師匠

 

 灯りの無い夜道を走る馬車の中では、まさに真っ暗な話がされていた。


「二人はアルカディアという組織を壊滅させる為に旅をしていると言っていた。故に、再会するのに時間はかからなかった。儂らもアルカディアについて調べ始めたからな」

「......」


 ねぇ、シキ、僕の前は母さんの中に居たんだね。

 アルカディアって何?

 どうして教えてくれなかったの?


『言う必要が無かったからだ。ニノの代でアルカディアは壊滅させた。それに、それがニノの頼みだったからだ。カルマには戦いの旅などさせず、平和に暮らして欲しいと』


 それはずるいよ。

 そんなの言われたら、何も言い返せないじゃん。


『.....』


 僕が母さんの事を知りたがってたの分かってたんでしょ?

 父さんに聞いても教えてくれなかったし。

 全てを失って、聞く人がいないと思って、諦めていたけど....。

 もしかして、僕が原因で母さんは死んだの?


『それは違うぞ。あいつが死んだのは流行病のせいだ。誰も教えようとしなかったのは、お前を戦いから遠ざける為だ』


 僕は生まれて直ぐに死んだ母さんの事を知りたかった。

 母さんはどんな人で何をしていたのか。

 物心着いた頃から抱いていた疑問が、今日解けた。


 そっか。

 母さんは元気で明るくて、人の悲しみを吹き飛ばすような人だったんだ。


「ーーーぉい。おい、ガキっ。聞いているのか!?」


 気付くと、ゴートさんが僕の目を真剣な眼差しで見ていた。


「...すみません、少し考え事を」

「まぁいい、もう一度言うぞ。今日からお前は儂が面倒を見る」

「.......はい?」


 唖然としている僕に構わず、ゴートさんは続けた。


「あれ以来、ギルとニノの事は気にかけていた。言わば、娘のようなものじゃ。つまり、お前は儂らの孫だ。面倒を見るのは当然じゃろうて」

「いやいやいやいやっ!だとすれば今のままでも良いのではないですか....?」

「ならん!指輪だけでは恩を返しきれていないと思っていたのじゃ。お前を育てて、恩返しとしよう。それに、儂の屋敷ならお主が力を使おうが誰にもバレることはないぞ?」

「....っ!」

「それに、技を試すなら儂が相手をしてやろう。老いたがまだ、貴様に負ける程、衰えておらぬ」


 確かに、僕は竜力を使っても誰にもバレない場所を探そうとしていた。

 でも、ゴートさんに世話になるということは、ノルテへ引っ越さ無ければならない。

 すると、アリアやマリンと会えなくなってしまうのでは無いだろうか。

 それに、恩返しというなら、僕もオルトさんに恩返しをしなければならない。


「なに、心配することは無い。儂が面倒を見るのは、15歳までの話じな。貴族は15になると王都の学院に入学しなければならないからな。何れ、ここへは戻すつもりじゃ」


 僕の不安が顔に出ていたのだろうか、ゴートさんが付け加える。


 後から戻って来れるなら、いいかもしれない。

 北方都市ノルテから王都メディオまでは丸一日で着く距離だ。

 アリア達に会おうと思えば会える。

 それに、実際に竜力が使えるというのが大きい。

 15歳になるまで、ミッチリと特訓したい。

 また大切な人を失わない為にも。


「....分かりました、お世話になります。えーと....お爺様、お祖母様」

「ふん、言いにくければ、儂の事は師匠とでも呼べ」

「私の事は、ママでも良いですよ?」

「ふんっ、そんな歳でもなかろうて」

「何か言ったかしら?」

「「......」」


 ゴートさん、もとい師匠のせいで、気まずい空気のまま屋敷に向かうのであった。

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