第39話『体育祭⑥《閉会式》』
「かっこい〜〜〜〜!!」
水川千雨は興奮していた。
「ね、ね、まじかっこよくないー?」
興奮するあまり、隣でマイクの位置を微調整していた親友の漆真姫に同意を求める。
千雨は入場門近くの放送席にお邪魔し、特に教師からのお咎めもなく真姫と一緒に『青風院代表リレー』を観戦していたのだが、アンカーである蒼介の劇的な活躍に心を打たれ、気分が最高潮に達していた。
「え? あー、うん。かっこよかったね、みんな」
真姫は相変わらずの爽やかな声で返した。
「でしょー!? いやもーまじ感激だなー」
千雨は身振り手振りで、気持ちの荒ぶりを表現した。興奮冷めやらぬ、とはまさにこのことだ。
「千雨、今日テンションおかしくない?」
ふいに、微笑を浮かべた真姫が言った。
「え、そうー?」
「そうだよ。千雨が明るいのはいつものことだけど、今日はなんか、ベクトルが違うというか」
「あ〜⋯⋯」
たしかに、と思った。
千雨の容姿は三白眼と色素の薄い顔を持ったクールな美人だが、その印象に反してかなり陽気な性格をしている。誰とでも気安く話すし、感情が顔に出るタイプで、よく友人たちから「千雨はギャップ萌えがヤバい」と評されたりもする。
そんな千雨であるがゆえに、自分と同じ赤組がリレーで一位をとって元気よく舞い上がるのは、なんらおかしなことではない。
だが、真姫は“おかしい”と指摘した。
なぜだろうと千雨は頭を捻り、色々と考えた結果、ある一つの結論に辿り着く。
「もしかして⋯⋯恋かもー」
「はぁ? 恋ぃ? 誰にぃ?」
真姫に怪訝な声で聞かれ、千雨はじんわりと熱くなった頬を意識しつつ、答えた。
「蒼介くん」
「理由は?」
「さっきのリレー見たでしょー! 超速かったー!」
「いや小学生かっ」
真姫は苦笑してツッコむが、当の千雨本人には絶対的な確信があった。
というのも、前々から蒼介のことは気になっていたのだ。千雨が一年生のとき、蒼介と同じクラスだった。彼と接触した思い出は一つもない。でも、こちらが勝手に強い印象を抱くようなことは何度もあった。
彼の男前なのにどこか気の抜けたような顔には何回も目を奪われたし、抜群の運動神経も傍から見ていてかっこいいと思っていたし、意外と天然なところも可愛いかった。
つい最近も、歩道から彼と伊織が河川敷の道を走っている姿を、朝練に向かう途中で見かけた。
千雨の想像が正しければ、あれはきっと蒼介が友達の伊織のためにジョギングに付き添ってあげていた。
事実伊織はマラソンに出場していたし、そのための体力作りが目的だったのだろう。
あの時は、友達思いの蒼介に感心するだけだったが、これまで積もり積もった彼への印象が、ついに恋心に変わったのかもしれない。
今しがたの蒼介の大活躍が、最後のトリガーとなって。
(うわーまじかー。よりにもよって、人気者の蒼介くんかー。ファンクラブもあるみたいだしー。あー、前途多難だなー)
千雨は自覚してから、蒼介の高い競争率に嘆いた。
けれど、諦める気にはなれなかった。
やるだけやってみよう。
がんがんアピールしてみよう。
千雨はそう決心する。
やらない後悔より、やる後悔なのだ。
*
伊織は競技終了後、同じチームの熱井、東山、丸川、美也子、蒼介と集合し、退場門から競技用グラウンドの外に出た。
「伊織くん! よく諦めないでくれた! ありがとう! 素晴らしかったよ!」
退場門から出ていく途中、熱井は伊織の健闘を称え、しまいには熱いハグもかましてきた。肩が濡れていたので熱井の顔を見ると、瞳が涙で溢れていた。
この男、熱い。熱すぎる。伊織は正直ちょっと引いたが、彼の情熱に元気をもらえたこともまた事実。好きにさせておいた。
「ひぐっ⋯⋯ひぐっ⋯⋯あしゃみやしぇんぱい〜⋯⋯すごすぎますぅ〜⋯⋯えぐっ、えぐっ」
熱井はいいとして、美也子も大号泣したのは驚きだった。嗚咽を漏らし、蒼介のことを称賛している。
隣で丸川が背中をさすっていた。
「みんなで勝ったんだよ」
美也子の褒め言葉に、蒼介はあっさり返す。
シンプルでいて、これ以上ない返答だ。
話を聞いていた東山が、会話に割り込んだ。
「いやーでもまじすごかったっすよ、朝宮先輩。あそこから逆転するとかまじやばいっす。チーターぐらい速かったっす。尊敬っす」
「ども」
「どうやったらそんな風に走れるんすかぁ? 気になるんすけど」
「別に、頑張って走っただけ」
「えー? 本当っすかぁ? 調べてみたくなりましたねぇ⋯⋯あ、そうだ。今度競走しましょうよ。朝宮先輩の走りを吸収したいっす、俺」
東山が小学生みたいな提案をする。
「鬼ごっこならやる」
それに小学生みたいな条件を付ける蒼介。
伊織はつい吹き出し、自分が笑われたと勘違いした美也子から詰められる。
(──楽しかった)
伊織はあと数十分もしないうちに終わってしまう体育祭に一抹の寂しさを覚えながら、美也子のうざ絡みをあしらった。
その後、他に仕事のある熱井や丸川とは先に別れ、次に一年生の応援エリアに戻っていく美也子と東山を見届けると、伊織は蒼介とふたりきりになった。
「なぁ、伊織」
自分たちの応援エリアが残り五メートルと迫ったところで、蒼介が口を開く。
「なに?」
「リレー、お疲れ様」
「あ、うん⋯⋯蒼介も、お疲れ」
「おう」
そこからわずかに沈黙が落ち、蒼介は二の句を継いだ。
「楽しかったな、体育祭」
そう言った蒼介の顔は、満天の笑みに満ちていた。
「うん!」
伊織はそれに、今日一番の笑顔で答えた。
*
──以下余談。
『閉会式』も、見どころがたくさんあった。
『開会式』同様荒ぶっていた鈴零や無駄に話が面白い校長、吹奏楽部の圧巻の演奏はもちろんのこと、最終の結果発表が大いに盛り上がった。
まず、最終得点では赤組が接戦の末に優勝。
赤組 781点
青組 685点
緑組 775点
次に、応援団によるパフォーマンス審査では青組が優勝。三つの色組の中で最も技術面が優れていたところに、評価が集まったか。
最後に、応援旗のデザイン審査は緑組が優勝。
翡翠色に輝く美しい龍を主体として描かれており、幻想的世界を彷彿とさせる様はもう圧巻の一言であり、芸術性と独創性に富んでいた。
応援旗としてはぶっちゃけどうなんだと思わなくもないが、この結果は当然と言えよう。
これですべての部門の優勝が発表された。
よって、三つの色組が仲良く一つずつ優勝したことになる。平和な世界だった。ラブ&ピースである。
「まぁ、得点で一位だった俺たち赤組が実質的な勝者だったけどな」
『閉会式』後、伊織と教室に戻ってきた影光が不敵な笑みでそう言った。あれだけ体育祭に愚痴を吐いていたのに、いざ勝ったら誰よりも嬉しそうにしている。
なんだかんだ、影光も楽しんでいたのかもしれない。
──ともあれ。
これにて、伊織の憂鬱な体育祭は幕を閉じることになった。
はてさて来年は、いったいどんな体育祭になるのだろう。
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