがる。

「次。2つ目。僕たちの視界が戻ってきた時には僕たち以外のが止まっていた」

これにも肯定の声が上がる。

「この現象はこの店の中だけなのか?それともこの外...もしかして世界全体に広がっているのか?」

中村は問う。筋肉バカとはいえ倍率が毎年とんでもないことになるあの受験を潜り抜けてきているのである。そういうことは言える、頭がいい筋肉バカなので理由さえ納得出来れば自分で大体なんでも出来る。

「分からない。一旦外に出てみるか?ただもしかしたらここがいちばん安全で、ほかはもうとてつもなく危ないっていうこともありうる。そういう時外に出るだけで危ないっていうことは?だとしたら...ってうわ!?」

高澤が提案するように手を前に出した時、突然ホログラムのようなものが空中に現れた。

「なんだこれ!!」

高澤が慌てて手を振ると、は消えた。

「なんだよこれ気持ち悪!!」

中村は遠慮がない。でもこれはなんだ確かに気持ち悪いな...などと考えるうちに、僕にひとつの考えが浮かんだ。

「ちょっといい?」

「なんだ?涼」

「これは多分ホログラムの一種。空気の小さい粒子に映像を映すタイプなんだろうけど、その技術は今まだ開発段階なんだ。しかもなぜ手を差し出すだけで表示されるのか分からない。手になにか着いてたりする?」

「相変わらず詳しいな...ないぞ」

「そうか...でもとにかく新しい手がかりだ。...ちょっとこれ見てて」

僕はそう言い、とりあえず全員の注目を集める。

「これがいっさいの機械の使用もなく表示されるのだとしたら、きっと高澤だけに当てはまるわけではないと思う。だからさっきの高澤の動きを真似れば...ほら」

僕はさっきの高澤の通り手を提案するように前に出す。すると、僕の目の前にもあのホログラムが現れる。

「僕と高澤が同じ動きで同じものが現れたっていうことは、多分ここの全員が再現出来る。他のみんなもやってみて」

僕の予想通り、他の5人も手を出すとホログラムが表示された。

ただ、そこに映し出されたのは、僕と高澤、それと山本を除き、アルファベットでも日本語でもない謎の文字の羅列だった。

「大きい成果出てるな、ありがとう涼。とりあえず日本語で書かれた3人分を読んでみよう。」

高澤は言う。

「これは...能力?」

「なんだ高澤。なんか見つかったの?」

「涼。これは......なんだ?」

本気で困ったような顔で聞かれたので、僕にわかるのか?などと思いながら覗き込む。

高澤が指さすそこにはこう書いてあった。

<能力>

<1>遠望</1>

<2>斬撃</2>

<3>連撃</3>

<4>ステルス</4>

</能力>

「これ多分プログラミング言語かなんかだろ?涼なら読めると思って」

なるほど。

「HTML言語か...ならこの周りの諸々はあんまり気にしないでいい。つまるところ、高澤はこの4つの力が登録されてるんだと思う。でもなんで。この能力って具体的になんだろう。超能力みたいなものかな」

僕はその不思議な画面を眺める。そこには、4辺を囲むように縁どりがついている。

「みんな、これ見て。この縁どり」

「なんだろう、これ...」

しばらくの沈黙の後、山田が声をあげる。

「吉宮お前天才か?」

「違うよ」

「涼もう降参。説明して」

山本さんも降参したのでいい加減話そう。

「これ、それぞれ対応してる。ほら。アルファベットのAの隣にある文様は全て一緒。そしてその文様は、解読できないほかの4人のホログラムに出てくる文字と一致している。つまり、これはロゼッタストーンみたいなものじゃないか?」

「なるほど」

「だから、残り4人も解読できるよ」

「なら、全員で一旦解析するか。日本語だった人は他の人手伝って。」

高澤の一言でまとまり、僕達は解析に取り掛かる。でもそれは、はっきり言って異様な感覚を与えた。1文字ずつ戻していく度に、だんだん目が回る。なにかがそれを拒むように。そして僕らは淡々と解読を進めるのであった。

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