第28話 惑星ブルーバを発つ



 出発当日、アルクスのブリッジで予定を再確認する。


 惑星ブルーバから途中で最終の補給に立ち寄るステーションを含め、大凡おおよそ六日ほど掛かる日程でいる。



「それじゃ、出発しよう」


〔軌道上ステーションから出航許可が出ました。リフトシステムとの同期正常、エンジン始動、出力安定しました。段階的に出力を上げます。座席に座りシートベルトの着用を確認してください〕


「問題なし」


 アルクスのブリッジで、システム表示をモニターで確認しながら準備が整うのを待つ。


〔リフトシステム起動。カウントを始めます。G重力が掛かりますのでご注意ください。5...4...3...2...1、発進〕


 惑星から大気圏を抜けるのにほんの数分。この数分が嫌と言う人もいれば好きと言う人もいる。


〔――高度上昇中、――リフトシステムとの切り離しを確認、エンジンのブースト始動〕


 アルクスは元々が全長1.5m近くあった大型採掘輸送船で、取り外されていたアタッチメントやいくつもの追加機構を搭載しているので、今では2km近くまでその全長を伸ばしている。1.5kmもの船体を収納して置けるおじい様の別邸の地下格納庫にも、さすがに2kmほどともなれば格納は難しいらしい。難しいだけで、不可能とは言われていない辺りがすごいのだけど。


 ちなみにアルクスに格納されているフリーゲート艦たちは250m以上の大きさなのだけど、それが六機もっているのにまだ格納庫には余裕がある。そんな大きさのアルクスだが、リフトシステムを使用して宇宙に抜ける時間は短い。リフトシステムが便利なのもあるけど、アルクスに搭載されているエンジンの性能が優秀だからだろう。



〔大気圏を抜けます。ブースト解除、軌道上より離れ宇宙空間にて通常航行へ。船内の重力発生装置を起動、出力を段階的に上げていきます〕


 可変式のスラスターが稼働している。リフトシステムのサポートで問題なく大気圏を抜けられたようだ。二回目の体験だけどまだ慣れない感覚だ。船内の重力発生装置が起動して浮遊感が減少していく。


「システムチェック異常なし、姿勢制御安定、エネルギー循環値正常。これより、ホーロン星系、第三宇宙ステーションへ亜空間航行を実行」


〔座標設定中……。ワープドライブ起動、シーケンス始動オールグリーン。続いて亜空間フィールド展開完了、目標の座標固定しました〕


「ホーロン星系へワープ開始」


〔カウントスタート、……3...2...1、本艦は亜空間航行に入りました〕



 はあ、これで少し肩の力が抜ける。アルクスの亜空間航行で六日かかるわけだが、アルクスのワープシステムは最新のものにアップデートされているのでかなり速度が出る。アルクスのグレードより下の船なら早くても十日以上は時間を要するだろう。


「よし、何とか落ち着いたな。これで途中の補給が終われば、しばらくはワープゲートの宙域で待機することになるはずだ」


「キャプテン、そのことなんですけど。ワープゲート周辺の宙域がかなり賑わっているそうですよ」


「賑わってるって、利用者が増えてるってことだよね」


「はい、宇宙ステーションでの滞在率やドッキング・ベイ、ドックの使用率が上がり、大変混雑していると情報が出ています」


「あー、やっぱりそうなるよねぇ」


「それを見越して早めに移動したのと、ワープゲートの二つ手前の宙域に補給予定を入れたんですもの、ずばり予想的中です」


「ほんと、相談してスケジュール組んでて良かったよ」


「国を挙げての宙域開拓ですから、物資の供給やステーションの使用率上昇、いつもと違う流れになるのは予想されますからね」


「首都星系はまだ影響が出にくいけど、少し離れた宙域だと物流が盛んなんだってね」


「考えることはみんな同じという事か」


 時間的余裕が生まれたので雑談に興じる。コミュニケーションは大事だし、船内って閉鎖空間だからストレスが溜まらない様に会話で発散するのがベターなんだよ。情報共有の観点からも円滑なツールなわけだ。



「それに、物資の流れが盛んになるところに、水を差す連中も増えているみたいです」


宇賊うぞくかー。まだ対峙したことないけど、基本的に複数で襲ってくるらしいしね。軍学校なんかで知識としては対応マニュアルなんかがあったけど、実際に対峙したら思うようにいかないだろうって聞いたよ」


 宇賊というのは、宇宙で海賊行為をするならず者たちの総称である。彼らが扱う艦船のほとんどはシャトルやコルベット、フリーゲート級の船を改造してバトルシップとして用いてくることが多いようだ。


 大抵は複数の徒党を組んで襲い掛かってくる。狡猾で残忍なその行いから、輸送船や旅客船なんかは護衛を雇ったりして自衛することが多く、常日頃から商人達が頭を悩ませる原因なっている。


 輸送業を頼っている会社なんかは商品の仕入れから関税、護衛費用を念頭にどれだけ出費を抑えるかで価格を決めなければならないし、商品が無事に入荷できるかも不安なのだ。だからと言って護衛を雇うのにお金を掛け過ぎれば赤字になる。さじ加減の調整が必須になってくるので適当なことはできない。


 そこで大手なんかの企業は小型から中型の輸送船に依頼をだして、商品を小分けに運搬することでロストを抑えてリスク管理しているのが現状らしい。仲の良い友人がそんなことを漏らしていた。


「ワープゲート付近なら他の船も滞在してるだろうし、宇賊から襲われる危険もないだろう。変なトラブルを起こらなきゃ平和な時間が流れるだろうね」


「そうですね。それにワープゲートの付近には警備艇や、今回なら軍も警戒しているはずですから問題ないでしょう。意識しておくことと言えば、ワープゲートの開放後に順次ワープしますが、行先が同じでも飛んだ先で渋滞が起こり事故が発生することもあります。警備艇や軍の監視が整理をするでしょうけど、あらかじめ広く他の船との間隔かんかくを空けておきましょう」


「それが安全そうだ」



 エルベルが話してくれたように、ワープゲート付近は他の船も滞在する。だから、船が危険にさらされるようなことはまずない。だからと言って、船の自動操縦なんかに頼り切っていると事故を起こすことがある。


 どんな事故があるのか、と言えば。僕らが乗っているアルクスもそうだが、この世界で使われている艦船には基本的にオートメーション自動化機能が搭載されている。他にもAIが管理する自動操縦も性能はピンキリではあるのだが、搭載されている艦船は全般的に大きい。


 どれぐらいかって言うと、個人用のスペースシップや高速船のシャトルシップ、あれらだけでも全長10mから50mある。僕が最初にハワードさんのことろで組んでいたプレハブ型の宇宙船。あれだってシステムを諸々詰め込んだら50m以上は優にあるんだ。ちゃんと完成したらもっと大きくなったかもしれない。


 一般的に艦船が大きく設計されている理由は、オートメーション自動化機能が搭載されているから。もちろんそれだけではないのだけど、その理由は別の機会に話そう。



 話がそれたけど結論を先に言えば、船が混んでいる所でオートメーションに頼り切った操縦では衝突による事故が起きる。機能やAIが誤作動やミスをするなんてことがあるのかって? 設定するのは人だからね。もちろん、優秀なAIなら臨機応変にマージンの為の安全機能を使ってくれるけど。どの船にも臨機応変に対応できるAIが付いているわけじゃない。だから艦船の往来する宇宙ステーションやコロニー、ワープゲートなんかは特に気を使わなければならないのさ。


 バトルシップと言われる戦闘機は100mぐらいで、コルベットとなんかは100mから200mほどを指す指標になっている。そんな船の方が一般的に多く使われているんだけどね。システムによって衝突なんかが起きない様に、安全装置や姿勢制御機能なんかが機体に取り付けてあるのが普通だ。それでも、互いのシステム同士が干渉したり、人為的な設定ミスで事故が起こることはないわけではない。むしろ多いかもしれない。


 船体が大きければ大きいほど、その分小回りの利かなさは見て取れるものだ。技術が発達してオートメーション自動化機能は便利ではあるけど限定的だし、予測機動や自動移動での制御は経験データ操縦士の判断力量も必要になってくるわけだ。



「ここで気をもんでいてもしょうがない。僕はこれから食事を済ませてくる。その後は部屋で少し勉強しておくことにするよ」


「わかりました。ごゆっくり」


 エルベルに見送られブリッジを後にする。勉強って何をするのかって? 僕はまだ十五歳になったばかりだからね。一般教養は別として、普通に生活していたら今頃なら軍の学校で学んでた身なんだ。中退を余儀なくされアルバイトしながら友人のくれた教材を使って学習していたわけだ。今更必要かといわれると何とも言えないが、中途半端にしているのはなんだか気持ち悪いと感じていたからね。


 暇な時間をみて教材を消化して、気になる資格の勉強していくくらいはできると思った。単位とか気にせず暇を見つけて自分のペースで学んだおかげか、知識としては十分に僕の中では満たしている。


 それに知識と言うのは覚えたなら、実際に使う機会がなければ忘れてしまう。その機会と言うのはアルクスに乗っていて身近にあるものなんだと感じた。だからこそ、実践機会があるなら貪欲に学んでいこうと決めたんだ。


「もらった教材は、このペースでいくと半年掛からず消化できそうだ。チップとの擦り合わせもできているし、案外早く消化できるかも」


 軍の学校の教材は、主に何を先行して学びたいかで変わってくるし、資格や専門知識については申し出ればセミナーなんかも開かれているのでそこで学ぶことも可能だ。


 僕は在学習に必死に資格を取るようにしてたけど、それはお母様からの勧めでもあった。結局のところ、優先的に取ったのは整備士向けのものが中心で、宇宙船の操舵だって中途半端にしか取れていない。筆記試験は問題なく通過できたけど、実施試験についてはほとんど時間が取れなかったからだ。


「まさか、あんなに早く不安だったことが起こるとは思わなかったな」


 一瞬嫌なことを思い出してそれを振り払うように頭を振る。今は時間が取れる環境に感謝しながら、教材を消化することにするか。







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