第20話 お母様が使うはずだった部屋


 大型輸送船の貨物室に回ってきた。そして、歩いている最中に重大なことに気づいた。


「というか大型輸送船って……、僕のライセンスだと運用できないんだけど?」


 僕が持っているのは、中型の輸送船までだ。ライセンスを取るのには手続きだけじゃなく、既定の航行時間をクリアしなきゃならない。おーい! どうすれば……。とりあえず、エドワードに連絡しておくか。



『どうかされましたか、坊ちゃま』


「エドワード、お母様の大型輸送船なんだけど。僕は中型輸送船までしかライセンスを持ってなかったのをすっかり忘れてたんだよ。既定の航行時間もクリアもしてないし、どうしたものかと困ってるんだ」


『おお、そうでしたな。確かに、坊ちゃまのライセンスは中型輸送船まで。それに、ライセンスの取得後もその類の船に乗っていませんからな。宇宙空間での船の操縦自体がご無沙汰な状態かと』


 その通りなのだ。軍学校に通っていた頃は、基本的にカリキュラムは自分の進みたい方向で単位や資格を取得するスタイルなので、フライトシミュレーターなどの施設が使えた。主に整備士資格を取っていた時期の僕に、友人が中型の輸送機ライセンスを進めてくれたんだ。


 輸送船などの基本的に武装がない船の資格は、条件を満たしていけば結構簡単に取得できると教えてもらった。資材の運搬やライセンスなんて、いつ必要になるかわからないからってね。それ以降、とれる習得可能なものは時間が許す限り挑戦したよ。


「あー、どうしたらいいんだろ。今回は輸送船なしで出向くしかないのかな?」


『いえいえ、そんなことはありませんぞ。手段はありますので、そんなに慌てなくても問題ございません』


「そ、そうなの? それで、手段っていうのは?」


『そうですな。いくつかありますので、坊ちゃまに選んでいただきましょう』


「え、いくつも手段があるんだ?」



 とりあえず落ち着いて手段について尋ねると、エドワードはこともなげに手段があると言ってくる。


『はい。まず一つ目ですが、公募期間が少し伸びたのはご存じですかな?』


「うん。さすがにチェックしてるよ。応募者が多すぎてワープゲートの混雑が予想されるって。どうするかは知らないけど整理するって話でしょ?」


『はい。その伸びた期間に航行時間の消化をすること。それで条件をクリアする。それが一つ目ですな』


「伸びたって言っても二カ月ほどでしょ? そんな期間でフライト時間足りるんだろうか?」


『専門の養成施設に行けば問題はありません。坊ちゃまのライセンスや資格ランクがあれば、多少のカリキュラムをこなし、試験をクリアすればいいだけですので』


「なるほど、そうなんだ? ちなみに他の手段は?」


『船に、宇宙航行に適したAIのインストールする。さらに言えば、教育人員かアンドロイドを船に乗船させる。その間に技術を学び、航行プログラムを消化すること』


「おー、現実的だ。他にもある?」


『もう一つは、伯爵家の名を出し、少々の金銭出せばライセンス資格は発行されるでしょう。金銭による時間の短縮ですな』


「却下! わかってるだろ、僕がそういうの嫌いだって。何のために家を出て技術を磨いてきたのか――」


『もちろん、わかっておりますとも。ただ、そういう手段があるという事だけは知って頂きたいのです。宇宙では何が起こるかわかりません。宇宙開拓は競争であり、いさかいの種はそこら中にあります』


「言いたいことはわかる。伯爵家として威厳を利用して、そういった喧嘩をいさめろってことでしょ?」


『ええ、その通りです。坊ちゃまは、その辺の貴族の子供と違い、貴族の威厳の意味を心得ていらっしゃるはず。むやみやたらと威張り散らすでもなく、爵位を笠に着るでもない。ですが、いざという時は、意を示す』


「正しい貴族としての在り方。お母様にも言われていたし、ちゃんと言いつけ通りに学んできたよ」


『さすがでございます。正しい認識をお持ちでしたら、私からは何も申しません』


 しかし、とエドワードは続け、思い出したように眉をひそめる。


『未だに、フォーサイス男爵家に身を寄せていたセイナ様の事を思うと、悔しくて仕方がありません』


「どうして、お母様がフォーサイス男爵家にいたのか。理由は僕もわかっているし、どうしようもなかったこともわかってる。実父じっぷがどういう人間なのかもね。今どうしているかもわからないし、知りたくもない。ただ、こっちの邪魔さえしてこなければいいさ」


『以前にも申しましたが、親権についての手続きは終わっております。旦那様が男爵家に気づかれぬように手早く済ませましたからな。坊ちゃまは男爵家の三男ではなくハイアータ伯爵様の孫、伯爵家の跡取りという立場なのです。

 男爵家は慌てているでしょうな。ですが、今頃セイナ様の身の上がどうであったか気づいて、あの男が坊ちゃまを戻ってこさせようとしても――』


「もう遅いさ。それに、あの人には色んな意味でも近づきたくない。あの家にもお母様との思い出はあるけど未練はないよ」


 言葉を引き継ぐように告げた。お母様との生活だけが、あの家にある唯一の楽しい思い出だ。


『さようですな。しかし、ここ数年の間に、坊ちゃまの捜索をしていた痕跡がございます。気に留めておくようにお願いいたします』


「わかったよ、ありがとう。何かあれば頼らせてもらうかもしれない。その時はお願いするよ」


『はい。その時は、必ずやお役に立って見せます』


 お母様の事は今でも引きずっているのだろう、エドワードの意気込みがうかがえた。お母様のことは後々語ることもあるだろうけど、今集中するのはそこじゃない。


「少し話がそれた。僕は二つ目の選択肢をとるよ。準備や下調べにも時間がかかるし、二カ月延長されたから、残り四カ月ほど期間がある。コルビス達は頼りになるし、今から養成施設っていうのもね。どうせ予約で埋まってそうだ」


「そうそう、予約枠のこともありますな。それに操船するための技術や知識は必要ですが、今の時代任せられる者に任せるのもセオリーと言えます。知識は蓄えておいででしょうから、時間をかけて技術を学ばれるのもよろしいでしょう」


「アンドロイドで思い出したんだけど、船内にアンドロイド用の検査ユニットやメンテナンスユニットがあったんだ。お母様は元々アンドロイドの搭乗を予定していたのかな?」


「はい、確かにございましたな。私の記憶では、船にシステムAIとアンドロイドやドロイドを乗せる予定だったかと。セイナ様は当時の技術で、これというアンドロイドが見つからなかったので保留するとおっしゃっていました。

 ですが、AIに関しては、既にインストールされていました。今は完全に船の機能を停止しておりましたから、AIも眠ったままだと思います」


 そうか、船を倉庫に入れたまま、およそ十年以上保管されていたんだから当然か。


「起動するには何か必要なものはある?」


「セイナ様からクロノグラフウォッチとペンダントをお預かりしております。場所は船内の艦長室、セイナ様が使う予定だった部屋の収納スペースに保管されています。

 ペンダント内には、はめ込みされたチップがあり、艦橋で船長席に専用のメモリ読み込み機がございます。まず、そこにチップをセットしてみてください。クロノグラフウォッチと連動し起動することでしょう」


 なるほど、お母様が使うはずだった部屋にそんなものが。


「ありがとう、やってみるよ」


 通信を切って輸送船を見上げる。貨物室から見える船内は静けさがあり、マニュアルに従い手動でつけた照明に照らされ、とにかく広い船内は今か今かとその起動を待ちわびているように感じた。

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