おばちゃんは伯爵家を護るため奮闘します

甘い秋空

一話完結 伯爵様は、今日はどちらにお出かけですか?



「アナスタシア奥様、旦那様が駆け落ちしました」


 従者が、耳打ちしてきました。


 今日は天気も良く、招待された美しい庭でお茶会を楽しむには、絶好の日となる予定でした。



「相手の令嬢は?」

 そっと聞きます。


「この屋敷の夫人です」


 従者の報告に、私は驚き、表情に出してしまうところでした。私の自慢の銀髪は、少し揺れたかもしれません。



 夫が、この屋敷の夫人と駆け落ち……

 今日は、領地を視察する予定のはず……


 顔は微笑みながら、頭では、考えられる最悪な事態を回避する手立てを考えます。でも、これはダメかもしれません。



「主催者である当家の奥様は、急に病で体調を崩し、出席することが出来ませんこと、お詫び申し上げます」


 屋敷の執事長が、謝罪に来ました。


「出口の方に、お土産を用意しておりますので、どうかお納め下さい」


 ということは、お茶会は中止ですね。


 招待客は、席を立ち、出口へ向かいます。



 私も立ち上がり、最後尾を少し離れて歩きます。


「アナスタシア様、伯爵様は、今日はどちらにお出かけですか?」


 黒服の執事長が訊いてきました。目に殺意があります。


「領地の視察です」

 無表情で答えます。


 この執事長の質問の意味は? 瞬時に考えます。


「珍しく一人で出かけるなんて、事故に遭わなければ良いのですが」


 あくまで無表情です。


「承知しました。事故に遭わないこと、当家で祈っておきます」


 執事長が背を向けました。これで、夫は、事故で亡くなる運命となりました。


 両家が生き延びるため、駆け落ちなど無かったことにします。



 夫とは政略結婚でしたが、一人娘を授かり、まぁまぁ幸せな月日を重ねてきました。


 女遊びを一切しない、お堅い真面目な男性でしたのに、この年になって、駆け落ちするなんて。



    ◇



「困りました」


 伯爵が行方不明になった場合、120日以内に後継者を届け出ないと、この伯爵家は王族に没収されます。


 私は36歳、一部からは、おばちゃんと呼ばれています。



 夫の伯爵は12歳年上で、私たちには16歳になる一人娘がいます。


「娘に婿? 120日しか期限がないのに、ギリギリいけるか。でも、幸せな結婚は無理かも」


 こんな事になるなら、婚約だけでも決めておけばよかったと、悔やみます。



 夫の両親は、年老いて隠居状態で、新しい命を望むのは無理で、あ~、私はなんで混乱しているの、120日で産み落とすなんて絶対無理でしょ。



「あとは、親戚の令息を養子にするしか」


 血筋がつながり、独身の令息が親戚にいるのか、まったく思い浮かびません。



「義姉に相談しましょう」

 夫には、8歳上の姉がいます。


「そういえば、アイツが出戻りになって、ニート令息になっていると、義姉がぼやいていたわね」


 義姉の一番下の息子は、女遊びが酷いと離婚され、婿入り先を追い出されたんだった。


 アイツは、学園時代、私の同級生で、その頃から娼館遊びは酷かったけど、裏では、私を護るナイトであったこと、私は知っています。



    ◇



 義姉の屋敷、手入れが行き届いた庭のガゼボで、私の娘と、ニート令息がお見合いをしています。


 今日は、少し曇っています。


 私と義姉は、屋敷の中から、二人を眺めます。



「アナスタシア、不出来な弟で申し訳ありません。きつく躾けてきたはずなのに、なんで駆け落ちなんか」


「私こそ、女性と関係を持たないように、きつく縛ってきたなのに、なんで駆け落ちなんか」


 二人でため息をつきます。



「あれ? お見合いが終わったようですね。予定よりも随分と早いです」


 娘が一人で、屋敷の方へと歩いてきます。


「どうでした? 感触は」


「う~ん、これまでどおり従兄のお兄ちゃんって感じで、しかも、もう父親って感じの方が大きくて……」


「でも、好きな相手がいるようでして、私との婚姻は断られました……」


 娘は、涙声になりました。



「なにッ!」

 義姉が、庭に走って行きました。


 屋敷から、親子喧嘩を眺めます。


「ごめんね、あんなヤツから断られたら、ショックだよね」



    ◇



「奥様、例の夫人が、病で亡くなったと、連絡が入りました」


 屋敷に戻ると、従者から報告がありました。

 予想よりも、少し早いです。



「伯爵様を探している者たちからの連絡は?」


 伯爵家では、捜索隊として大掛かりな部隊を派遣したと、表向きには言っています。


 実際は、最小限の人員で、領地に入った夫人側の手の者を密かに監視するだけです。



「旦那様の愛馬が、領地の沢で見つかり、旦那様のご遺体が、沢の下流で見つかりました」


 従者が、無表情で報告します。


「わかりました、事故ですね。届出の手続きを、至急進めて下さい」


 私は、無表情で指示します。涙なんか出ません。



    ◇



 私は、義姉の屋敷に再度出向きました。


 養子にしたいと、ニート令息にお願いするためです。

 また、ガゼボを使います。今日は青空です。


「あんた、婿に行ったのに、娼館遊びに興じて、離婚されたんだって?」


「そんなあんたを、養子にして、伯爵にするって言ってんだよ、何が不満なの?」


 二人きりなので、私は学生時代の口調に戻り、あんた呼ばわりで、ニート令息を“説得”します。



「あんた、これまで何人の令嬢を泣かせてきたの?」


 私の問いに、ニート令息が人数を数えています。



「俺が、泣かせてしまったのは、アナスタシアだけだ」


「え、私だけ? まさか、知っていたの」


 意外な答えに、動揺してしまいました。

 学園時代の甘酸っぱい想いに、火が着きました。



「俺は若かったので、自分の想いを、行動に移せなかった。すまなかった」


 卒業を前に、彼は婿入り先を、私は嫁ぎ先を探していました。



 そんな状況なのに、教室のイスにかけてあった彼の上着に、私はそっと匿名の恋文を入れました。


 そして、まさか、私の机に入っていた、匿名の恋文は、彼が書いたものだったの?


 卒業式の日、政略結婚が決まった私は、卒業とは別の意味で、涙を流しました。



「伯爵の葬儀が終わったら、俺と結婚してくれないか」


 片膝もつかず、片手をポケットに入れたまま、斜に構えたままで、彼が言いました。


 この年で、求婚されるなんて。


 未亡人が再婚するには、夫が亡くなった日から100日を開ける必要があります。これは、いけます。



「はい、あんな夫の葬儀なんて、チャチャッと終わらせます」


「一応、俺の伯父なんだが」


「ごめん、娼館遊びを少しなら許すから、勘弁して」


 娼館遊びをしても、駆け落ちしない、そんな夫が、今の私は欲しいです。



「もう、遊ばねぇよ」




 ━━ FIN ━━





【後書き】

お読みいただきありがとうございました。

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