エキドナの呪い編
専属執事
私の名前はリナ=シエル。
十貴族が長、アルバ様の屋敷で執事見習いをしている。
私の祖父はこの屋敷で執事長をしており、私もいずれは祖父のようになりたいと日々研鑽している。
この夢を目指し始めたのは、私が物心着いた頃だった。
執事見習いとして、初めて祖父を見た時、一挙手一投足が素直に美しいと感じた。
私はすぐさま、弟子入りをした。
それからというもの、祖父を目指して仕事をしていると、いつの間にか他の見習いに比べて群を抜いていた。
だが、執事長の孫としてこんなのは当たり前。
誰も私の事を褒めたりしない。
それが普通だと思っていた。
ある日、旦那様が会議からの帰りに一人の少年を連れて帰った。
その少年は消耗しきっていて、屋敷に着くや否や、ベッドの上で寝かされた。
祖父曰く、その少年は旦那様を探して道を
なんでも、旦那様と愛人との子だと言うのだ。
あの旦那様に限って、愛人を作るなど
というか、普通だ。
翌日、あの少年を見かけた。
何があったかは知らないが、どのようなことがあればあのような目になるのか。
光は灯っておらず、何処を見ているのか焦点も分からないような目だ。
その翌日、また翌日と日を重ねても、その目が治ることは無かった。
そんなある日。
「リナ、リナはおりますか」
「執事長、私はここに」
「旦那様がお呼びだ。着いて来なさい」
「はい」
祖父に連れられたのは旦那様の執務室。
「やぁ、よく来てくれた。今日は君にお願いがあって来てもらった」
見習いの私にお願い?
「なんでございましょう」
「一週間前、僕とマナが貴族会議から戻ってきた時、瀕死だった子を覚えているかね?」
「はい、覚えております」
「よかった。その子はカルマと言ってね。実は僕と愛人との子なんだ。訳あってこちらで引き取ることとなった。ついては君にカルマの専属となってもらい、教育を行ってもらいたい」
私が?
あの子に教育を?
「僕の血を引いている以上、貴族として生きていかなければならない。貴族の男児には専属を付けるのが定石。君も理解しているだろう?」
「はい」
「うん、じゃあそういう事だから、明日からよろしく頼むよ!」
「承知致しました」
次の日。
「リナ、旦那様がお呼びだ」
「はい、執事長」
祖父に呼ばれた私は食堂へと向かった。
そこには既に皆様お揃いであった。
私がこれからお仕えするあの子も。
また、あの目をしている。
「さ、ご挨拶を」
「リナ=シエルと申します。まだまだ未熟者ではありますが精一杯お仕えさせて頂きたく」
私のいつも通りの挨拶。
「リナ、この子がカルマだ。急な事だが、よろしく頼むよ」
「はい、旦那様」
うんうん、と旦那様は頷いた。
「さ、カルマも自己紹介」
「....はい。カルマ...です。よろしくお願いします」
「「....」」
数秒の沈黙が食堂に訪れた。
そ、それだけ?!!
「そう言えば、王宮でもこんな感じだったな」
王宮でも...。
これは専属執事として、しっかりと教育をしなくては。
アリア様がいる限り、当主となる事は無いだろうが、十貴族として、それ相応の立ち振る舞いを身に付けて頂く。
「それでは私はそろそろアリア様のお迎えに行って参ります」
「あら、もうこんな時間なのね。ルドー、いつもアリアの送り迎えをありがとう。私もそろそろマリンのところへ戻るわ」
「勿体なきお言葉にございます」
「さ、僕も執務を片付けないと....。リナ、カルマのこと頼んだよ」
「かしこまりました、旦那様」
しかし、任された以上完璧にこなすのが私。
意地でも一人前になって頂けるよう務めなければ。
「....はぁ..」
カルマ様はため息をついて席を立たれた。
食堂を出て、どちらに行かれるのだろうか。
コツコツコツ....。
カルマ様の後ろを歩く私の足音が鳴り響く。
たどり着いたのはカルマ様の自室であった。
中に入ってみると、カーテンは締め切っており、重い空気が漂う。
本来なら、ここで窓を開けて差し上げるのが執事の仕事だが、恐らく余計なお世話だろう。
などと考えていると、カルマ様が不穏な顔で私に問いかけてきた。
「...ここは僕の部屋です。どうして着いてくるんですか?」
どうしてと言われましても....。
「私はカルマ様の専属執事でございます。常に傍にお仕えするのが務め。どうぞお気になさらず」
だが、理由はそれだけでは無い。
実は旦那様に呼ばれた時、祖父から頼まれ事をしていた。
「リナ、今宵はカルマ様の歓迎会が行われる。準備は私共でする故、カルマ様に悟られぬよう御相手して欲しいのです」
「御相手でごさいますか」
「恐らく、カルマ様は自室に籠られるであろう。その時、お傍にお仕えし、余り食堂へと近付けないように頼みます。準備が出来次第こちらから声をかけますので」
「承知致しました」
と、言うことがあり、私はこの方を部屋から出す訳にはいかない。
「すぅーすぅー」
しかし、どうやらカルマ様は眠られてしまわれたようだ。
午前は王宮へ行かれたと聞いたが、恐らく相当お疲れになったのであろう。
私としてはとても都合の良い。
少し経ったら換気をしながら、お待ちしよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そろそろ陽の落ちる頃だが、カルマ様はまだ熟睡されている。
十分に換気をしたおかげか、重い空気は無くなり、部屋は窓からの夕日で紅く染まっていた。
コンッコンッ
このノックの仕方はきっと祖父だ。
その音でカルマ様が目覚められ、慌てて返事をする。
「...は、はいっ」
「失礼致します。カルマ様、夕食の準備が出来ております。食堂にて皆様がお待ちです」
カルマ様は沈む太陽を見て驚いていた。
そのまま、私の顔を見て更に驚いていた。
「カルマ様、リナはどうでしょう。何か失礼をしておりませんか?」
執事長、どうと言われましても、まだ半日しか経っておりません。
それに、カルマ様は寝てしまっていて、何も御相手する事無く今に至るのですが。
これでは私が何もしない執事と思われてしまう。
「...失礼だなんて、そんな。リナさんはルドーさんに似て凄い執事だと思います。素っ気なくした僕に、ずっと付き添ってくれていた。それが何よりもの証拠ですよ」
そう言ってカルマ様は私に微笑みかけた。
部屋まで押し入り、一人になりたいというご命令にも逆らった私をそのように言って頂けるとは...。
「左様でございますか。不甲斐ない孫ではありますが、今後ともよろしくお願い致します」
「....こちらこそお世話になります」
「それと、私共使用人に対しては敬称は不要です。どうか、ルドーとお呼びください」
「....じゃ、じゃあ、ル、ルドー.......サン」
「わはははは、旦那様同様、少しずつで構いませんよ」
食堂には既に皆様着席しており、残すはカルマ様のみとなっていた。
「リナもこちらに座りなさい」
「はい」
祖父に呼ばれ、私も席に着いた。
普段であれば脇で立っているのが執事であるが、今日は恐らくカルマ様を歓迎するパーティ。
私共もその一員に含まれているのであろうか。
その後、パーティは何事もなく終わり、私はカルマ様の後をつけ、浴場へと向かっていた。
父から聞いたことがある。
専属執事足るもの、主のお背中を流して差し上げるのが常識であると。
私も今年で10歳になる年頃だが、主の為なら恥を捨てる覚悟だ。
「ご一緒します」
「....どういう意味...ですか?」
「ですから、ご一緒にお風呂に入り、お背中を流して差し上げようかと」
「だ、だだ、ダメだよ!男女でお風呂入っちゃ!!ぼ、僕でも一人で入れるからぁ!!」
「あ...。はぁ....」
本気で覚悟をしていたというのに、逃げられてしまった。
余程、私のことが嫌いなのだろうか。
先程の"凄い執事"という言葉はお世辞だったのだろうか。
いや、そうとしか考えられない。
最悪、専属交代も覚悟しなければいけなさそうだ。
カルマ様がお風呂から上がられると、足早に自室へと向かわれた。
カルマ様がこのままお眠りになられれば、私の業務は終わる。
「....リナさんは寝ないの?」
リナさん...ですか...。
「私はカルマ様がお休みになられた後に」
「....そう。じゃあ僕はもう眠るからリナさんも休みなよ」
「はい。そのつもりです」
少し冷たかっただろうか。
何かを察したかのように、カルマ様は横になった。
きっと、明日には専属を解かれ、いつも通りの日常に戻るのだろう。
雑務では無い、私にとって初めての仕事は一日で終わりを告げるのだろう。
はぁ、もっとこの方に尽くしてみたかった。
あわよくば、私があの目から開放してあげたかった。
だが、それも次の誰かがやってくれる。
唯一、心残りがあるとすれば....。
「....私にも祖父同様、敬称は不要です。どうぞ、リナとお呼びください」
はっ、私とした事が少し弱気になってしまった。
きっと、声に表情が出ていた。
カルマ様が振り返られる。
執事たるもの、主に弱い所は見せない。
ちゃんとしなければ。
「....リ、リナ...。明日からもよろしくお願いします」
「はい。それと、私に敬語は不要です。主が専属執事に敬語を使っていては、他の貴族様から舐められてしまいます」
「...わ、わかった」
そう言ってカルマ様は目を閉じた。
最後の最後で少し専属らしい事ができた。
専属を解かれても屋敷にいる限り顔を合わすことはある。
少しでもこの方の支えになれればと思う。
私はそう決心した。
「すぅー、すぅー」
カルマ様もお休みになられた事だ。
私も自室に戻って眠るとしよう。
こうしてその日は終わりを告げた。
翌朝、祖父に呼ばれた私は言われるがまま、旦那様の執務室へと向かった。
要件は予想が着く。
きっと専属執事の今後についてだろう。
昨夜、眠る前に覚悟はしたつもりだ。
例え任を解かれようが文句なく了承しよう。
「失礼致します」
「おはよう、リナ。朝早くからすまないね」
旦那様は使用人であろうが、分け隔てなく接する心優しいお方だ。
「早速だけど、カルマと昨日過ごしてどうだったかな」
「....恐らく私の事を嫌っているかと」
旦那様は目を丸くして驚き、そして笑った。
「はっはっはっ!!カルマが君を?!いやいや、失礼。そんな事はないと思うよ!ただ今は人見知りをしてるだけだよ」
人見知り...?
いや、それより、この旦那様の反応はもしかして。
「大変かも知れないが、引き続きカルマの事をよろしく頼むよ」
外される所か、まさか背中を押されてしまうとは。
冷たくされただけで挫けた自分が馬鹿らしい。
「それと、今日からカルマに相棒の事を教えてあげてほしい。特に竜力の使い方をね。本当は僕が教えたかったんだけど、実はこれから貴族会議に出席しないといけなくなったんだ」
貴族会議は季節に一度開かれる十貴族の集まりだ。
だが、妙だ。
先週、旦那様は貴族会議から戻られたばかりだと言うのに。
次の会議を待てない程の案件ってことは相当重要な事なのかもしれない。
「承知しました。全霊を尽くして、カルマ様にお仕え致します」
「うん、よろしく頼むよ。それじゃあ、僕はこれで」
身なりを整えた旦那様は祖父と共に北方都市ノルテへと向かわれた。
さて、私も旦那様に申し付けられた事を頑張らなくては。
まずは、カルマ様の朝の支度の準備からだ。
コンッコンッ
「失礼致します」
「すぅ、すぅ」
カルマ様は、まだ寝ておられる。
しかし、そろそろ朝食の時間だ。
目を覚ましてもらわないと。
「カルマ様、おはようございます。朝でございます」
「ん、ん〜ん。後5分...」
あ、後5分?!
祖父曰く、カルマ様は起こせば直ぐに起きられるとの事だったのに...。
「そ、そろそろ朝食のお時間でございます」
「ん〜....。あぁ、おはよう、リナ。ふあぁ....」
ん?起きられたのは良いのだが...足下にもう1人居ないか?
私は恐る恐るシーツを捲ってみた。
「ア、アリア様?!」
な、何故ここに?!
まま、ま、ま、まさか...よよよ、夜這い!?!!
「ふぁぁ...。おはよう、カルマ。昨日は楽しかったね〜」
はわわわわわ...!!
だ、だだ、旦那様になんてご報告をすれば?!!
まさか、こんな幼い子達が....。
ぎゃああああああ!!!
「もう、アリア、そんな誤解を生むような言い方は辞めてよ」
え、誤解?
「えへへ、ねぇ、今日は何して遊ぶ?」
あ、遊ぶ?
遊び?
「お、おお、おはようございます、アリア様。な、何故こちらに?」
「あら、リナ、おはよう。昨日の夜ね!あ.....パパ達には黙っててくれる?」
場合によっては、少し了承しかねるが...。
「...承知致しました」
「よし、昨日の夜ね!探検してたの!」
「た、探検でございますか?」
「そう、夜の屋敷を歩いたり、庭に行ってみたり!」
「も、門の外へは?」
「流石にそこまではしてないよ。そんな事したらルドーにバレちゃうじゃない」
「あはは、ですよね...」
祖父は警戒心が強く、この屋敷の敷地内に誰かが入った時点で気が付く。
庭で遊んでいたとなれば、恐らく気付かれていただろう。
となれば、私が旦那様に報告しなくても、伝わる!
これでアリア様との約束を破らずとも、旦那様の耳に入る。
「カルマ、今日は何して遊ぶ?!」
「うーん、そうだなー...」
「アリア様、カルマ様、まずは朝食を摂ってもらわなければ」
「そうね、また後から決めましょ!」
アリア様は朝から元気なお方だ。
以前まではもっと物静かな方だと思っていたのだが。
これも学校の影響なのだろうか。
アリア様は自室に戻り、身なりを整えて来ると行ってしまわれた。
私はカルマ様の支度のお手伝いを。
「リナ、ありがとう」
わ、笑った....?!
昨日まで死んだ魚の様な目をしていたこの方が、頬やかな笑顔をお見せに....。
か、かか、可愛いぃ!!
な、なんとも、愛らしい笑顔。
「リナ、どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
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