カルマ=ジ=アルバ
僕は今日、生まれ変わった。
昨日まで下民だった僕が、今日からは貴族だ。
しかも、貴族の中でも最高位の家柄の子供だ。
僕にそんなの務まるだろうか。
「やぁ、ただいま」
「おかえりなさい」
オルトさんに手を引かれ、屋敷に入ると、マナさんが迎えてくれた。
「無事報告してきたよ」
「そう、よかったわ。そ...そろそろ....いいかしら....」
「あ、ああ。いいんじゃないかな」
何の話をしてるんだろう。
オルトさんは苦笑いだし。
ふとマナさんの顔を見た。
それが引き金となったのか、マナさんの口角が上がった。
その瞬間、僕の視界が真っ暗になり、柔らかい何かが僕の顔を埋めつくした。
「
な、何だこれ、急に視界が....。
それになんかいい匂い...?
「ああーんっ!可愛いわぁ!昔のオルトを見ているようで耐えられなかったの。ずっと、こうしてみたかったのぉ!!」
も、もしかして今、僕抱きしめられてるの?!
「
「大丈夫ですよ!今、アリアは学校に行ってますのっ」
え、学校?
と言うか、さっきので伝わったんですね...。
「
「あら、逃がさないわよ?」
「まぁマナ、それくらいにしてやってくれ。カルマも遠出して疲れているも思うから」
「あらあら、もう少し良いじゃない」
「今後についてカルマと少し話をしたいんだ。それに、もう僕たちの子供なんだから、いつでも抱きしめられるよ」
「それもそうですね。ごめんなさい、カルマ。少し理性を失っていましたわ」
いや、少しどころか欠片もなかったですよ。
と、言うかオルトさん?
僕にこれを断る権限はないんですか?
「お茶を用意しております。どうぞ中へ」
「帰ってきたばかりで済まないな、ルドー。お前も少し休むといい」
「ありがとうございます」
僕たちは一息つくために、いつも食事をとってる食堂で席に着いた。
「それでレンとはどんな話をしたの?」
「いろいろと聞かれて困ったよ。流石と言うべきか変なところで勘が鋭いから」
「まぁ一応この国の王ですからね」
す、凄い言い様だな、王様に向かって。
こんな事本人に聞かれたらただじゃ済まなさそう。
「....あ、あの、王様とは仲が良いんですか?」
「うん、そうだね。僕たちは同じ学院の同期だからね。簡単に言えば友達みたいなもんさ」
お、王様と友達....。
「懐かしいわね。あの頃の2人はまるで馬が合ってなかったもの」
「ああ、そうだね。あいつとはしょっちゅう喧嘩してた気がするよ。いつからかな、こんなに話すようになったのはーーー。僕たちの結婚式からだったかな」
「あら、何があったのかしら、気になるわ」
本当にこの2人は仲が良いな。
お似合いって言うか、なんと言うか。
運命?って感じ。
「そうそう、そう言えば今日は助かったよカルマ!」
「....?」
「ほら、レンに姓を聞かれた時だよ!確かギル...だったか。よく咄嗟に思いついたね!」
「...あれは父さんの名前なんです。ふと頭に浮かんだのが父だったので」
「そう...だったのか。あの場で思い出てくるほど君は父の事を慕っていたんだね」
僕は小さく頷いた。
「どうしたのオルト、妬いちゃった?」
「そそそ、そんな事ないよ!ははは。そんなことよりカルマ、君はもう僕たちの子供なんだ。いつまでそんな態度をとっているつもりだい?」
「...?」
「そーねー。ずっと敬語のままだなんて距離を感じるわ」
「君の慕っている父の代わりになれるとは思っていない。だが、第二の父として、どうか僕の事も慕ってはくれないだろうか。まずは呼び方を変えてみるとか!」
呼び方...。
貴族って両親の事なんて呼ぶんだろ。
父上、母上?
うーん、なんかしっくりこないな。
「....お父様、お母様」
「うんうん」
「はぁ...可愛いわ」
「...なんか恥ずかしいです」
「初めはそんなものよ。少しずつ慣れていけばいいわ」
「...はい」
でも、本当にいいのだろうか。
こんなどこの下民とも分からない僕を。
オルトさんは何度も大丈夫と言ってくれたけど、他のルドーさんやメイドさんはどうなんだろう。
色がない分、余計に僕を見る目が鋭く感じる。
「そうだ、カルマには専属の執事を付けようと思う。ルドー、連れてきてくれるかな」
「かしこまりました」
え.....?
専属?執事?
「そう慌てる必要はないよ。貴族の男児には専属の執事を付ける決まりなんだ」
「....決まり?」
「そう、女児は指南学校に行き、男児は家で専属の執事に教育を受ける。この国ではそういう風習がある。まぁ例外もあるけどね」
ふーん、そんな風習があるんだ。
しばらくしてルドーさんが連れてきたのは僕よりも少し背の高い美少女。
ポニーテールがよくお似合いだ。
「この子は私の孫で今は執事見習いとして業務をこなしております。身内
ル、ルドーさんの孫?
全然似てないや。
「さ、ご挨拶を」
「リナ=シエルと申します。まだまだ未熟者ではありますが精一杯お仕えさせて頂きたく」
「リナ、この子がカルマだ。急な事だが、よろしく頼むよ」
「はい、旦那様」
うんうん、とオルトさんは頷いていた。
「さ、カルマも自己紹介」
え、僕....?
「....はい。カルマ...です。よろしくお願いします」
「「....」」
数秒の沈黙が食堂に訪れた。
「そう言えば、王宮でもこんな感じだったな」
「あらあら、いいじゃない。昔のあなたにそっくりよ」
「ええ、そうかな?」
この状況どこかで見たような。
デジャブだ。
「それでは私はそろそろアリア様のお迎えに行って参ります」
「あら、もうこんな時間なのね。ルドー、いつもアリアの送り迎えをありがとう。私もそろそろマリンのところへ戻るわ」
「勿体なきお言葉にございます」
「さ、僕も執務を片付けないと....。リナ、カルマのこと頼んだよ」
「かしこまりました、旦那様」
急にみんな居なくなってしまった。
美少女と2人っきり...。
再び食堂に沈黙が訪れた。
き、気まずい...。
「....はぁ..」
ここに居ても暇だし、部屋に戻ろう。
ずっとこんな格好してるのも疲れるし、着替えあるかな。
僕は席を立ち、食堂を出た。
コツコツコツ....。
すぐ後ろから足音が聞こえる。
....絶対着いてきてる。
もしかして、このまま部屋の中まで着いてくる気じゃ...。
ーーーー来た。
美少女と2人っきりの部屋。
気まずい。
気まずいから部屋に逃げて来たのに。
「...ここは僕の部屋です。どうして着いてくるんですか?」
「私はカルマ様の専属執事でございます。常に傍にお仕えするのが務め。どうぞお気になさらず」
そういう訳にはいかないよ。
僕は一人になりたいのに...。
この静寂した時間が永遠と続いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コンッコンッ
ノックの音で目を開けると、灰色の太陽が沈みかけ、窓の傍にはリナさんが立っていた。
「...は、はいっ」
「失礼致します。カルマ様、夕食の準備が出来ております。食堂にて皆様がお待ちです」
え、もうそんな時間なの?!
もしかして、僕、ずっと寝てた?
それに、リナさんがまだ居るってことは...。
僕がずっと寝てた間、リナさんはずっと立ってたって事?
どうしてそこまで...。
「カルマ様、リナはどうでしょう。何か失礼をしておりませんか?」
「...失礼だなんて、そんな。リナさんはルドーさんに似て凄い執事だと思います。素っ気なくした僕に、ずっと付き添ってくれていた。それが何よりもの証拠ですよ」
微笑みかけた時、リナさんは少し驚いているようだった。
「左様でございますか。不甲斐ない孫ではありますが、今後ともよろしくお願い致します」
「....こちらこそお世話になります」
「それと、私共使用人に対しては敬称は不要です。どうか、ルドーとお呼びください」
「....じゃ、じゃあ、ル、ルドー.......サン」
「わはははは、旦那様同様、少しずつで構いませんよ」
などとたわいの無い話をしながら、僕達は食堂へと向かった。
食堂には既にオルトさん、マナさん、アリアさんが座っており、残すは僕だけとなっていた。
「....すいません。お待たせしました」
「いや、構わないよ!主役も登場したことで改めて紹介するよ!この子が今日から僕達の家族となるカルマだ。何れはアルバ家の、強いてはこの王国の一翼を担う男になるだろう。僕はそうなる事を祈っているよ。これからよろしく!」
オルトさんがそう言い切るとマナさんとアリアさんも席を立ち始めた。
「この良き日を祝福して、乾杯!!」
みんな同時にグラスを少し上げ、一口飲んだ。
まるで、打ち合わせたかのように揃っている乾杯に圧巻されつつも、僕も後からグラスを持ち上げた。
「さぁ、みんなたくさん食べて飲んでくれっ!!」
今日はいつもと違って使用人達も席に着いて食事をしている。
どこか今日は雰囲気が緩いっていうか、なんというか...。
「気づいたかい?これは君を歓迎する
なるほど、だから僕以外全員揃っていたんだ。
「君の口に合うか分からないが、ご馳走を用意したから是非食べてくれ!」
「...ありがとうございます」
少しテンションの高いオルトさん。
恐らくグラスにいっぱい入ったお酒のせいだろう。
「あらあら、オルト酔ってるの?」
「まだまだ、マナには負けないよ!」
マナさんこそ大丈夫かな?
もう既に空のグラスがたくさん...。
「じーー...」
それよりさっきからずっと見られてる。
視線の主は....アリアさんだ。
食べにくい...。
ん、前にもこんな事が.....。
「あら、アリア、どうしたの?食事に手を付けていない様だけど...」
「ううん、なんでもない」
嘘だ。
絶対に嘘だ。
だって食事に手を付けないで、ずっと僕の方を見ていたんだから。
...きっと、僕の事を不快に思ってるんだ。
その後、パーティは何事もなく終わった。
僕は寝るために、お風呂に入ろうとした。
「ご一緒します」
「....どういう意味...ですか?」
「ですから、ご一緒にお風呂に入り、お背中を流して差し上げようかと」
「だ、だだ、ダメだよ!男女でお風呂入っちゃ!!ぼ、僕でも1人で入れるからぁ!!」
逃げてしまった。
せっかく僕の為に言ってくれたんだろうけど、母さんが居なかった僕は、女っ気が一つもないんだ。
女の人と裸でお風呂に入るなんて....。
ううん、想像も出来ないや。
風呂から出ると、入口の所でリナが待っていた。
また、待たせてしまった。
そして、また、部屋まで着いてきた。
「....リナさんは寝ないの?」
「私はカルマ様がお休みになられた後に」
「....そう。じゃあ僕はもう眠るからリナさんも休みなよ」
「はい。そのつもりです」
あ、あれ?
なんか怒ってる?
僕は逃げるように背中を向け、横になった。
「....私にも祖父同様、敬称は不要です。どうぞ、リナとお呼びください」
後ろから聞こえたその微かな声はどこか弱々しかった。
気になった僕は振り返り、彼女を見たが昼と変わらない姿だった。
「....リ、リナ...。明日からもよろしくお願いします」
「はい。それと、私に敬語は不要です。主が専属執事に敬語を使っていては、他の貴族様から舐められてしまいます」
「...わ、わかった...よ」
そう言って僕は目を閉じた。
しかし、目を閉じても眠くなる気配はなく、僕の瞼には午前中の光景が映っていた。
華やかな王庭に、巨大な城。
玉座の間に関しては最早、異世界にすら感じた。
それに僕より大きな体でその何倍も大きな威圧の王様。
まさか下民の僕が、王様に謁見するなんて、つい最近までは夢にも思わなかった。
昼寝をしたせいなのか、午前にあった出来事のせいなのか、僕はなかなか眠ることが出来ずにいた。
このままだと、リナに申し訳ないな。
狸寝入りでもして、早く戻って貰わないと。
「スゥー、スゥー」
僕の寝息を聞いたリナは、ようやく部屋を出ていった。
ふぅ、やっと独りになれた。
にしても、本当にすごい執事なんだろうな。
動作の一つ一つが丁寧だし、待っている間もピクリとも動かない。
流石だよ。
僕にはきっと無理。
しばらくして再び扉が開いた。
ま、まさか帰ってきた?
狸寝入りがバレたとか....。
入ってきた人物はベッドに近寄り、あろう事かベッドに乗りかかってきた。
「ねぇ、起きてる?」
この声はリナじゃない。
この幼い声は.....。
「あ、起きてる!よかったーー!」
アリアさんだ。
「....どうしたん...ですか?」
「探検しない?!」
「....しないです」
「ええー、なんで?」
「....なんでって、夜...ですから」
「夜だからじゃん!私、ずっと前から夜の屋敷を探検してみたかったの」
「....お、お独りですればいいじゃないですか」
「だって...怖いもん」
そ、そんな可愛く言われても....。
「ねぇ、行こっ!」
「....無理ですよ、僕だって怖いんですから」
「2人だったら怖くないよ!」
そういう問題じゃないんですよ。
ただでさえ、今日はリナさんという美少女とずっと一緒だったのに、夜まで美少女と一緒だなんて....。
まさか、アリアさんがこんなにもお天馬な子だとは思わなかった。
「....僕は最近大切な人を亡くしたんです。今、探検とかそういう気分じゃないんです」
少し冷たすぎたかな。
「うーん?よく分からないけど、その大切な人は君のそんな姿を望んでるのかな?」
「え?」
「もし私だったら、少しでも楽しく生きて欲しいなって思うよ」
流石、親子だ。
オルトさんにも似たような事を言われた。
分かってる。
分かってるけど、でも....。
「...独りなのは変わらない」
「独りじゃないよ」
「...独りだよ。僕には父さんも母さんも、友達だって...」
「私がいるよ!」
「え...?」
「パパやママ、ルドーたち使用人、みんなが君の事を家族だと思ってるよ!」
「...そんなの上辺だけに決まってる」
「もぉ!どうしてそんなにひねくれてるの?!」
「ひ、ひねくれって...」
「少なくとも私は本気で思ってるもん!妹はいるけど、弟はいないからずっと欲しいと思ってたの。...あ、でも、もう
僕にはこの子が...。
「それより、このままじゃ夜が終わっちゃう!ほら、行こっ」
アリアさんは僕の手を掴んだ。
僕とアリアさんは静かに、しかし勢いよく部屋を出た。
その瞬間、僕の心の何かが砕ける音がして、徐々に視界が色付いてきた。
「お兄ちゃん、まずはどこに行こっか!」
「同い年なんだ、お兄ちゃんはやめてよ。カルマでいいよ」
「じゃあ、私の事もアリアって呼んでね!」
「わかったよ、アリア....」
きっときっかけは何でも良かったんだ。
誰かに無理やり連れ出して欲しかったのかもしれない。
いや、この子だからだろうか。
色の着いた君はまるで女神様のようだ。
辺りは暗いはずなのに、彼女の背中は、なぜか眩しく見えた。
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