第6話 無自覚LOVE


「わっ」

「うおっ。びっくりした⋯⋯真雪まゆきか」


 後ろから伊織の肩をぽんっと一回叩いて軽く驚かせた少女───桜井真雪さくらいまゆき


 ポニーテールを弾ませ、美人と美少年を綯い交ぜにしたような魅力的なルックス。

 スタイルも良くて、足がすらりと長い。


 そんなモデルのような彼女は、驚くことに伊織と影光の友達である。


 中学生の頃に影光の家の隣に引っ越して以来、なにかと接点が生まれ、マンガの趣味がドンピシャだったこともあり、すぐに仲良くなった。


 横のつながりで伊織とも友達になって、二人にとっては数少ない女の子の友達である。


 真雪は首にかけたヘッドホンを指で撫でながら(彼女の癖である)───疑問を投げ掛けた。


「あんた達、ここで何突っ立ってんの?」

「いや⋯⋯こいつが変にツボっちゃって」

「ふふっ⋯⋯⋯⋯真雪か、ふふっ⋯⋯助けてくれ⋯⋯笑いが、ぶふっ! 止まらなくてさ⋯⋯ぶふっ⋯⋯! あははっ」


 依然として、影光は沼にハマって帰ってこない。

 笑いの沸点が恐ろしく低い影光は一度ツボると、数分はこの調子が続く。


「助けてくれって⋯⋯何でそんなに笑ってるの」

「俺が太もも大好き〜太もも以外興味ない〜って真剣に話したらこうなった」

「⋯⋯何でそんなので笑うの⋯⋯? 病気? キモいよ?」


 真雪の辛辣な言葉が影光の胸に突き刺さる。

 ちょっと伊織にもダメージがあった。


 ドライでクールな性格の彼女は涼しい顔して、平気でこういうことをズケズケと言う。


 だけど決して悪意があるわけではなくて、思ったことをついそのまま口にしてしまうだけだ。

 普段は気をつけるようにしてるらしいが、どうも仲の良い相手に対してはそれが緩みやすくなってしまうらしい。


 『親しき仲にも礼儀あり』という言葉が、真雪の辞書には薄文字で記されてしまっている───とは言っても客観的に見れば、今の影光がキモいことは事実であり、別に間違っていることは言っていない。


 むしろ、この影光のツボり癖を直す為にはいい薬になる。そう考えた伊織は真雪の言葉に便乗しだした。

 時には荒療治も必要である。


「そうだぞ。キモいぞ影光」


 更に真雪が追い打ちをかける。


「影光のその毎回吹き出すような笑い方、キモいと思う」

「うん。キモい」

「キモい」

「⋯⋯⋯⋯お前らな」


 キモいの連呼に流石の影光も笑いの沼から抜け出してくる。

 罵詈雑言浴びせた二人をじっと睨んで、かなりご立腹の様子。


「笑ってただけだろ! キモイとか言うなよ!」


 伊織と真雪は両手を合わせて「ごめんごめん」と笑いを堪えながら影光を慰めた。


「もういいよ⋯⋯早く帰ろうぜ」


 一足先に足を進める影光。

 伊織と真雪は、そのあとについていく。


「⋯⋯てか、真雪部活は? まだ部活の時間じゃないのか?」


 前で歩いていた影光が振り向き、そう尋ねた。


 真雪はサブカルチャー研究部に所属しており、この部活は簡潔に説明すれば絵を描いたりなどして活動する───のは建前で、実際はただアニメやマンガを語り合うだけの部活である。


 一応活動してますようちら〜的な理由をつけているだけで、本当に絵を描く時は体育祭や文化祭のしおりを作成する時だけ。


 現状はただのオタク達の憩いの場である。

 ちなみに伊織と影光が入部しなかったのは、圧倒的に女子率が高くて居場所がなかったからだ。


「あぁ⋯⋯今日はなかったの」

「なかったらなかったで、逆になんでこんな帰り遅いんだ?」

「それはこっちの台詞でもあるけど」

「俺と伊織は早乙女のクソ野郎のせいで遅れた。そっちは?」

「私は───」


 真雪はそこまで言いかけて、口を噤んだ。


 そして、何かを思い出したような素振りをとって、頬を染める。

 彼女のぶっきらぼうだった顔に、徐々に感情が芽生え始めていく。


「ん? どうした?」

「いや、⋯⋯何でもない。ただの生徒会の用事⋯⋯」


 真雪は誤魔化すように頭を振った。


 両手で握っていたスクールバックを膝で蹴りつつ、顔を下向ける。

 そんなあからさまに挙動不審な真雪の態度に影光は一切疑うことなく、


「そっか。副会長だもんな」 とだけ返し、首を前に向き直した。


「⋯⋯うん」


 真雪はしおらしく頷いて、この会話は終了。


(⋯⋯⋯⋯)


 今の一部始終を眺めていた伊織はあることを勘ぐった。 彼にはちょっとした“心当たり”がある。


 それは───


(真雪、やっぱり影光に気があるのか?)


 最近、真雪の影光に対しての態度がおかしい。


 きっかけは影光に友達感覚でボディータッチされて、それに真雪が照れて火照っていたのを見たのが最初だった。


  以前悪ふざけで、影光は男勝りな真雪に「可愛い」と繰り返して、からかってやろうぜとしょうもないことを提案したことがある。

 伊織はそれに乗っかり、「うざい死ね」と返ってくるだろうなと予想していた。


 だが結果は、「ふぇっ?」っと可愛らしい声を出して真雪が気絶してしまった。

   

 それだけではない。


 真雪は三人で電車に乗る時は必ず、影光の隣に座ろうとするのだ。

 端から影光、伊織の順で座っていたのに、その二人のに割り込んできたときは流石に困惑した。

(影光は真雪の悪ふざけだと思っている)


 これらを思い返せば、確実に脈ありの反応だけれど、それでも伊織は腑に落ちない。


 影光がモテるわけねーだろばーかみたいな酷い固定観念ではなくて、単純に疑問がある。


 何故、二年生に進級してから急に好意を匂わせる態度をとるようになったのか。


 いままではボディタッチだろうが、容姿を褒めちぎられようが、なんてことはなくて、いつものクールで素っ気ない顔で適当に流していた。


 それが、二年生になってから、急に⋯⋯。


 だからこそ、伊織は今の今まで確信を持てずにいた。

 デレるとは言っても、さっきみたくボロクソに軽口も叩くし、常にデレデレなわけではない。


 伊織の杞憂の可能性も、まだ捨てきれない。


 今だって、何でそんなにも影光に後ろめたくするのか⋯⋯。


(いい機会だし、本人に確認するか⋯⋯)


 意を決して、伊織は真雪の二の腕を肘でこづく。

 気づいた真雪は伊織へ顔を向ける。


「何? 伊織」

「あのさ⋯⋯聞きたいことがあるんだけど」

「なんでそんな小声なの」


 地獄耳である影光の聴力でも耳に入らないような、わざと掠らせた声で真雪に耳打ちする。


「いいからいいから⋯⋯あの、真雪ってさ⋯⋯」

「うん」


 前を歩く影光に聞こていないことを横目で確認して、恐る恐る訊いてみる。


(頼むから杞憂であってくれ⋯⋯俺が困ること・・・・になるから⋯⋯)


 伊織には勘違いであってほしいと願う理由がある。


 そのためにも、確かめる必要がある。


 伊織は大きく息を吸って、


「⋯⋯影光のこと好きなのか? 最近の真雪の様子可笑しいから、気になった」


 と、ド直球で尋ねてみた。


 果たして、真雪の反応は───


「え? 何それ。全然違うよ」

「⋯⋯え」


 無愛想な顔をほんの少しくしゃっと微笑ませて、真雪はあっさりと否定した。


 正直、九十九パーセント黒だとばかり考えていたので、この解答は予想外だった。

 一瞬だけ目を点にしたあと、伊織は安堵の気持ちを覚える。


(何だ⋯⋯やっぱり俺の勘違───)


「ただ、あいつといると、ドキドキしちゃうだけ」

「⋯⋯⋯⋯っ!」


 真雪が調味料感覚で付け加えた一言で、伊織は安堵から一転、一気に顔を凍らせた。


 そんな伊織には目もくれず、真雪はその綺麗な白い頬を淡いピンク色に染め上げ、両手で左右のイヤパッドを掴むと、空を仰いだ。


「何か最近、こう⋯⋯ズキズキするんだよね⋯⋯胸が締め付けられる感覚。あいつの呪いかな? ふふっ」

「ほ⋯⋯⋯⋯⋯⋯ほう⋯⋯ソウナン、ダ⋯⋯」


 ウッキウキで話し続ける真雪と比較して、伊織は今にも放心寸前の顔で相槌する。


「でもちょっと体調悪いだけだから安心して。きっとすぐ治る」


 伊織に「心配かけてごめんね」のニュアンスを含んだ表情を出す真雪。


「お、おう⋯⋯」


(治るかァァァァ! それは恋の病だァァァァ!)


 心の中で大きく叫んで、頭の中で叫んだ声が何度も何度も木霊する。


「実は今日の放課後会長に時間を取ってもらって相談したんだけどさ、『それは恋だ! 今の私とそっくりだからな!』って言われたの。でも、それは絶対ないじゃん?」

「ソ、ソウダネ⋯⋯」

「でも何か恥ずかしかったから、さっき影光に帰るの遅くなった理由聞かれたとき、濁した言い方になっちゃった。一応影光には秘密ね」

「オ、オウー」


 真雪が生徒会役員であることは把握していたが、会長と気軽に相談できるぐらいには親交が深いらしいのは初耳だった。

 が、今はそんなことどうでもいい。


 問題はあのバカップル脳の会長が相談を受け、「私と同じ状態」だと判断している点。


 これは信憑性が相当に跳ね上がる。

 

 限りなく黒に近い灰色がこの瞬間、真っ黒な暗闇に包まれた。

 どうして急に影光を異性として、意識し始めたのかは分からない。


 だけど、一つ言えることがある。


 これは多分──いや、確実に──!



(真雪は影光のことが好きだ! それも、本人自覚してないパターン!)




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