第37話『体育祭④《マラソン&学年別リレー》』
お昼休憩が終わり、午後のプログラムが開始された。
プログラム17番『応援合戦』。
何日も練習を積んできたことが伺える、洗練されたパフォーマンスを各色の応援団がそれぞれ披露する。
赤組は流行りの曲とダンスを取り入れたウケ重視⋯⋯とだけ言えば印象は悪いが、練習量は凄まじく、キレキレの動きを見せつけてくれた。あまりにキレが良すぎたものだから、どっと笑いが沸き起こってしまう。だがどうやらそれが狙いだったようで、お笑い枠に全振りして評価を稼ぐ気らしい。
青組は団員全員が青い袴に身を包み、太鼓の音に合わせて“演舞”する。格式高い舞は荒々しくもどこか統一性を持っており、太鼓の音との掛け合わせがより迫力を増していた。男子も女子も惚れ惚れするほどにかっこよく、とりわけ団長である戸田鈴零の舞が水際立っていて、見た目通りの大和撫子ぶりを発揮していた。普段のデレデレとした姿とのギャップがすごい。
緑組は団員が片手にメガホンを携え、ひたすら掛け声と体を叩いて音を鳴らす。一見芸がないように見えるが、体育会系の生徒が集まっているおかげで十分さまになっていた。シンプルだからこそ、パワーに溢れた演技が映えるのだろう。
(ちなみに、午前のプログラム終了時の中間結果は緑組が独走状態だった)
以上、三色の応援団による『応援合戦』が幕を閉じ、伊織はパフォーマンスの余韻に浸る余裕もなく、入場門近くの待機場所に向かった。
次のプログラム20番『男子2000mマラソン』に出場するためである。
担当教員の指示に従い、トラックの内側に並ぶと、伊織の緊張が高まってきた。
もう数分後には、自分は手と足を動かして地面を蹴っている。そう考えると、否が応でも体が石のようにかたくなってしまう。
はたして、ちゃんと走り切れるのだろうか。
結論から言えば、走り切れた。
案外、すんなりといけた。
約2キロを、バテずに消化できた。
途中、石ころが靴の中に入るというアクシデントに見舞われたり、最下位でゴールする時にわざわざ張り直された善意のゴールテープを切って恥ずかしくなったりはしたけれど、危惧していたような最悪の出来事は起きなかった。
順位は残念ながら最下位だったが、ドベ2との差はそれほど離れていなかったし、相手次第では最下位回避もありえたかもしれない。
他の人から見れば芳しくないだろうが、伊織にとっては、十分満足できる結果となった。
(蒼介の、おかげだな)
伊織の頭は蒼介への感謝でいっぱいだった。
いますぐお礼を言って何か奢ってやりたいが、彼には間もなく出番がある。
プログラム21番『学年別代表リレー』だ。
『学年別代表リレー』は『青風院代表リレー』とは違い、同学年の生徒で競う。一年男子、二年男子、三年男子、一年女子、二年女子、三年女子の順で計六回。
蒼介は言うまでもなく、二年男子の代表。
代表リレーを二つも掛け持ちしているところが、実にあいつらしいと伊織は思った。
そういえば、蒼介はサッカーでも超スピードが武器のFWとして活躍していたはずだ。
伊織は何度か試合を見に行ったことがあるが、蒼介は他選手を寄せ付けないトップスピードで相手チームを翻弄していた。しかもスタミナがある蒼介は、それを前半の最初から出場して後半の途中まで持続させてしまうから、相手からすれば常にプレッシャーをかけてくる厄介な存在でしかない。ドリブルも上手く、非常に優秀な選手だ。
ただ、肝心の決定力にやや欠けるところが、唯一にして最大の欠点だと、蒼介は監督に言われているらしい。
あの蒼介であっても、『青駆け』の高杉彼方のように、得点を量産することは難しいようだ。
だが、リレーにはボールもキーパーもディフェンスしてくる相手選手もいない。バトンパスなど重要な要素はあれど、基本的には走るだけでいい。
つまり、俊足の蒼介にとってはかなりの好条件が揃っており、もはや独壇場といってもいいだろう。
伊織は影光と真雪が待つ応援エリアに戻り、蒼介の活躍を見届けることにする。
ブルーシートに腰掛けると、真雪が労いをかけてくれた。
「伊織、頑張ったじゃん。お疲れ様」
「ありがとう」
「お前にしては結構善戦したな。まぁ最下位だったけど」
続く影光の言葉は最後の余計な一言を除き、嬉しいものだった。が、伊織よりも真雪が不満に感じたようで、影光の頭頂部をグリグリとひねる。
「いてててて! 何すんだよ真雪!」
「最後の一言余計だったから、おしおきね」
「じ、事実を言っただけだろ!」
「あんただって、100m走5着だったくせに」
「最下位じゃねーもん」
「下から数えたほうが早いから、似たようなもん」
「た、玉入れは一位だった!」
「あれはバスケ部の茜ちゃんが無双してただけだから、影光はほぼ関係⋯⋯なしっ!」
「あいたたたたたたっ!」
傍からはいちゃつきあっているようにしか見えない二人を横目に、伊織はスリーポイントシュートの要領で玉をカゴに投げ入れる瀧山茜の姿を想像してみた。
なんかシュールだった。
「真雪、もういいから。それより、もうすぐ蒼介の出番がくる」
伊織は影光に罰を与える真雪を制し、競技用グラウンドに目を向ける。
そのとき、どこからか「蒼介せんぱーい! 頑張ってくださーい!」と複数の女子による黄色い声援が聞こえた。
「うぅん?」と怪訝な声を発した影光が、「なんだ、あれ?」と訊くと、真雪が興味なさそうに答える。
「あぁあれね。なんか、朝宮くんのファンクラブらしいよ。私、勧誘されたことある」
「まじかよ。蒼介、ファンクラブとかあんのか」
「本人非公認らしいけどね」
「まぁあいつ、ファンクラブとか、そんな柄じゃねーしな」
「私もそう思う。⋯⋯それにしても、結構な数いる。あの人たち、自分の出る競技とか大丈夫なのかな? 緑組の副団長までいるし⋯⋯」
「⋯⋯まじで群れみたいだな」
蒼介ファンクラブの“群れ”とやらが、いったいどんなものなのか気になり、横目でちらっと確認する。
いかにも男性アイドルグループの追っかけみたいな限界女子たちが、わらわらと一つの塊になっていた。
塊は三つの色を持ち、蒼介と同じ赤組はまだしも、他の色はいいのだろうか。伊織は純粋な疑問を持つが、まぁどうでもいいかと思い、視線を競技用グラウンドに戻した。
ほどなくして、アナウンスがかかった。
トラックの内側で待機していた二年男子たちのうち、六人がスタート位置につく。利き足を前に出し、重心を傾け、手を構えた。
我が校の体育祭では、クラウチングスタートではなく、スタンディングスタートを採用している。
蒼介はアンカーの六番目を担っているようで、スタート位置の向かい側にある中継地点で待機していた。待機地点は二つあり、出発地点と中継地点。奇数の番に走る生徒が出発地点、偶数の番に走る生徒が中継地点にそれぞれ配置されている。
ちょうど400メートルのトラックなので、二つの地点を設置し、200メートルずつに区切ったというわけだ。
6人×200で1200メートルを走るルールは、『青風院代表リレー』である。
外側に向かうほど前にずれていくスタート位置を確認すると、担当教師がゴーサインを出した。
サインを受け取った女子生徒──顔ははっきりと見えないが、おそらく水川千雨だ。彼女は電子式のスターターピストルを持ち、銃口を空へと掲げる。
「よ〜い──」気だるげな掛け声の直後、パン!と音が鳴った。一斉に六人の生徒が走り出す。
フライングなどの違反はなかったようだ。
第一走者は数メートルほどまっすぐに走り、緩い弧を描くようにトラックのコーナーを曲がった。中継地点のスタート位置についた第二走者へバトンが渡る。
そのタイミングで、
(あ、目合った)
中継地点は応援エリアにいる伊織から見て手前側にあるので、割と距離が近い。ふいに蒼介を見たら、偶然にも視線が重なった。
伊織に気付いた蒼介は、親指をぐっと立たせ、そのまま自分を指した。
涼しい顔は保ったままだから、つい吹き出してしまう。蒼介がふざけるなんて、きっと見かけによらず、ノリノリなのだろう。
伝わるわけがないと思いつつ、伊織は「が・ん・ば・れ」と口パクで激励を送る。
蒼介は理解したのかしてないのか、一つ頷いた。
そんなやり取りをしている間にも、俊足自慢の男子たちが全力疾走で白線の外側を駆けている。配点の高い競技だけあって全員のレベルが高かったが、中でも先頭のチームが独走状態に入り、だいぶ後続を突き放していた。
というか、あれは蒼介のチームだ。
「これぇ、多分蒼介の出番ねぇなぁ」
影光が欠伸ついでに言った。
無論走る出番がないという意味ではなく、蒼介の本領を発揮するまでもない、という意味だ。
実際、その通りになった。
蒼介のチームは二位のチームとほぼ半周ぐらいの差をキープしたまま、順位の変動を脅かせされることもなく、安々とゴールテープを切った。
蒼介の性格上、手を抜いた走りをすることはなかったけれど、どのみち結果は圧勝だっただろう。
「なーんかつまんねぇな。接戦とか逆転とか、ハラハラする感じがほしいわ」
二年男子のリレー終了後、影光がつまんなそうに感想を述べる。
「赤組が勝ったんだからいいでしょ」
真雪がただちに反論する。
「もう一つの赤チームは四着だったけどな」
それをにべもなく嫌味で返す影光には、心底悪い意味で感心した。
リレーでは赤青緑の組がそれぞれ二つのチームを作り、合計六チームで走る。
理想はもちろん赤が一着二着で上位を独占することだが、そう上手く事は運ばない。
「それでも合計は赤組が一番点数稼いだから」
「二着三着の青組とほぼ変わんねぇよ」
「おりゃ!」
「あいたたたたたた」
影光と真雪の口論はなおも続いていたが、次の三年男子のリレーが始まると、収まった。
その後、赤組が三年男子と一年女子リレーの合計得点で一位を取り、流れが赤組に傾き始めた。
続いては、二年女子。アンカーはバレー部の漆真姫が務める。
(頑張れ⋯⋯みんな、漆さん⋯⋯!)
伊織としても、真姫には勝ち星を上げてほしい。
善人は報われるべきである。
そんな伊織の祈りが届いた結果ではないだろうが、真姫たち二年女子のチームも快勝に終わった。
もう一つの赤チームも三位入着。合計得点でも一位をとった。
赤組が緑組を総合得点でじわじわと追い詰めていくにつれ、伊織の責任が重くなり、気分も重くなる。
チームが勝つのは嬉しいが、ギリギリの勝負をされては『青風院代表リレー』の結果が重要になり、困ってしまう。
本日何度目かわからない憂鬱な気分に落ちていると、右の方から「いぇ〜い!」という掛け声と一緒にハイタッチする音が連続して聞こえてきた。
見ると、退場門から帰ってきた真姫が応援エリアの生徒たちと勝利のハイタッチを交わしていた。だんだんと伊織に近づいくる。
(まさか、このまま俺ともハイタッチする気!?)
伊織はあたふたと両手を震わせた。
いやいや、そんなわけないだろう。
そう一笑に付そうとしても、真姫ならあり得るのでは? 可能性は捨てきれない。影光と真雪は左に座っているので、友人たちでハイタッチorノーハイタッチの是非を確認することは叶わない。
数秒間悩みに悩んだ挙げ句、伊織はあくまで自然な体を装って、両手をふんわりと上げておくことにした。これなら仮にハイタッチがあったらすぐに対応できるし、なくても恥をかくことはない。
「いぇ〜い!」
真姫のハイタッチが、伊織のふたつ右隣の男子生徒と交わされた。緊張が走る。
客観的に見て、中途半端に両手を上げている伊織は違和感でしかないのだが、本人は気づかず、それよりも右で行われていることに全神経を集中させる。
ハイタッチが、右隣の男子生徒と交わされた。
真姫は、さも当然といった様子で伊織に顔を向け、
「
両手の平を、前に掲げてきた。
かっこいいと可愛いが共存したようなとびきりの笑顔と、やや低音の掛け声が、伊織のすべてを貫く。
嗚呼、神様仏様漆真姫様⋯⋯。
やはりあなたは天性の陽キャだったのですね。
親切に名前で呼んでくれたあたりも、絶対自分が呼ばれたことを確信できるのでありがたいです。
伊織は感謝の念を唱える。
「い、いぇ〜い」
小声で応じ、両手を合わせた。
ぱちんと控えめな音が鳴る。
伊織は、真姫の眩しさに悶えた。
「代表リレー、頑張ってな!」
「は、はい」
伊織を鼓舞した真姫は、その隣の影光、真雪にも「いぇ〜い!」した。影光は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに諦めて両手を上げる。渋々といった態度で接していたけれど、まんざらでもない表情を隠せていなかった。真雪がちょっとムッとしてた。
伊織たちがハイタッチでてんやわんやしている間に、三年女子の代表リレーが終わった。時間が押しているのか急くようにアナウンスが入り、次の競技が始まる。プログラム22番『部活対抗リレー』だ。
この競技は配点がないので、お気楽な箸休め的競技である。問題は、この次だった。
「伊織、そろそろ出番だろ」
「あ、そっか。伊織、リレー出るもんね。もう待機始まってるんじゃない?」
影光と真雪に促され、伊織はおもむろに立ち上がる。
「気楽にいけよ」
「頑張ってね」
「うん、行ってくる」
友人二人に見送られ、伊織は応援エリアをあとにした。
プログラム23番『青風院代表リレー』の開始が迫っていた。
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