閑話

マリンの披露宴

 

 あれから、3ヶ月が過ぎた。

 夏は終わり、朝と夜が冷え込むようになった季節に、マリンの披露宴が行われることになった。


「ーーー失礼致します。.....カルマ様、朝でございます」

「んっ、んん〜。ふわぁぁ。おはよう、リナ」

「おはようございます。昨夜もまた夜遅くまで遊んでいらしたんですね」


 また、と言われても仕方がない。

 この3ヶ月間、ほぼ毎日遊ばされている。

 僕の両隣で寝ている少女たちによって。


「アリア、マリン、朝だよ。起きて」

「うぅ〜ん、もうちょっとぉ....」

「お兄ちゃ〜ん、むにゃむにゃ....」


 これは、起きそうにないな....。


「....とりあえず、着替えよっか」

「....はい」


 着替えている最中も何度か声をかけてみたが、起きる気配はなかった。

 流石に、着替え終わった頃には起きてもらわないとな。


「ほら、今日はマリンの披露宴だよっ」

「ーーーあっ、そうじゃんっ!!私、準備してくる〜」


 先に起きたのはアリアだった。

 飛び起きた勢いそのままに、自室へと行ってしまった。


「ほら、マリンも。今日は大事な披露宴だよ?」

「うぅ〜ん、披露宴ん?」

「披露宴って言うのは、お城に行って、パーティをするんだ」

「お城っ!!行きたいっ!!!お兄ちゃんも行くんだよねっ?!」

「うんっ」


 そう、今回は僕も参加する。

 きっと、ゴートさんに隠す必要がなくなったからだろう。


「早く行こっ、行こっ!!」

「まずは、準備しないとね」


 マリンの部屋は僕の隣になっていた。

 マリンの強い要望もあったが、唯一空いていた部屋がそこだったからだ。

 僕はマリンが着替えている間、部屋の外でリナと待っていた。


「おはようございます、カルマ様」

「おはよう、グリード」


 この3か月で大きく変わった事は、僕に第2の専属執事が着いたことだ。

 最初は嫌がっていたリナも、最近では渋々だが認めている。

 基本的に、僕が乗る馬車の馭者ぎょしゃや警護、竜力の特訓の相手をしてもらっている。

 身の回りの世話は引き続きリナの担当だ。


「お兄ちゃん、見て見てっ!」


 目の前の扉が開き、可愛いドレス姿のマリンが出てきた。


「凄く可愛いよっ!似合ってる!!」

「えへへ、ありがとう!」


 上機嫌なマリンを連れて、玄関へと向かった。

 途中で、同じくドレスに着替えたアリアと合流した。

 アリアのドレスもとても可愛く、似合っていた。


 外では既に、オルトさん、マナさん、ルドーが待っており、順番に馬車に乗っていった。

 今回は人数が多いため、馬車は2台だ。

 先頭を走る僕たちの馬車はルドーが馭者を務め、後ろの馬車はグリードが務めた。

 馬車の中では家族5人で他愛もない話で盛り上がり、王城にはあっという間に辿り着いた。


「わぁ...大きい....っ!!」


 マリンは初めて見る王城に興奮を隠しきれない様子だった。

 まるで2年前の僕を見ているようだ。


 王城に着いた僕たちは、まず、レンバート王の居る謁見の間に通された。

 玉座の前まで行くと、マリンを真ん中に5人が横並びとなって膝を着いた。

 前回と違うのは、レンバート王の隣に以前見かけた王妃と成人しているであろう男、それに、フリーシア王女が座っていた。


 そういえば、前にフリーシアが、兄が居ると言っていたような...。

 きっと、あの人だろう。


 男はレンバート王と瓜二つで、正に親子って感じがした。

 白髪の人が3人並ぶと、どこか神々しさを感じる。

 不意に端に映る、フリーシアと目が合った。

 彼女は微笑み、手を振ってくれた。

 この場で振り返す度胸は持ち合わせていないため、申し訳ないと思いつつ、僕は知らぬ顔で俯いた。


「オルト、その子がマリンか?」

「はっ」

「ふむ、マナに似て愛らしいな。オルトの娘、マリンよ。顔を上げて見せてくれ」

「.....」


 初めての王城で、しかも、知らない人達に囲まれてとなると、不安と緊張で胸がいっぱいだろう。


「マリンよ、そんな固くなることは無い。今日はお主の為のパーティだ。準備が整うまで、フリーシアちゃんとお茶でもしてるといい。....カルマ、お主は残れ」

「承知しましたわ、お父様。しかし、カルマさんもご一緒が良いです」

「し、しかし....」

「お・と・う・さ・ま?」

「....分かった。カルマ、お主を見ていると胸がザワザワするのだ。決して、もフリーシアちゃんに、良からぬ想いを抱かぬように!」

「は、はい....」


 呆れた顔のフリーシアと共に謁見の間を後にした。

 謁見の間の外にはフリーシアのお傍で仕える、紫髪の少女が待っていた。


「カルマ、少々フリーシア様に近すぎじゃないか?」


 彼女はカグラ=ジ=クロノス。

 傍付きと言っても、十貴族のクロノス家の長女だ。

 クロノス家は代々王族の傍付きを務めているそうだ。

 その為、クロノス家の披露宴では剣が授与される。


「あら、いいじゃないの。私とカルマさんの仲なのだし」


 そう言って、フリーシアは僕の腕を掴んだ。


「...お、お兄ちゃんは渡しませんっ」


 フリーシアに対抗してか、反対の腕をマリンが掴んだ。


「あら、貴方も同じ口なのね。これは、後でじっくりとお話を聞かなくてはなりませんね」


 何をじっくり聞くのか、疑問ではある。


「むぅ...」


 流石にアリアは、王女を差し置いてまで、僕の隣には来なかった。

 フリーシアに連れられたのは、王城の外にある庭だった。

 2年前に通った場所だ。

 あの頃は灰色の風景しか見えなかったが、今は違う。

 色付いた一面の花畑はより一層美しいと感じた。


「先程はごめんなさい、カルマさん。お父様ったら、貴方に嫉妬しているの」

「し、嫉妬っ?!」

「私がカルマさんの話ばかりするから....。おっと、なんでもありませんわ」


 レンバート王にどんな話をしたのかが気になる....。

 そして、フリーシアのお着きの少女が僕を睨み付けてくる。

 な、何もしていないのに.....。


 庭にはティータイムを楽しめる、円形の石造りのものがあった。

 それなりに、広いスペースがあったものの、フリーシアとマリンは相変わらず僕のすぐ隣に座った。


 小一時間ほど5人で談笑していたところで、準備完了の報せが来る。


「では、そろそろ参りましょうか」


 王城の中には幾つもの大広間があり、今回はその中でも一番大きいところで開催される。

 むしろ、巨大広間と言っても過言ではない。


 主役であるマリンは別の扉から入るとの事なので、一度別れ、僕たちは広間に入った。

 広間のテーブルには、大量の食事と飲み物が用意されており、中にいた大人たちは既に出来上がって居るみたいだ。


 マリンと離れた僕たちはいつもの集合場所である、一番豪華な食べ物があるテーブルの周りに向かった。


「下僕の癖に、遅かったじゃない!」

「フリーシア王女、お久しぶりです。カルマ、アリア、カグラも久しぶりっ」


 いつものメンバーである、ティアとサントが待っていた。

 久しぶりと言っても、月一のサンシスタ舞踏会で顔を合わせているので、そんな実感は無いけど。

 しばらくの間、楽しく過ごしていると、大人たちの視線が正面に集まるのを感じた。


「ごほんっ。さて、宴も盛り上がっているところで、此度の主役を紹介しよう!皆、拍手と共に迎えてくれ」


 正面に登壇したレンバート王の指示で、大人たちから盛大な拍手が巻き起こり、反対側の扉が開いた。

 そこから、オルトさんとマナさんに挟まれたマリンがレッドカーペットの上を歩き出した。

 会場の中央を歩き、大人の注目を集めるマリン。

 王の下まで行くと、登壇するように求められていた。


「これより、指輪の授与を行う。マリン、右手を出したまえ」

「....はい」


 マリンの人差し指に嵌められたのは、白銀の指輪だ。

 ここからじゃ、よく見えないが、キラキラしているのは分かる。

 まるでグラスジュエリーのようだった。


「マリンよ、お主の相棒ソシオを皆に教えてくれぬか」

「え?...は、はい。...マ、私の相棒ソシオは.....水氷竜って言ってました」


 会場からは驚きの声が上がった。

 そう、マリンは氷結病を経て、とても強力な竜と契約したのだ。


「雷炎の巫女に続き、水氷竜とは...」

「この世代は逸材ばかりだぞ....」


 炎、水、風、雷、土を操る原竜の合成竜はとても珍しく、その一例がティアだ。

 氷は原竜に分類されないが、その五つに引けを取らないので、準原竜と言っても良いくらいだ。

 その合成竜ともなれば、今後に期待されるのも無理は無い。


 後に僕たちの世代は"終焉の世代ラグナロク"と呼ばれるのであった。

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