氷結病
翌朝、夏には有り得ない寒さを感じて目を覚ました。
吐く息は白くなり、ナイトテーブルに置いてあったコップの中の水は凍っていた。
「へぇっくしょんっ!!うぅっ、さぶっ....。夏にこの寒さって...」
ベッドから起き上がり、カーテンを開けると真冬のような光景が広がっていた。
チラチラと雪が降り、一面真っ白になっていた。
「な、なに、これ....」
窓を開け、目の前に広がる異様な光景に唖然としていると、扉をノックする音が聞こえた。
「はいっ」
「おはようございます、カルマ様」
静かに扉を開けて部屋に入って来たのは、僕の専属執事であるリナだ。
この時間になるといつも起こしに来てくれる。
「今日はいつもよりお早いお目覚めにございますね」
「うん、こんなに寒いと寝てられないよ。何があったの?」
リナは僕が開けた窓を締めながら答えた。
「分かりません。私共も起きたらこの状態でして、皆困り果てております」
どうやら、この寒さで水道管が凍っているらしく、朝の業務が滞っているそうだ。
しかし、幸いにも水竜と契約してる使用人が居るので、一時的なものだったらしいが、朝食の準備だけが出来ていないと言う。
リナ曰く、使用人が生み出した水を皆様に提供出来ないと。
「申し訳ござません」
「大丈夫だよ!一日朝食を食べないなんてどうって事ないって!それにしても、原因不明の大寒波か....」
どうしてだろう。
今までこんな事一度もなかったのに...。
シキはーーー。
ん?この足音は...。
僕が考え込んでいると、次は勢いよく扉が開いた。
「おはよっ、カルマ!!ねぇねぇ、外見た〜?!雪だよっ雪っ!夏に雪なんて降るんだねっ!!早く外出て遊ぼうよっ!!!」
そう、元気いっぱいのアリアだ。
遊ぶのは
シキはどうしてか分かる?
『......』
....シキ?
『....ん?ああ、すまない。少し考え事をしていた。恐らくだが、このバカでかい竜力のせいだろうな』
バカでかい竜力?
『ああ、地下からとてつもない竜力を感じる』
そ、それって....。
「ねぇねぇ〜」
「...アリアはこの寒さの原因が気にならない?」
「原因?う〜ん、確かに...気になる....」
「じゃあさ、一緒に原因を突き止めようよっ!」
「.....な、なんだか楽しそうっ!!やるっ!」
「よしっ!でも、どうやら、シキが言うには地下から竜力溢れているらしい」
「ちょっと待ってね」
そう言って、アリアは目を閉じた。
「うん、クレーネも地下が怪しいって言ってる!」
クレーネとはアリアの
「でも、地下からってことは、もしかしてマリンに何かあったのかも...」
アリアの目に涙が浮かび、今にも泣き出しそうだ。
そこにリナが寄り添い、優しく肩を掴んだ。
「少なくとも、竜化した、という事はないと思います。もしそうであれば、全員に避難指示が出ておりますので」
「そ、そっか...。よかった〜」
『竜化はしていないが、暴走の一種である事には違いがない。カルマ、地下へ向かえ』
え、でも、下手に刺激を与えない方がいいんじゃ....。
『恐らく、これは氷結病だ。そうであれば、治し方を知っている』
「まじかっ!!」
「ど、どうされました?!」
「シキが治し方を知ってるってっ!!」
「ほんとっ?!じゃあ、早く行ってあげようよっ!」
僕たちはリナの案内の元、マリンのいる地下室へと向かった。
部屋に近付くにつれ、肌で感じる寒さが増しているのが分かった。
途中、地下の廊下には溢れ出る地下水が凍り、氷柱が複数出来ていた。
やっぱり、この寒さはここから来てるんだ。
でも、気候に影響を与えるほどの竜力って....。
僕たちは部屋の前まで着き、リナが扉をノックした。
すると、中からオルトさんの返事が返ってきた。
「失礼致します」
部屋に入ると、少女を診ているであろう医者のような男とそれを見守るオルトさんとマナさんがいた。
もしかして、あの子がマリン....。
ベッドで横になっていたのは、アリアと同じ髪色をした少女。
外へ出ていない事を顕すような色白の肌に華奢な身体。
意識が朦朧としているのか、焦点が合わない目で天井を見ていた。
「あれ、リナ?....って、カルマとアリアも一緒じゃないか。どうしてここに?」
「パパ、よくぞ聞いてくれたわっ!マリンを助けるために来たのよ!」
「助ける為って....。今、先生に診てもらってるから静かにね」
真剣な顔で流されて、アリアはそれ以上大きな声を出すことは無かった。
僕たちはオルトさんの隣に着き、先生の診察を待った。
「ーーー旦那様、奥様。お嬢様を診ましたが、熱以外に身体に異常はありません。恐らくですが、竜力によるものかと。これ以上は私共の力では何も...。お役に立てず申し訳ありません」
アリアがギュッと僕の裾を握った。
きっとマリンの事が心配で不安なんだろう。
オルトさんとマナさんの顔を見ても同じだ。
「いえ、身体に異常がないことが分かっただけでも十分な成果です。ありがとうございます」
マリンはシキが言ってた氷結病なんだよね?
シキだったら治せるの?
『ああ、この病気には治療薬が存在する。材料さえあれば、難なく調合できる。....だが、その材料がとても入手しずらい』
じゃあ、早くオルトさんに教えてあげよ!
貴族の力があれば、どんな材料だって集めてくれるよ!
『そうもいかんのだ。材料となるグラスジュエリーという花は咲いてから30時間を超えると枯れてしまう』
そ、そんな...。
「お、お待ちくださいっ、ゴート様!」
マリンの容態について何も手がかりがないという重たい空気の中、扉の外から慌ただしいメイドの声が聞こえた。
ゴートという名前を聞き、オルトさんが焦りの顔を見せ、僕の方を見た。
その瞬間、部屋の扉は勢いよく開かれ、白髪の白い髭を生やした老人が現れた。
蒼い瞳はどこか、マナさんと同じ面影があった。
「オルトっ!!マリンは無事なんだろうな?!!」
部屋に入るは否や、大きな声を撒き散らした。
「あなた、マリンの前で大声を出しては身体に触ります」
ゴートという老人の後ろに控えていた、ドレス姿の女性が釘を刺すように言った。
「そ、そうですよ、お義父さん....」
「ふんっ。それでマリンの容態はどうなんだ?氷結病なのだろう?」
「氷結病...ですか?」
なんと、そのゴートという老人はシキの言っていた氷結病を口にした。
「なんじゃ、知らんのか?外の様子を見れば分かる。これは暴走の一種じゃ。のう、スティーリア?」
「はい。私の実家、ヘキサート家は代々氷竜と契約をしてきました。その際、稀に起こる暴走で此度と同じような現象があります。それをヘキサート家では氷結病と言うのです」
ヘキサート家は十貴族の一つで、北方都市ノルテの六街区を統治する名家だ。
「お母様、暴走の一種と仰いましたが、治療法はあるのですか?」
「ええ、グラスジュエリーという花を使った治療薬があります」
「グラスジュエリー....ですか?それも聞いたことがないですね」
これも、シキが言っていた事と同じだ。
「グラスジュエリーも、ヘキサート家しか知らない伝承です。知らなくて当然です。その花は、この大陸の最北端で雪の降る日に咲くと言われています」
「ほ、本当ですか?!!」
「ええ。しかし、私は実際に咲いているとこを見たことがありません」
「お爺様、お祖母様!その花、私とカルマで採ってくるわっ!」
アリアが勢いよく、3人の間に割って入り、宣言した。
「おぉ〜、アリア〜!元気にしておったか〜?」
「はいっ、お爺様!」
「それはよかった!...で、カルマとは一体誰じゃ?」
「私のお兄ちゃんっ!」
「お、お兄...ちゃん...?」
アリアの発言によって、オルトさんは顔色を青くし、肩を飛び跳ねた。
そして、凍えるような寒さの部屋が更に凍りつく様な予感がした。
「マナ、こやつはお主の子か?」
「はい、お父様。カルマは私達の子ですよ。....腹違いですが」
「腹....違い.....?おい、クソガキ、表出ろ」
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