第16話 いつも通り、少しの変化


 寿司を食べ終えた後、伊織たちは適当にビル内を彷徨っていた。特に予定は決めていなかったので、目についた所があればそこで遊ぶ、という感じだ。


 どうせ予定を立てても時間通りに行動できるわけがないし、四人とも予定を立てることで発生する“行動の縛り”が嫌いだった。


「そこで伊織何したと思う? 敵に殴りかかったんだぜ? ステルスゲームだって言ってんのにさ」

「いや、絞めようとしたんだよ。でもコントローラーが暴れちゃって」

「暴れたのはお前の手!」


 四階の飲食店が建ち並ぶエリアから抜け出して、五階へと上がってきた四人は、伊織のゲーム下手エピソードで盛り上がっていた。


 影光が以前貸した『ダーク・ザ・バイオレンス』というステルスゲームをプレイした時の伊織の様子について語っていた。

 ステルスゲームとは簡単に言えば正面から敵を倒すのでなく、後ろから奇襲を仕掛けるなどして敵を沈めていくゲームのことである。


 大体のステルスゲームは正面から突入すると、速攻で負けるようになっている。

 本来なら敵を一人ずつ静かに絞め落とすはずが、伊織は真正面から殴りかかった。力技である。


「敵に近づいていってRボタン押すだけだろ!」  「なんか反射的にAボタン押しちゃうんだよね⋯⋯」

「そこが意味分かんねぇ」

「ははは、伊織ほんとゲーム下手だよな〜」

「シミュレーションゲームはまだ大丈夫なんだけど、あぁいう系マジで無理⋯⋯」


 由貴の言葉に渋い顔で返す伊織。

 伊織はアクションゲームが大の苦手である。

 その場の状況で臨機応変に対応しなければならないのが苦手なのだ。


 特に対戦ゲームは相手もリアルタイムで動かしてくるので、下手な伊織はコテンパンにされる。


「でもゲームは練習すればそれなりには上手くなるはずなんだけどな」

「はっはっは。じゃあある意味才能だっ」


 口を尖らせて両手を頭の後ろに回した影光に、伊織は開き直る。由貴と蒼介はふっと微笑する。


 序盤の緊張もすっかり解けて、会話を回す伊織と影光。

 この二人は自分から積極的に話を振るタイプではないが、空気が温まっているタイミングなら自分から話し出すこともある。


 心の距離は案外簡単に縮まったり離れたりする。


 会話途中、伊織は最近悩んでいた友達との会話で感じる“気まずさ”を思い出す。


 それはきっと大しておかしいことではなくて、誰でも悩む普通のことなのだ。


 『親しき仲にも礼儀あり』という言葉があるように、人はたとえ家族や友人であっても気を遣う。

 伊織はそれを“悪いこと”のように考えていた。

 友達なら気を遣わず言いたいことを好きなだけ言って、好きなだけ自分をさらけ出す。


 そんな伊織の友達のイメージと隔離していたものだったので、モヤモヤしていた。


 蒼介とは“友達”と言えるのだろうか、と。


 しかしこうして今日、一ヶ月ぶりにまともに顔を合わせ、メール以外で会話をし、それなりに楽しく過ごしている。 まだ多少距離はあるかもしれないが、これは立派に友達と言えるだろう───伊織はそう思った。


「どうした伊織ー? 顔死んでるけど」

「えっ、あ、ごめん。ボーッとしてた」


 物思いに耽って顔が明後日の方向に向いていた伊織に気づき、指摘する由貴。

 彼は伊織とは違い、心に壁を作らないタイプ。


 常にゼロ距離で詰めてくるので、伊織や影光にとっては接しやすく、助かっている。


「伊織って急に考え込むよな〜この前だって───って、あっ! 次は本屋行こう! 俺買いたい本あるから」


 そう言って、由貴が指差した方向にはどでかい本屋があった。『見手山書店』という、この五階フロアを六割近く占める大型書店である。


 『見手山書店』は行けば欲しい本が必ず見つかると言っても過言ではないほど品揃えが豊富である。

 さらにはセルフレジを導入しているので、表紙がエッチな本でも堂々と買える。

 変態紳士にも優しい本屋さんだ。


「買いたい本って?」

「エロ漫画だろ」


 伊織が質問すると、由貴の代わりに影光がからかうように返事する。

 

「ち、違ぇーよ! “小説”だよ!」

「官能小説か⋯⋯」

「ミステリ小説だっ! いい加減にしろ!」


 必死に否定する由貴を見て影光は笑った。


 そしてごめんごめん、と言って本屋の自動ドアへと歩を進め、由貴もその後をついていく。


 その様子を見ていた蒼介が、 「由貴って、小説とか読むっけ」 と言って疑問を伊織に投げかける。


「たしかに⋯⋯由貴って活字苦手だったはずなのに」

「だよな。あいつも変わったな」

「そうだな。あ、もしかして彼女の趣味に影響されたとか? ほら、会長小説とか好きそうだし」

「会長って小説好きなの?」

「いや、わかんないけど。知的な感じするから」

「あーなるほど」


 憧れの人と付き合うために、イメチェンして高校デビューするぐらいのやつだ。

 好きな人の趣味に影響されてもおかしくない。


「⋯⋯俺も好きな人とかできたら、変わんのかな」 「え?」


 まさか蒼介からそんなセリフが飛び出てくるとは思わず、驚く伊織。思わず目を見開いてしまう。


「蒼介好きな人いるの?」

「いない。“できたら”って言ったろ」

「あ、そう⋯⋯」

「ほら俺らも行こーぜ。俺も『青駆け』の新刊買いたい」


 蒼介はいつもの調子に戻り、本屋へ向かっていった。 伊織はそんな蒼介に微かな違和感を覚えるが、この時はそんなに深く考えなかった。


 本屋に入った四人は、それぞれ欲しい本を物色するためにバラバラになった。


 伊織は特に欲しい本がなかったので、店内を一周するようにぐるぐるとぶらついていた。


(ん?)


 伊織が女性向け漫画コーナーを通りかかった時、見覚えのある顔を発見した。


(あれ⋯⋯会長の妹じゃないか?)


 こそこそと辺りを見回しながら漫画を吟味する戸田美也子の姿が、そこにはあった。


 彼女は細いフレームの桃色眼鏡を掛けていた。

 服装は白のシフォンワンピースを纏い、その上からミリタリー風のカーキジャケットを羽織っている。


 容姿の良さも相まって、美少女に磨きがかかっているようだった。


 だがしかし、先日と比べるとどうも人が変わったように見える。


 美也子はにへらぁと口角をだらしなく上げて、鼻息を荒くしていた。


 この前の余裕を含んだ態度はどこに行ったのやら。  

 伊織はあまりのギャップに驚いて固まってしまった。


 それがきっと良くなかったのだろう───この場を早く去らないと、周りを気にしていた美也子といつか目が合ってしまうのは、想像に難くないというのに。


「はっ! せ、先輩⋯⋯!?」


(ま、まずい⋯⋯! バレた⋯⋯!)


 伊織は急いで踵を返したが、時既に遅し。

 気がつけば、美也子が伊織に接近していた。


「ちょ、ちょっとこっち来てください⋯⋯!」

「え、なになにっ⋯⋯そんな引っ張らないでよ」


 茹でダコみたいに赤くなった顔の美也子に腕を掴まれ、伊織は女性向け漫画コーナーに引きずり込まれていった。




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