グリード=オルム

 

 翌朝、僕たちは更に北を目指して、馬車を進めていた。

 ガタンッと音を立てて、馬車が傾き、止まった。


「申し訳ありません、車輪を踏み外してしまいました」


 見たところ、道が細くなっており、これ以上馬車で進むことは困難なようだ。


「歩いていこうか」


 しかし、馬車でないため、進むスピードが遅くなり、日が暮れてしまった。

 夜は更に冷えるため、野宿は厳しそうだ。

 最悪、シキの力で簡易的な小屋は作れるが...。


「ねぇ、あれ見て!」


 アリアの指さす方向を見ると、明かりの灯った木の小屋があった。

 暗い中にあったおかげで見つけやすくなっていたのだ。

 しかし、こういった小屋には良くない思い出がある。

 リナを先頭に小屋をノックした。

 小屋から出てきたのは、リナよりかは年上だが、それでも若い男が出てきた。


「お、お前たちはあの時の?!!」


 あの時とはどの時か分からないが、相手には僕たちに見覚えがあったようだ。


「あの、一夜でいいので、泊めて頂けますでしょうか」

「はぁ?なんで俺が見ず知らずのお前らを泊めなきゃなんないんだ!!そもそも、どうしてこんな僻地にきたんだよ!」

「グラスジュエリーという花を取りに来ました」

「グ、グラスジュエリー...だと...?!どこでその名を!!」


 この男はどうやら、グラスジュエリーを知っているらしい。

 まぁ、でないと、こんな所に住んでないよね。


「私たちの妹が今、氷結病で大変なのっ!!一夜だけでいいからお願いっ!!」

「はぁ、なんで....まぁいい。とりあえず、入れ」


 中に入ると何処か懐かしい、下民村のような質素な内装だった。

 ベッドにテーブルと椅子、少し違うのはちょっと豪華な暖炉があるところぐらいだろうか。

 男は腰を浅くかけ、唯一の椅子に座った。


「で、本当に俺のこと覚えていないのか?」

「「....?」」


『カルマ、こいつは2年前イーラ湖で、小屋の中にいたフードの男だ』


「あっ....!!」


 言われてみればそうかも!

 でも、フードで顔がはっきり見えていなかったから確証は無いけど...。


『いや、あいつの中にいる竜で分かる。儂の目を貸してやる』


 え、そんなことができるの?


 シキがそう言ってから竜力が目に集まって来るのが分かった。

 そして、その目で男の胸の当たりを見ると、水色をした竜が見えた。


『あれは氷竜で間違いない』


 じゃあ、あの時の...。


『こいつにはカルマが青以外を使うところを見られている。他言していないか確認しろ』


 分かった。


「2年前にイーラ湖にいた方ですね?」


 男が頷いた瞬間、リナが一歩前へ出て護身術の構えをとった。


「待て待てっ、今ここでやり合うつもりはないっ!」


 しかし、リナは構えを解かなかった。


「一つ確認したいのですが、あの時、僕が土の壁を出した事を他の人に言ったりしていませんよね?」

「あ、ああ、もちろんだ。情報は金にもなる大切な代物だ。そう簡単に言いふらしたりしない。それに、俺は見ての通り独りだ。軽く言えるような奴もいない」

「...そうですか、それを聞けて安心しました。リナ、構えを解いていいよ」

「...はい」


 リナが控えるのを確認した男は、ふーっと息を吐いてから続けた。


「俺の名前はグリード=オルムだ。傭兵をやっている」

「オルム...と言うと、あのヘキサート家の分家に当たる...」

「そうだ。一応階級は伯爵家になるな」


 伯爵と言って威厳を見せる為か、グリードは腕と足を組んだ。


「そういえば、お前も貴族だったよな?名前教えろよ」


 アリアに視線で訴えた。


「私?私はアリア=ジ=アルバ!」


 名前を聞いた途端、グリードはガタンッと音を立てて、驚いた。


「じゅっ、十貴族っ?!!な、なな、なんで十貴族が、湖なんかで遊んでんだよ!!」

「十貴族だって湖でくらい遊ぶよっ!!」

「ま、ま、まぁいい...。次はお前たち使用人だ。名前は?」


 僕に対して使用人と言ったことに怒ったのか、リナの目付きが鋭いものになった。


「ここに御座す方は使用人ではありません、アリア様と同じく、十貴族のカルマ=ジ=アルバ様でございます。以後、お間違えなきよう」

「なっ...!!お、お前も十貴族っ?!!」

「お前とは失礼ですぞ、グリード...殿」

「....っ!!し、失礼しました。カルマ、様....」


 まぁ、別に僕は呼び方なんて気にしないけど。

 貴族は大変だな。


 十貴族と分かったグリードは態度を改め、僕とアリアを座るように促した。

 ここまで歩いて体力を消耗していたので、お言葉に甘えさせてもらおう。

 僕はグリードさんが座っていた椅子に、アリアにはベッドに座ってもらった。


「汚いところで申し訳ない」

「ううん、大丈夫!ありがとっ!それで、どうしてグリードはここで暮らしてるの?」

「それは....。俺もここでグラスジュエリーを探し続けているからだ」

「...えっ?!私達と同じだっ!」

「そうなりますね。お二人はどこでグラスジュエリーの事を知ったのですか?」


 グラスジュエリーはヘキサート家だけが知り得る情報だ。

 僕たちアルバ家の人間が知っているのが不思議なんだろう。


「僕たちの祖母が元ヘキサート家のスティーリア様なんです」

「そうか。あの方から...」

「それで、グリードさんはグラスジュエリーを見つけられたんですか?」

「さんって...。...いや、8年探し続けていますが、まだ一度も見たことはありません」

「ええっ、8年もっ?!」

「はい...」


 グリードさんは浮かない顔で続けた。


「8年前、俺の妹が氷結病になりました。グラスジュエリーの伝承は我がオルム家にも伝わっていましたが、誰一人として見つけたことがない。為す術がない妹を両親は見捨てた。俺はそれに腹を立てて、家を出ました。それから、ずっとここでグラスジュエリーを探しているのです。それとは別に、時折金を稼ぐ為に、貴族や商人、時には野盗の傭兵をやったり....」

「そう...だったんですか...」


 家は違えど、僕たちと同じ境遇で悩んでいる。

 ねぇ、シキ。

 この人になら、本当の伝承を教えてもいいんじゃない?


『任せる』


「あの、グリードさん。グラスジュエリーの伝承を言ってみてください」

「ああ、大陸の最北端で雪の降る日に咲く花、だ」

「それは少し違います」

「なに?」

「グラスジュエリーはこの大陸の雪の降る日に気温が-40℃を下回らなければ咲きません」

「なぜ、あんたにそんなことが分かるっ!」


 理由...。

 説明するにはシキの事を話さなければいけない。

 ....でも、この人は既に僕が水以外の力を使うところを見ている。

 だったらーーー


 僕は手のひらの上に氷の玉を浮かべた。


「僕の相棒ソシオが教えてくれました」

「なっ...!!!あんたは、水と土、氷も使えるのかっ?!!」


 それから、僕はグリードさんにシキについて話した。

 少し省略した部分はあるが、幸いな事にもグリードさんは理解力が高く、直ぐに分かってくれた。


「あんた達がいれば、グラスジュエリーを咲かす事ができるのか?」

「そうですね。でも、もしグリードさんが手伝って頂けるなら更に成功率は上げられると思います」

「...わかった。既にシビアは助けられないが、代わりにあんた達の妹を助けれるなら、この諦めかけていた俺の力を思う存分使ってくれ」

「ありがとうございます」

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