第16話 よくやり遂げました

 お世話になった施設や個人に挨拶を言って回り、その翌日にラスアンクから少し離れた発着場のあるエアポートに来ていた。エドワードが手配してくれている便、というかどう見ても個人用のスペースシップなんだが。


「当たり前です。旦那様が時間が取れないのはお分かりでしょう。それに、軍の総司令長官が手っ取り早く人を呼ぶのに、個人所有の宇宙船くらいすぐに手配できます」


「そうだった。おじい様は話せばわかってくれるけど、少しばかりせっかちなところがあるんだった」


「立場上、と申しました」


「わかってるよ。それじゃ、荷物は預けたし乗り込むか」



 ☆



 あっという間に帝都の一つ手前まで来た。おじい様は帝都の惑星ではなく、帝都に近い別邸に滞在しているらしい。


「わかっていたことだけど、ワープ航行までの時間が短いね。起動や振動もさることながら、飛距離もさすがというしかない」


「軍関係者のスペースシップは、各々特性はあってもこの程度の移動には苦労しません。尉官クラスまでなると性能は下がるでしょうが、軍の幹部クラスなら誤差でしょう」


「そうか。個人用のスペースシップは、やっぱり何かあったときにはほしいもんね」


「そうですな。旅客船なども使われますが、トラブルがあれば足を止めねばなりません。船の大きさやエンジンも一般的なものですし、移動時間もかかります」


「個人資産として、一般人が小型船を除き所有する登録していい船は一個人で六隻まで。商業者は十隻までだけど、資産の保有量で増加可能。軍関係者は八隻、尉官以上は十四隻。少将以上は四十隻以内だったか」


「制限はありますが、資産の保有値が高ければ多少の増減はあります。制限がなぜあるのかは――」


「個人保有の軍事力をあまり持たせないため、だっけ」


「さようですな。傭兵家業のようなギルド所属のクランなどは、制限に対して徒党を組めば制限などあってないようなもの。そのように考えているでしょう。それに、一般用と軍事用の船のグレードや武装の制限もありますからな。宇宙海賊に対して手も足も出ないなんてお粗末なルールはなくした方がよいと、声を大にしている者もいます」


「それで事件が昔起こったことがあるんだけどな」


「惑星キンスースで起きたクーデターですな。帝国軍が出張るようなことになり、ルールができたのですが。抜け道もやはりありますから」


「軍の武器を横流ししてる奴や、昔の軍艦を改造する奴。戦争の終わりに、損傷した戦艦を強奪する奴もいたとかね」


 何事も、未然に事を防ぐためのルールというのは、何かが起きた後に作られることが常です。そう言ったエドワードの言葉は偉く深い根があるように思えた。



 ☆



「なぁー、Aの三Pのカタログみたかよ?」


「見ましたよ。グローブ型やガントレット型、他にプロテクター型の外装もいいですね。動きに支障がないのがいい」


「戦闘面としても良いけど、とっさのデバイス交換も魅力やね」


「狭い場所での運用ができる強みはメリットがある」


「他にも、ENの供給用にもなるんですね。変換率が上がれば緊急用のENパックにもなるのはいいですわ」


 後ろの席から聞こえてくるアンドロイド達の姦しい会話。帝国のグローバルリンクで武装のカタログを見ているようだ。


「値段はぶっ飛んで高いけどな!」


「そりゃねぇ。帝都で売り出している一級品なんだ。今のうちらがおいそれと手にできるわけもねえさ」


 やれやれ、といった風に首を振るカラトロス。確かにそうなんだけどね。食うに困らなくなるための算段は宇宙船の衝突で尽きてしまった。あとはおじい様が何を言い出すかだが。



 ☆



「帝都近辺にある惑星のエアポートなんて、ずいぶん久しぶりだな」


「そうだろうな。三年は越えたか?」


「お、おじい様!?」


 到着したのは、惑星ブルーバにあるエアポートの発着場。手配された宇宙船から降りると、おじい様が乗ってきたと車から窓を開けて声をかけてきた。軍人らしく紺色の軍の制服での登場。階級章や、勲章くんしょう褒章ほうしょうが肩と胸に並んでいる。



「以前見た時よりも大きくなったなった、と思うぞ」


「百六十cmはあるんですよ!」


「懐かしい返しがきよったわ。とりあえず、迎えに来てやった。車に乗れ、行くところもあるからな」


「え、はあ。わかりました。五人共、行くよ」


「「はーい」」


 そう言って縦に長い大型の車に乗り込む。エドワードは既に助手席へ移動していた。


 最近は、速度が出るという触れ込みで推進器を搭載した乗り物が流行っているが、おじい様は安全志向なのだろう。タイヤがちゃんとついている車だ。それに、立場上襲撃なんてされることも考えてなんじゃないかな?


 最悪、ターミナルや自宅、軍本部に逃げ込むように、飛行ユニットも完備されてそうだ。


「さて、移動しながらだが先に言っておくことがある」


「……はい。覚悟はできています」


「――おいおい。何を深刻な顔をしとるんだ」


「おじい様は、僕が軍に入ることがお望みでしょうか?」



 わずかな間があった。車内は静まり、アンドロイド達も何も話さんくなった。


「ふーむ。お前はそうしたいのか? 軍学校をやり直し、尉官を目指す道もあるが」


「あ、いえ。僕はエンジニアの道に進みたかったのですが、おじい様が行けと言われるなら……」


「何やら勘違いしているようだが、お前を呼び出したのは違う要件だ」


「え、そうなんですか?」


「今向かっているのは、わしの保有する宇宙船の倉庫だ。そこでお前に見せたいものがある」


「宇宙船の倉庫?」


「相変わらず、こういうところは察しが悪いな。あいつにそっくりだ。惑星ケッシュでのことは聞いておる。街に被害が出ないように、自船を衝突させたそうだな」


「はい。みんなで考えて繰り返し組み直した設計図を基に仕上げた、大事な、大切な船でした。戦術的には仕方ないこととはいえ、僕は取り返しがつかないことをしました」


「悔いているのか?」


「もっと他に考えが浮かばなかったことに。やってしまったことについては後悔していません。あの時とれる最善だったと思います」


「ふむ。出来ることはやったが、結果的なデメリットはでかかったということだな」


「そうです。起動核があってもそれを載せる船がない。お粗末なことだと思います」


 車の音だけが空間に響くきがした。けど――。


「そんなことねぇ!」


「違うで!」


「結果、船を失っても、貴方は立派だと思います!」


「あれのどこがお粗末なものですか!」


「キャプテン。貴方は死人を出さない為に囮になって、相手の注意を引いていたわずかの間、企業側は確かに攻撃の手を止めたんです」


「よくやり遂げました。あの時の状況判断に間違いはない。キャプテン的には満足できなくても、味方は全員よくやった! 誰もがキャプテンはやり遂げたと認めています」


 席の合間からそれぞれアンドロイド達の声が投げかけられた。


「……」


「だ、そうだぞ。仲間が認めて、お前自身が認めんでどうするんだ」



 僕は胸が熱くなり、その場で泣いてしまった。



 ☆



 わしはビキン・ハイアータ伯爵。先ほど久々に会った孫が、今は目の前でその孫が泣いておる。船を失ったのは、さぞ悔しかったのだろう。孫の涙を見るのは、娘が亡くなって慌てて呼び戻した時以来か。


 雰囲気はたくましくなっているが、やはりもろい部分もある。成長期としては良い経験をしているのだろう。周りの環境も良かったのだとわかる。


 孫の言い分に、わしが励ましてやるつもりだったが、先に役をとられてしもうた。だが、悪い気はせん。わしが近くにいない間も、誰かがこ奴を支えてくれておる。ありがたいことだ。しかし、祖父としては譲れないものもあるのだ。



 良いタイミングで車が停車した。目的地に着いたようだ。


「フォルア、外に出る前に顔を拭きなさい。ここに用具が入っておる。わしは先に降りて待っておくとしよう。落ち着いたらわしのいるところまで来るようにな」




 ☆



 おじい様が車から降りられた。


 少しして、涙をぬぐい、鼻から一呼吸吸い込む。そして深く一息はいた後、大分気持ちが和らいだのがわかった。


「恥ずかしいところを見せた。でも大丈夫だよ」


「ほれ、冷却用のスプレー缶だ。目元に当てるだけで少しはましになるぞ」


「キャプテン、顔がぐちゃぐちゃや。タオルで軽く拭きなはれ。そんで、もう少し落ち着いてから出よか」


「うん。ありがとう」



 五分ほどの時間をかけて、何とか目元のはれぼったさも引いた感じがする。


「出ようか。あまりお待たせするのも悪いからさ」


「そうですね」


「行きましょう」













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