グラスジュエリー

 

 今から8年前、俺の妹は5歳の誕生日を迎えた。


「おめでとう、シビア」

「ありがとうございます、お兄様っ!」

「等々、相棒選エレヒールだな。怖いか?」

「いいえっ!寧ろ望むことろですっ!!」

「そうか。シビアはどんな竜がいいんだ?」

「もちろんっ、お兄様と同じ、氷竜がいいですっ!!」

「はははっ、言うと思ったよ!」


 いつも俺の後ろを歩いてきていた、シビアを俺は愛おしく思っていた。

 強力な相棒ソシオを得る反面、暴走という危険がある相棒選エレヒール

 シビアなら、無事に終わらせれると、この時は疑いもしなかった...。


 翌朝、異様な寒さを感じ、目を覚ました。

 冬も半ばに入り、そろそろ冬本番の寒さがやって来たのだと思った。

 北方都市ノルテでは当たり前の日常。

 穏やかな日。

 変わらない風景。

 しかし、部屋を出ると屋敷内の空気が慌ただしいのに気付いた。


「どうかしたのか?」


 俺はすれ違うメイドに尋ねた。


「そ、それが....」

「なんだ、シビアがとんでもない相棒ソシオを引き当てたのか?」

「い、いえ....。その....」

「なんだ、歯切れの悪いな。まさか....」


 そう、俺の嫌な予感は当たっていた。

 シビアの部屋に近づくにつれ、増していく寒さ。

 この異様な寒さの根源はここからだったんだ。

 扉を前にして、更に恐怖心が増した。


「この寒さは寒波によるものだ。きっとこの向こうには元気な姿が....。シビアっ!!」


 朝日が差し込む部屋に一人眠っていた。


「シ、シビア...?」


 一歩一歩近づく度に寒さが増していく。

 触れられる距離になると、寧ろ自分が凍っているのではと錯覚してしまうほどだ。


「シビア....」


 触れると分かる、焼けそうなほどの体温。


「...お兄...様....」

「シビアっ!!」


 目を開いたシビアは焦点の合わない目で、天井を見つめて、両手を伸ばした。


「....暑い....暑いです...。お兄様....どこですか....」

「シビアっ、俺はここだっ!!」


 シビアの手を握っても俺の存在は気づいて貰えない。

 これが氷結病なのか...。

 俺が絶望の悲しみの中、父が部屋に入ってきた。


「グリード、来なさい」

「....はい」


 父に連れられ、執務室へと行った。

 そこには、母の姿もあった。


「グリード、もうあの子の事は忘れなさい」

「....は?何言ってんだよ、父上...」

「グリード、分かってあげて。この人も軽い気持ちで言ってるんじゃないのよ」

「....ふ、2人はそれで納得してるのかよっ!!」


 2人は俯いたまま、言葉を飲み込んだ。

 少しの沈黙が訪れ、俺の怒りはどんどんと増していった。


「....もう、どうしようもないんだ。だから....」

「どうしようもないってなんだよっ!!あるだろっ、治す方法っ!!...グラスジュエリーさえあれば、治せるだろっ!」

「....無理だ。あれはあくまで伝承。本当に見た者なんていない」

「だったら、俺が見つけてきてやるよっ!必ず、シビアを治してやるっ!!」


 そして、俺はシビアに別れを告げ、家を出た。

 それから8年間、冬になると毎日のようにここに通い、グラスジュエリーが咲くのを待った。

 しかし、咲くことは無かった。

 そう、今日まではーーー。


「....グリード、お前は休んでいろ」

「え...?あ、はい」

「"浮遊ボラル"」


 雰囲気の変わった、カルマ様はそう告げて、上空へ飛んで行った。

 俺は、にわかに信じ難い、全色竜の力を目にした。

 今までよりも更に広い範囲に雪を降らし、一瞬にして海を凍らせた。


「....あ、あの人は、化け物か...?」

「貴様、無礼だぞっ!....だが、気持ちは分からなくはない....」

「2人とも何言ってるのよっ!カルマは化け物なんかじゃないよっ!!マリンの為に頑張ってるんだからっ!!カルマーっ!頑張れーーっ!!」


 分かってる、分かってるよ。

 この力を使って、あの時も、金髪の少女を助けたんだろ?

 土壁を建てて、俺の事を守ったんだろ?

 くそっ、その力があれば、俺もシビアを...。


「あ、あれ見てっ!!」


 アリア様が指を指したのは岬の方だった。

 見ると、雪を纏った風が螺旋を描いていた。


「な、なんだ...?!」


 螺旋の中から現れたのは、一体のドラゴンだった。

 ほ、ほほ、本物か?!

 い、いや、微かに奥が透けて見える。


「察しが良いですね、小僧」

「なっ....。俺の考えている事がわかるのか?!」

「ええ、あなたの相棒ソシオを通して伝わってきますよ。なぜなら、私は氷竜の元竜ベリウェル、グラスなのですから」

「べ、元竜ベリウェルだと...?そんなの聞いた事が....」

「久しいな、グラス」


 上空から戻ってきた、カルマ様が言った。


「お久しぶりでございます、竜王様」


 これが竜の頭の下げ方なのか?

 顎と尻尾を地面に着け、縮こまっている。

 それに竜王って....。


「ああ。早速で悪いが、グラスジュエリーを貰えるか?」

「本当に早速でございますね。もう少し話しては下さらないのですか?」

「すまない、儂の宿主の妹が氷結病に悩まされている。一刻も早く助けたいのだ」

「そうでしたか...。竜王様に呼び出されたので、、かと思いましたよ。では、こちらを」


 氷竜が尻尾を前に出し、地面をツンッと突いた。

 そこから、茎が伸び、途中で葉を開きながら、頂点で花を咲かせた。

 白銀の色をしたその花は薔薇のようだった。


「グリード、おまえが受け取れ」

「は、はい」


 花に近づき、茎の根元に触れると、溶けるように取れた。


「こ、これが、グラスジュエリー....」

「小僧、貴様は竜王様の側仕えにしては弱すぎます。私の加護を授けますので、真級ペルラへ進化してみせなさい」

真級ペルラへ進化?」

「なんです?まさか、知らないのですか?...竜王様もお人が悪い」


 俺の相棒ソシオは良くて上級アリバに分類される。

 生まれつき決まっている相棒ソシオの階級を上げることができるなんて、どの本にも記載されていないぞ。


「まぁ、その内詳しく教えてやる」

「だそうです。ここから離れられない私の代わりに、竜王様の事を頼みましたよ」


 氷竜は再び尻尾を前に出し、手で握るように促してきた。

 そこに触れた瞬間、手から凍り付く様な感覚がし、胸の奥に浸透していく。

 どこか心地良い。

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