第4話 適当な下っ端

 休みをもらって戻る先は実家ではない。ドガーさんに紹介してもらった格安のビジネスホテルだ。格安なくせにサービスが良くて助かる。そんな僕が今、ホテルのラウンジでくつろいでいる。



「坊ちゃま、お久しぶりでございます」


 少し落ち着いた老紳士のような雰囲気をまとう初老の風貌の相手が、僕の座る席の背中越しに話しかけてくる。


「僕も十五だよ。坊ちゃまはそろそろ卒業させてほしいんだけどな」


「何おっしゃいます。我々が奥様亡き後もどれだけ手をこまねいていたか」


「苦労を掛けたのは謝る。だけど、僕は逃げないって決めたんだ。誰かが後ろ指指してくるような状態であっても。母との約束は遂げるつもりだ」


「ご立派です。では、納品書は机に。現物は来週の午後に廃棄物センター手前に大型車を手配しておきます」


「すまないね、特段得にもならない作業をさせて」


「ご党首様は、特段そんなことを気にされる方ではありませんよ。孫である貴方が頼みごとをするのを楽しみにしているくらいです。何分自分で大抵のことはやってのけてしまうことさえも誇らしげにしておられますよ。もちろん我ら一族に連なるものも」



「孫というのはそんなに可愛げがあるかな?」


「孫というよりも、貴方という存在そのものが鷹が爪を隠すように、能力あるものだからこそです」


「そういうものか……」


「では、わたくしめはこの辺で」


「助かった。おじいさまによろしく伝えてください」







 先ほどから誰かに後をつけられている。気のせいではない。安全な場所はこの近くだと人気の多い通り道ぐらいしか頭に浮かばない。しかし、そこまで行くには回り道が多い。こんな時に限って人通りも少ないとは。


 追手の気配が確実に迫っている。先ほどの書類がどこかの企業に察知されたか? くっ、行き止まりに入ってしまった。


「追い詰めましたよ」


 女性の声だ!


「僕に何か用かな?」


「君でしょ? 廃棄船に最近組み込まれた起動エンジン。出所までは知らないけど、受領者は特定できた」


「人違いでは?」


「しらを切ろうっていい度胸してるね。殺しはしないが痛い目を見てもらおうか」


 にじり寄る相手に後ずさりする。


「動きが素人丸見えだ! っ!!」


 隠し持っていた煙幕を転がし、適当に拾っていた石ころを辺りに投げ捨て走り抜ける。足音を分散させる程度の思い浮かんだ小細工だが効果はあったようだ。何とか人通りに抜ける道に入ろうとしたとき、危機感が身を投げろと告げ、それに従う。


「よう、鬼ごっこはおしまいだ。書類さえわたしてくれりゃ痛い目見なくて済むんだぜ」


 最初のころは多少言葉遣いが柔らかかったのに、今では獲物を狙う狩人のような感じだ。


「いてて。わ、わかった。鞄を置く」


「いや、こっちに投げな! 早くしろ!」


「くそっ!」


 僕は投げやりに鞄を勢いよく遠くに投げ飛ばした。


「あらよっと。その程度じゃ私の範囲は抜けられ――っ!!」


 さらに鞄に煙幕を時間差で発動させた。目的の歩道までもうすぐだ。


「あたしをこれだけコケにした素人はお前が初めてだよ! 痛い目見させなきゃ寝覚めが悪いってもんだ! うらっ!!」


 相手の反応は早かった。近場にあった柱を足場に、彼女が刃物を持って飛んでくるのが見えた! 短刀のようなものが僕にせまってくる。



「そこまでだ!」


 ギィィンン!!!

 襲撃者の刃物とシールドの擦り合うけたたましい音が耳をつんざく。


「キャプテン一人でよく頑張った。あとは任せろ! だが、ドロイドの一人もつけないのは不用心すぎる。あとで説教な!」


「カラトロス!!」


「キャプテン、無事ですか? 遅くなりました」


「コルビスも!!」


 二人が来てくれたことに安堵が漏れる。だが、まだまだ息をつく暇はなさそうだ。


「コルビス、キャプテンを連れて逃げろ。近くにあいつらも来ている」


「承知。キャプテン走れますか? ここから離れますよ」


「いや、その必要もなさそうだよ」


「え?」


「これは、くそっ! ドロイドまで用意してやがったか!」



 多勢に無勢なんて言っていられない。ドロイドが走ってくる音が聞こえてくる。それにつれて相手の焦りが見え始めた。


「彼女を拘束してくれ。聞きたいことが山ほどある!」


「任せろ! おら、キャプテンオリジナルのリストレイントAGアグリゲーションだ!!」


「やらせるかよ。なっ! 卑怯者! なんだこれっ、用意良すぎだろ! くっそおおおおお――!!!」


 相手の動きが止まり意識を失ったように脱力して倒れた。今回は何とか切り抜けたが、この後のこともある。ほかにも動いている組織があるか、相手に仲間がいる可能性も考慮しつつドロイドを十人集合させた。


「ここからならドガーさんのところにお邪魔するしかないか」


「オーナーなら何とかしてくれると思います」


 よしこの場からさっさとずらかろう。


「コルビス、ドガーさんに今から行く旨を連絡してくれ。カラトロスは先頭を頼む」


「了解しました」


「そういうことなら任せな!」







「それで、うちがい近かったから連れてきたと」


「すみません厄介事に巻き込んでしまって」


「まったくね。だがまあ、捕えて連れてきたのは上出来だわ。私のテクで色々・・はかせてやるから」


「お手柔らかにお願いします。相手は殺意がなかったようなので、大方どこかの起業家か、低い爵位の貴族の雇い主がいるものだと思っています」



「つまり適当な下っ端だと。まぁ、おやさしいこと。三日程預かって何か聞き出しておくから、一人で行動しないこと。約束しなさい」


「イエスマム」


「キャプテン、今度からは我々や最低でもドロイドを随伴し付近に付けてください」


「あ、ああ。そのつもりだ。もうあんなことはこりごりだからね」


 船のパーツは争奪戦だ。それがこんなに早く、しかもあんな横取りで強引なやり方を仕掛けてくるなんて。やり方もそうだが動くのが思っていたより早い。

 休息期間が崩れたがあと一日はのんびりと体調調整しよう。他の応募者よりもだいぶん遅れてスタートするんだ、本腰入れて宇宙船の制作にかかろう。







 次の日はゆっくりと体を柔軟させてから適度な速度で早朝ランニングを始めた。

付き添いはカラトロスとドロイドが二人。装着しているバイザーで安全なルートを走破する。


「キャプテン、見た目と違って体力あるじゃん。もっと早くばてると思ってたよ」


「見た目は余計だよこれでも160cmはあるんだぞ?」


 つかの間の休憩を挟み、水分を補給してまた走り出す。僕はお金がないから一般的なインプラントデバイスさえ入れていない。退学前に軍事学校から配られる中級の総合型プロセスチップのみ。それだけでも重宝している。



 ここで一つ豆知識と行こうか。

 アンドロイド達が言っていた得意分野の提示。これは彼女たちに付属されている機能の方向性を示している。例えば、プロセスチップだ。これは主に頭部に内蔵されたスロットに自分の得意とする面。戦闘だったりメンテナンスだったり、あるいは救護だったりである。その知識をインプットされたマイクロチップのことだ。


 さらにもう一つインプラント。これは基本的には身体のどこかにスロットが用意されていて通常作業用共通インプラントなどの、誰でも行うが知識がないと行えない行動プロセスが組み込まれている。下位から一般、中級、上級、特急、特殊と、様々な等級が存在するが、アンドロイド本体の性能がかみ合わなければ、プロセスチップも技能インプラントも性能を不十分にしか引き出せない。


 アンドロイドの特性やスロット個数は、おのずとそのアンドロイドの持つ特性や指向性、等級や使われるコア、頭脳により個性が出る。人間相手だと遺伝子や許容する脳神経の範疇はんちゅうがスロットと置き換えるとわかりやすいかな?


 おまけに言えば、セクサノイド性処理型の戦闘型だって存在するし、アンドロイドにセクサノイドの機能を持たせようと思えばできる。



 まあ、少し面倒だがアンドロイド、セクサノイド、ガイノイド一般的に女性型の総称、ドロイド。他にも種族や種類はあるのだけれどこの辺でいったん区切ることにしよう。




「はっ、はっ、ふー」


「よーし、ノルマは達成したし、クールダウンしながらホテルまで戻ろうか」


「はっはっ、ふいー。は~そうだねぇ。朝食も出れる時間みたいだし、しっかり食べて予定の確認でもするか」


「ああ、そのあとは射撃訓練だな」


「うん。それが終わったらゆっくり休もうか」


「私は武装のカタログでもあさろうかね」


「カタログか。興味あるな」


「なら休憩のときは一緒に見ような!」


「ああ、どういうのがあるか教えてくれると助かるよ」


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