第4話 由貴の彼女
戸田鈴零──由貴の彼女。
なぜ自分の名前を知っているのだろうか?
なぜ自分のことを呼んでいるのだろうか?
様々な疑問が伊織の頭をよぎる。
思考に耽ってボーっと立ち止まっていた伊織に対し、影光は軽く肘打ちした。
「おい⋯⋯伊織のこと呼んでるみたいだけど⋯⋯」
「そ、そうみたいだな⋯⋯」
「お前、あの学校一の人気者と知り合いだったのか⋯⋯?」
「か、間接的に⋯⋯」
「間接的に?」
「そう。限りなく赤の他人だけど⋯⋯」
友達の友達は友達! だと誰かが言っていたけれど、友達の彼女は友達なのか?
いや、多分違う。 ていうか、友達の友達も『他人』だ。
ただ一つ共通の知人を持つという接点があるだけの、他人よりほんの一歩距離が縮まっている───でも結局はただの他人。
そんな人が、あろうことか伊織の事を名前呼びしてフレンドリーに手招きしているではないか。
「⋯⋯⋯⋯」
伊織と影光は、目の前の美少女を前に体を硬直させて、呆然と立ち尽くしていた。
この二人は由貴や蒼介のように女子に対して免疫がない。 完全に陰側の存在。
なので、唐突に現れた女の子へどういう態度を出せばいいか、どういう対応をとればいいか、さっぱりわからない。
それが、容姿端麗才色兼備の『超』がつくほどの美少女を前にすれば、尚更。
女子限定のコミュ障を発揮して、受け答えをしてくれない伊織を見て、鈴零はその美しくも色気を感じさせる声でもう一度呼びかける。
「あ、あの⋯⋯! お礼を言いに来たんだが! こっちに来てくれないだろうか⋯⋯! それとも私がそちらへ行こうか! あまり関係のないクラスの教室に入るのは忍びないんだが⋯⋯」
(お礼? ⋯⋯何の?)
心当たりのない伊織。
でもこのままガン無視を決め込むのも失礼なので、「はい」と返事をして、恐る恐る鈴零のもとへ足をすすめる。
ついでに、影光の手首を掴んで引っ張った。
「おい! 引っ張るなって⋯⋯! 呼ばれてるのお前だろ⋯⋯! お前一人で話してこいよ伊織!」
影光は伊織の耳元で小さく囁いて拒否するが、それを無視し、腕を引きちぎるぐらいの強さで強引に体を運ぶ。
「ついてるだけでいいから⋯⋯! 頼むって⋯⋯! あんなキラキラオーラ全開の人と、一対一で話せない⋯⋯!」
「やだぁぁぁぁぁ!!!!!」
二人共、童貞拗らせすぎである。
鈴零は、彼らの迫真のやり取りを不思議そうに首を傾げながら見つめていた───
それからしばらくじゃれ合ったあと、やっとの思いで鈴零のもとへ到着した(その距離僅か数メートル)伊織と影光は、間近にいる鈴零の容姿に思わず見惚れてしまう。
(集会のときから、遠目からでも分かるほど美人だったけど⋯⋯近くで見ると⋯⋯もうレベチだなこりゃ。同じ人間とは思えない)
彼女の容姿はそれほどに妖艶で、見る人全てを釘付けにするほどの破壊力だった。
黒髪のロングヘアは真面目で清楚、おしとよかな印象を与えているが、ぷっくらとした唇はそれとは真逆で非常にえっちい。
切れ長の目との相性も抜群。
メイクも最低限で、手間をかけていないっぽいのが末恐ろしい。
そして何より、一番色気を際立たされているのは彼女の大っきなバスト。
年頃の男子高校生ならば、いや煩悩を削げ落とした坊さんでも目に焼きつけたくなるだろう。
それぐらいデカい。
今にも制服のボタンが弾けそうだ。
(目のやり場に困るな⋯⋯)
伊織はつい目を逸らしてしまう。
顔は美人すぎて恥ずかしいし、胸は当然だめ。
目線をどこに固定すればいいのかわからず、しばらく彷徨った末、伊織は影光に目を向けた───
(───!?)
伊織は驚愕した。
何故なら、影光は鈴零の胸をガン見していたからである。
瞬き一つせず、まるで今か今かと好機を伺っている───草食動物を狙う肉食動物のように、眼光をギラギラと光らせている。
ボタンが弾けるかも! と期待しているのだろうか⋯⋯。
(こいつまじか! 流石にバレるぞそれは!)
だがそれは杞憂に終わり、影光の視線には目もくれず、鈴零は好感度MAXの顔で伊織に話しかけた。
「伊織くん。君にお礼が言いたかったんだ。下駄箱で待ち伏せしていたんだが、中々君が現れないからまだ教室にいるのかと思って───来て良かったよ」
「あ、あの⋯⋯」
「なんだ?」
「俺、何か⋯⋯お、お礼言われるような事⋯⋯しましたっけ⋯⋯」
話し方がぎこちない感じになりながらも、何とか会話を成立させる伊織。
伊織は別に人見知りではないので、女子とも普通に話せる。ただ、緊張しちゃうだけで。
「何言ってるんだ! 君が由貴くんの相談に乗ってくれたおかげで、私達の関係が保たれたんだ!」
「は、はぁ⋯⋯」
胸を凝視していた影光も、『由貴』の言葉に反応して顔を上げる。
鈴零は喉を鳴らして、さらに詳しく説明した。
「今日の合同練習の後⋯⋯私の所に来て、由貴くんが打ち明けてくれたんだ。美也子──私の妹に、キス⋯⋯されたこと」
「そう、なんですか」
(相変わらず、由貴が決心した時の行動力は化け物だな⋯⋯)
今日の下校途中とか、他にもいくらでも機会はあるだろうに。
バカ正直に特急列車の様に突っ走っていくのはとても由貴らしい。 鈴零は真剣な表情を作り、左手で右手首を握った。
二の腕にホールドされた胸がさらに強調される。
「君が由貴くんの背中を押してくれなかったら、私と由貴くんとの間に溝が生まれてしまっていた思うから⋯⋯ありがとう」
深々と一礼する鈴零。艷やかな長い髪が肩口からさらりと落ち、シャンプーの良い香りが伊織の鼻腔をくすぐった。
「あぁ⋯⋯そんな事でわざわざ⋯⋯こ、こちらこそ、力になれてなりより⋯⋯です」
「そんな事ではないよ! ⋯⋯由貴くんは優しすぎて、優柔不断だから⋯⋯本当にありがとう」
やっぱり正直に話して正解だったらしい。
何事も早期報告に越したことはないということ。
黙秘してる期間が長ければ長いほど、キスの件が明るみになったときの相手への不信感はべらぼうに膨れ上がる。
そして、一度できてしまった不信感は一生消えることはない。薄れることはあっても、完全に消えることは、絶対に。
由貴は姉妹仲を案じて、決心がつかずにいた。
親友の伊織が同調したことで、喉仏まで出かかっていた由貴の決断を後押しした形だ。
それを鈴零に感謝されているのだろう、と伊織は解釈する。
とはいえ、大したことをしていないのは変わりない訳で⋯⋯。
「い、いや、本当に大したことないので⋯⋯」
「大したことある! 由貴くんと親友でいてくれてありがとう⋯⋯!」
「いえいえ⋯⋯妹さんと、これから⋯⋯大変でしょうけど⋯⋯頑張って下さい」
「あぁ!」
その後も何度も何度も頭を下げ続ける鈴零。
それを見て伊織は、緊張の紐が解けたように表情を緩めて、 「よっぽど由貴が好きなんですね」 と、微笑んだ。
「ふぇっ!? あ、うん⋯⋯大好き♡」
可愛らしい声を出し、とろけた表情になりながら恥ずかしげもなくそんなことを口にする鈴零。
まさにアツアツラブラブ状態。
「あ、由貴の彼女なんだ⋯⋯」
さっきから言葉を見失って口をぱくぱくさせていた影光も、ようやく察する。
「どこが好きですか?」
伊織は次会った時の由貴への冷やかしのネタとして、彼女の惚気を聞き出す。
そんな意図など知るわけもなく、鈴零は体をくねくねさせて、顔を真っ赤にしつつも惚気だした。
「えぇと⋯⋯あのチャラい見た目で、中身は純情な所だな⋯⋯ギャップが⋯⋯うへへ♡ 可愛いいんだ⋯⋯!」
「ふむふむ」
「あ! あとあと───」
その後数分間もの間、鈴零は由貴への愛をたっぷり語った───
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