第21話 ディースシリーズの母艦

 輸送船の艦長室まで戻ってきた。あらためて室内を見回す。


「あ、これかな?」


 何も入っていない引き出しをいくつか開き、小物入れの棚に目をやるとそれらしいものが並べてあった。


「ペンダントと、クロノグラフウォッチ」


 ペンダントはオーソドックスなオーバル型のものと違い長方形のものだ。チップが入ってるって話だったからこの形なんだろう。


「それと、腕時計型のデバイスだな」


 船乗りなら大抵は持ってるし、船乗りじゃなくても自分の都合に合わせたアプリケーションを活用できるので重宝されている。デフォルトでもアプリがいくつも入っていて、連絡手段やスケジュール管理、個人IDの認証にも用いられていている便利なデバイスだ。


「軍学校のデバイスは、返却しちゃったんだよね」


 軍を中退する際に返却返金で、お金に換えさせてもらった。学校の外で生活するのにどうしても費用が必要だったからね。


 おじい様から生活費を工面する申し出はされたが、現金ではなく教材の現物をお願いした。惑星ケッシュでは、短時間で実入りの良い倉庫管理や電子部品製造のアルバイトをしながら生活費を稼いでいた。一年と少しの期間だったけど、僕なりの意地だったんだと思う。実家に帰りたくない、頼りたくない、見つかりたくない一心で。


「さて、この二つを持って艦橋にいこうかね」


 AIがインストールされているとは聞いたけど、お母様が十年程前に入れたものだ。どの程度の性能かスペック表には記載がない。少しワクワクしながら通路を歩き、ほどなくして艦橋へ到着した。



「船長の座席に専用のメモリ読み込み機はっと。ひじ掛けのこれか? ペンダントを差し込めるようになってるんだな」


 ひじ掛けにそれらしいでっぱりがあって、そこにペンダントをセットしてみる。



 読み込みを開始したのか、席の前にあるモニターがプログラムを立ち上げているようだ。画面が映りクロノグラフウォッチの連動を開始するとあった。しばらく待つと連動が完了した通知と、クロノグラフウォッチを装着するように指示される。


「腕に付けて、ウォッチデバイスの画面の承認のボタンを選択? ほい」


 ウォッチデバイスが読み込みをはじめているようだ。



「ここまでやれば、しばらく待ってればいいのかな?」


〔はい。このまましばらくお待ちください〕


 え? っと驚いた。


「あ、君はこの船のAIなんだろうか?」


 驚いてつい、間抜けな質問を投げかけてしまった。誰もいるはずのない船内で、船を起動したら話しかけてくる存在。その存在を確認するために行動したのに、意図せず独り言をつぶやいたのに返事があり、びっくりしてしまったんだ。


〔はい。私はこの船。セイナによって設計、改良されたディースシリーズの母艦。DS-07のAI、アルクス。気軽にアルとお呼びください〕


 だけど、丁寧な自己紹介に僕は落ち着きを取り戻した。



「初めまして、アル。僕は、フォルア・ハイアータ。セイナ・ハイアータの息子だよ」


〔セイナの御子でしたか、大きくなられましたね〕


「僕の事を知ってるんだ?」


〔設計者のセイナから、過去にデータの共有をしてもらいました。なるほど、確かにあなたは、セイナに似ていますね。顔のパーツ、瞳の色や髪の色まで、あなたからセイナを感じます〕


「すごいね。そんなことまで分かるんだ」


 僕が驚いていると、船内にはいくつものセンサーがあり、アルが認識できるようになっているらしい。



「セイナは、――そうですか。亡くなってしまったと」


「うん。だから、代わりに僕が船に乗ることになったんだ」



 アルは生前の母についてまでしか情報がなく、亡くなって一年以上は経っていることを聞かせた。アルの中でどのような思いがあるのかまではわからないが、アルが母の事を、偉大な人物が亡くなったことは悲しいと言ってくれた。



「セントラルネットワークには繋がったかい?」


〔はい、問題ありません。正常に同期しました。アドラン帝国の公募について私が把握し、不足しそうなものをピックアップしていきましょう〕


「よろしくお願いするね」


 次に僕が船に乗ることになった経緯や、今後の目的である帝国の公募について話した。セントラルネットワークは主に帝国で使われている主体のオンラインネットワークのこと。情報の流れが速く、リアルタイムに情報が流れてくる。

 ちなみに、首都から離れた場所にもボーダーネットワークと言われる、オンラインネットワークが構築されているが情報伝達は劣る。


 また、アンダーネットワークというものも存在するが、基本的に利用するのはあまり推奨されない。昔に使われていたネットワークで誰も使わなくなった回線だが、一部の利用者が悪用するようになり、今では裏取引などの表に出ないような連絡や取引に利用されているという。



 さておき、アルの情報管理を利用するためにネットワークに繋がってもらった。それから、アルが船内の物資をチェックし、不足しているものがないか確認してもらう。追加可能なものか、そうでないかは、後でエドワードに確認してもらえばいい。


「そうだ。外に五機の戦闘艦があるんだけど、君がDS-07。つまり七番目の機体なわけだよね? 六番目の機体ってあるのかな?」


〔格納庫にDS-06がありますね。あの子は戦闘艦ではなく、採掘やサルベージが主な役割です。武装が積めないわけではありませんが、あまり前線で戦闘する機会はないものとし、現在は格納されたままになっています〕


「へぇ~、採掘もサルベージもできる船なんだ? ちなみに、他の艦にも君みたいにAIが入っているの?」


〔入っています。各艦のAIもセイナが選びました。起動には専用IDキーが必要です。場所を変えていないのであれば、各艦の艦長室に保管されているでしょう。あと、私は元々は大型の輸送船と採掘船のハイブリッドでした。現状では空母として改良されましたが、元の採掘船としての機能が失われたわけではありません。アタッチメントを搭載すれば、採掘も可能です〕


「そうなんだ、ありがとう。それはとても良い情報だ。宙域を調べてみないとわからないけど、採掘は資金稼ぎに良い手段だと思ってたんだ。各艦のことは後で合流するはずのパイロットになるアンドロイド達に伝えるよ。それと、アタッチメントについては、取り付けるタイミングを見定めるよ」


〔はい。わかりました。各艦も早く目覚めると、私もうれしいく思います〕


 すごいな。AIのアルゴリズムはわかんないけど、アンドロイドと同じく独自の感情みたいなものがあるんだ。ほんとにすごい個性だと思う。


 アルと話している途中で、船の起動からデバイスウォッチとの同期まで既に終わっていたようだ。


「さて、システムチェックやアップデートがあるだろうから、コルビス達が帰ってくるのは先になるだろうけど。ドガーさんに依頼と連絡だけ入れとこう。何かしら予定があるかもしれないからね」 






 ☆




「ああ、ドガーだよ。お久しぶり」


 数日前、フォルア君から連絡が来た。


 なんでも大型輸送船のライセンスが必要なため、アンドロイド達に指導プログラムを導入してほしいという事だった。それに、アンドロイド達が乗る予定のフリーゲート艦のスペックを共有してもらい、船の個性で必要なものもお願いされた。


 ここまでくるともう、戦闘艦の操縦はチップのグレードを上げてやらないとまずいだろう。船の性能を出せずに落とされました、なんてことにはさせたくない。チップの手配や新顔のアンドロイド達のアップデートも依頼しないと。ああ、忙しい。


「資料データは送ったでしょ? それに関するチップセットの手配と、新顔の子たちのアップデートを追加してほしい。急で悪いんだけど、宇宙での長期活動で必要なんだよ。そう、船のスペックにあの子たちがついていけるように」


 通話先の相手は、マジかよ、今から? みたいに反応していたが、ハイアータ伯爵の名前を出すと、やるしかないんだなと諦め半分、資金提供で歓喜半分といった感じだ。普段から緊張感がないわけではないが、まともな貴族が直接の相手にとなると、その緊張は何倍にも膨れ上がる。その分やりがいもあるわけだけどね。


「公募の期間が残り四カ月ほど。依頼人のとこにあの子たちを向かわせて、操縦能力を調整させる時間も必要。だから遅くても三カ月以内には、全員の能力アップが必要なのさ」


 できる限り調整しておく必要があるのは、遠く離れた場所でちゃんと活動ができることが当たり前として、こちらにいつ帰ってくることができるかわからない点も考慮してだ。通話相手は、なら急ぐわ、と通話を切った。




 フォルア君の所有する船に、アンドロイド用の調整施設が完備されていることは都合がよかった。何かあればパーツの交換や整備、アップデートもできるそうだ。なんでそんなもの積んでるの? と、驚くほどの専用ユニットまであるらしい。


 フォルア君のお母様が用意したものらしい。十年以上前の設備だとしても、下手な業者が裸足で逃げ出すほどの有用性がある。


「データさえ渡せば、ここじゃなくてもアップグレードできてしまう程の設備の用意って。ご存命なら、是非お会いしたかったわ」


 フォルア君は、お母様が何を相手にするつもりだったのか不明なスペックの船を設計したみたいだって言ってたけど、戦力なんて高ければ高いほど良いと思う。生存率に直結するものなんだし。


 私は期限までに、出来うる手段を考えてあの子たちを見送る。帰ってきたときに、吉報を報告させるため。あの子たちが幸せであるために。


 決意を新たに、私はまた私にできることを考える。目が飛び出るほどの金額が振り込まれていた口座。それだけ伯爵はフォルア君を大事にしている。何も知らず、コルビス達を宛がったのは私だ。あの子たちがフォルア君を支えられるように伯爵は望まれた。その期待に応えるのが私の仕事だ。


「手塩にかけたうちの子が、役立たずなんてことはあっちゃならない。フォルア君に恥かかせたとか、見劣りさせたなんて、周りに絶対に言わせないからね」














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