王との謁見

 

「カルマ、あの門を潜れば中央区だよ」


 オルトさんの指している方を見ると、王国の外周を囲っている城壁と同じぐらいかそれ以上の城壁があった。

 その下は全て水堀となっていて、門へ行くには一度橋を渡らなければなかった。

 橋は木製で鎖によって城壁に固定されている。


 それにしても、不思議な形をした橋だな。


「この橋はね、元々敵が攻めてきた時に上がるようになってるんだよ」

「....敵?」

「そう、まぁでも敵なんて当分来ないと思うけどね!」


 下民の、しかも子供の僕にはこの国の外交などさっぱりだ。


「さ、ここからが中央区だ!」


 その声と同時に馬車は門を潜り終え、そこには広大な庭が広がっていた。


「中央区はね、街じゃなくて王城のことを指すんだ」


 え、ここ全部が王宮の敷地なの?!

 さっき通ってきた二街区と同じくらいの広さなのに...。


「王の偉大さを示す巨大な城、王家の華やかさを示す庭、そして、この国の力を示す軍事施設など、まだまだ細かいものもあるけどそれらが集まってできたのが中央区だよ」

「....」

「き、聞いてるかい?」


 僕はこの時、初めて見る華々とした光景に見とれてオルトさんの言葉は頭に入っていなかった。


 きっと色があればもっと綺麗に見えたんだろうな。

 灰色でもこんなに綺麗なのを見たのは初めてだ。


 そう思いながら見とれていると庭は終わり、馬車は止まった。


「さぁ、着いたよ」


 馬車から降りてみると見上げれば、反り返ってしまうほど巨大な城が建っていた。


「....で、デカい」

「そうでしょ!この城はね、50年くらい前にーーー」


 僕がオルトさんに着いていこうとした時、少し離れたところに馬車がもう1台止まった。


 あの人たちも貴族なのかな。


 どんな人が出てくるんだろうと眺めていると扉が開いた。

 中から出てきたのは、白髪のとても美しい少女。

 先程通った庭よりも豪華な服装はその身分を十分に示していた。


「「姫様、お帰りなさいませ」」


 ひ、姫様?!


 目の前に映る光景が信じ難い僕だが、少女を出迎える使用人の数が真実を物語っていた。

 そして、姫様と呼ばれる少女の後ろには黒髪、いや、紫色の長い髪の少女が付き添っていた。

 その少女の腰には棒のようなものが刺さっている。


 あの棒は何に使うんだろう...。


「カルマ、早く着いておいで!」


 はっ、行かなきゃ。


 すっかり少女達に見とれていた僕はオルトさんに目で返事をして去り際にもう一度少女達を見た。

 オルトさんの声に気づいたのか、2人もこちらを伺うように見ていて、丁度目が合った。

 白髪の少女は赤い瞳。

 紫髪の少女は髪と同じく紫の瞳。

 見とれるほど、二人とも綺麗な目をしていた。


「カルマ様?」


 次はルドーさんの声で我に返り、今度こそオルトさんの後を追った。


「誰かいたのかい?」

「....い、いえ」

「フリーシア王女かい?」

「?!!」


 ば、バレた?!!


「あはは、そんな驚かなくても分かるよ!だって顔が真っ赤だもん!」


 ...恥ずかしい。


「でもフリーシア王女はやめておいた方がいい。あの子の親は大の親バカだから」


 お、親バカ?

 そもそも僕は下民だ。

 一国の王女に恋するなんて許されるわけが無い。


「さぁ、ここが王様のいる玉座の間だよ」

「...でっ?!」


 デカすぎる。

 建物も巨大ならばその扉も必然と大きくなるなんて。

 オルトさんのような成人男性が10人分くらいの大きさはある。


 その扉の脇には兵士が居た。

 2人ともキラキラした鎧を身につけ、腰には先程の少女と同じく棒のような物を指していた。


「すまない、アルバ家当主のオルト=ジ=アルバだ。レンバート王に謁見を頼めるかな」

「はっ!お聞きしております!扉を開けますので少しお下がりくださいっ!」


 1人の兵士が扉をノックすると、内側から別の2人の兵士が扉を押して出てきた。

 ギーッガタン、と音を立てて巨大な扉は開き、玉座の間が明らかになる。

 正面にはレッドカーペットが引かれ、その脇に柱が等間隔に並んでいた。

 奥の壁にはステンドグラスが施され、神々しい光が挿していた。


「カルマ、行くよ」

「はっ、はい...」


 今日は驚いてばかりだ。


 オルトさんは王の座る玉座の階段下まで歩き、そこで膝を着いた。

 僕も同じように膝を着いた。


「レンバート王、アルバ家当主オルト様が起こしになっております」

「ん?おお、来たか。皆の者は下がってくれ」

「「ははっ」」


 王の指示で文官や兵の全員が早急に玉座の間を後にした。


「多忙の中、このような間をご用意して頂き誠にありがとうございます」

「良いっ!俺とお前の中だ。そんな堅苦しいのは止めろ」

「....まさか本当に全員追い払うなんてね。コーキさえいないじゃないか」

「コーキは今、フリーシアと一緒にエステに行っている。そろそろ護衛をと考えていたからな」

「あーなるほど、だからここにいたのか。フリーシア王女なら帰ってきてるぞ」

「何?!フリーシアちゅぁんが帰ってきたのぉぉお?!!何故一番に俺の元に来ない?!かくなる上は俺から会いに行くしかない。おい、オルトとっとと用を済ませろ」


 うっ、背筋が凍る。

 これがオルトさんが言っていた親バカと言うやつか....。


「まだ、来たばかりなんだが?それに事前にマナから聞いてるだろう」

「ああ、で、その子が例の子か」

「そうだ」


 例の子?

 もしかして下民ってことを....。


 レンバート王の視線からは圧力が感じられ、顔を上げることが出来ない。

 僕は固唾を飲んだ。


「カルマ、自己紹介をして貰えるかな」


 オルトさんの掛け声でようやく圧力の呪縛が解けた僕は、レンバート王と目を合わした。

 王の赤い瞳は僕の全てを見透かされているようだった。

 そして、なんといっても王女と同じ白い髪。

 容姿からして本当に親子なんだなと思った。


「....は、初めまして。カルマと言います」

「「.....」」

「....?」

「「それだけ?!」」

「...は、はい」


 オルトさんは笑っていたが、ギルバート王は額に手を当て溜息をついていた。


「認めよう。こやつはお前の子だよ」

「はっはっはっ、は?な、何を根拠に...?」

「自己紹介の仕方だよ。お前も最初は名前しか言わなかっただろ!」

「あれ、そうだっけな。あははは...」

「少なくとも名を言ったなら姓も名乗れ。名と姓はセットだろう。で、その子の姓は?」

「え、えーと...」


 オルトさんはチラッと僕の方を見た。

 だが、下民である僕に姓などない。


 急に振られても....。


「....ギル。カルマ=ギルです」

「ギルか...。珍しいな」

「エステ出身なんだ!ほら、あそこは色んな姓があるから」

「そうだな。で、相棒選エレヒールは済んでいるのか?」


 相棒選エレヒール

 何それ。


「出会った時に誕生日を迎えたと言っていたね。その日の夜に夢を見たはずだ。そこで何色を選んだか話して欲しい」


 夢の儀式の事か。

 確かにあの日、僕は5歳になり夢の儀式を行ったが、これといって特に変化は無かったのだが。


「...黒い玉を選びました」

「黒か...。話はしたか?」

「...は、話?話がてきるんですか?」

「いや、なんでもない、忘れてくれ。まぁ平民との子なら下位竜ニベルとなっても不思議では無いか」


 へ、平民との子?


「まさか、お前に隠し子が居たなんてな。俺はマナ一筋だと思ってたんだが」

「僕もそのつもりだったんだけどね...はは」


 か、隠し子?!

 待って。

 僕が?オルトさんの?!

 確かに養子にしてくれるって言う話だったけど、王様に嘘をつくなんて...。


「貴族なら愛人の1人や2人居てもおかしくは無いがな。しかし、あの鉄の処女も丸くなったものだ。昔のマナならお前殺されてたぞ」

「あ、ああ、僕も覚悟してたよ。でも今のマナは昔とは違うからね」

「お前が来る前までは想像も付かなかった。それ程までの冷徹さだったんだよ」


 どうやら僕はオルトさんとその愛人との間にできた隠し子となっているらしい。

 話によるとその愛人さんが死んで僕が1人になり、オルトさんの元を訪れた、と言う設定になっていた。

 それにしても少し、いや大分マナさんの過去が気になるな。


「相棒選が終わってるとなると契りをしなきゃな」


 契り...?


「いや、契りは内々でやるよ。もぉ機会はすぎてる上にこの子を公にするのはあまり気が気でないからね」

「伝統を破れば上が黙ってないが...。今回は事が事だからな。ゴート卿に知れればお前は殺されるだろうな」

「あ、ああ..。それが一番恐ろしいよ....」

「ま、とりあえず、そういうことにしておこう。アリアの時はするのだろ?」

「ああ、もちろんさ!その時は盛大に祝ってくれよ!」

「ああ、任せておけ」


 こうして僕とオルトさんは玉座の間を後にした。


 それにしても、最後の契りってなんだろう。

 2人が話している感じ、とても大切な事なんだろうけど...。

 ま、聞くのが早いよね


「...オルトさん」

「あっ、すまない。少し此処で待っていてくれ」


 え...?


 別れた廊下の先に1人の女性が立っていた。

 オルトさんは小走りで彼女の元に駆け寄った。

 少し遠い僕には何を話しているのか分からなかったが、2人はとても楽しそうに会話をしていた。

 少しずつ僕の方に近づいてきている。

 会話の内容が聞こえてきたが、途中から聞いている為、なんの事だか、さっぱりだ。


「じゃあそろそろ行くよ」

「ええ、また今度皆で食事をしましょう」

「ああ、もちろん」


 なにその口約束...。

 ま、まさか、あ、あれが本当のあ、愛人ってやつなのか?!


「ん?どうかしたのかい?」

「い、いえ!なんでもないです...」


 その後は何も無く、来た道を通り、馬車に乗った。

 そして、僕らは帰路に着いた。


「そう言えばカルマ、さっき何か言いかけていなかったかい?」


 あ、契りのことを聞こうと思ってたんだ。


「...あの、契りってなんですか?」

「ああ、レンが言ってたことか...。僕たち十貴族は王への忠誠を誓うために契約を行う。それが契り。方法としては王の身につけている物を貰うんだけど、貰うものは家によってそれぞれ決まっている。例えば、サンシスタ家ならピアス、ヘキサート家なら手袋、クロノス家は剣って感じで別れてるんだ」

「....な、なるほど」

「ちなみに僕たちアルバ家は指輪」

「...指輪」

「そう。でも、今となっては自分たちで用意したものを王に渡してもらうって感じで形式的なものになってるんだ。だから僕はあまり気が進まない」


 それであの時、憂鬱な顔を...。


「さて、カルマも今日からアルバ家の人間だ。君の指輪はどうしよう...。どんなデザインにしてもらおうかな...。そうだ!君の今、首に下げている指輪を借りられないかな?」


 え...父さんと母さんの指輪を?


「その2つの指輪をベースにするのはどうだろう。きっとこれも何かの縁だ。カルマが嫌でなければだけど」


 これは父さんと母さんの形見であり、宝物だ。

 僕の一存で加工してもらう訳にはいけないと思う。

 でも、今の僕の指では、身に付けることが出来ない。

 だから、今はこうして首から下げているんだけど...。


「...加工すれば僕でも身に付けることができますか?」

「そーだね。僕の知ってる装飾品職人は一流だ。君に合う細工をしてくれるはずだよ」


 父さんと母さんが付けていた指輪を付けれる。

 きっと父さんと母さんも喜んでくれるよね。

 

 そう思った僕はオルトさんに指輪を渡した。

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