第3話 くたくたの放課後
その日の終礼。
伊織の担任である早乙女が気だるそうな声で、明日の予定や諸連絡を伝えていた。
「えー⋯⋯明日ーはー、三限目のぉ、生物がぁー、数学にぃー変更にぃ、なりますぅ⋯⋯」
ワイシャツの袖で額の汗を拭き取りながら、今にも死にそうな顔を見せる早乙女の声のトーンは、どんどんと下がっていく。
五月半ば、早めの梅雨に入った伊織の二年一組の教室は、じめじめとした空気でなにか陰気臭い雰囲気を漂わせていた。
気温もこの時期には珍しく三十度を超えている。
それらに影響されたのか、早乙女も一組の生徒達も生気を失っていた。
六限目が体育祭に向けての合同練習だったこともあるだろう。
真夏と言っても過言ではないお昼の日差しに照らされ、ひらすら一時間行進練習───ただの地獄だった。
「あー⋯⋯再三言ってると思うがぁ、明日転校生が来るのでぇ、暖かく迎えてあげるようにぃー」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯誰も返事をしない。
というより、できないのが正解か。
この蒸し暑い教室のなか、「はーい」の一言も出てこない。クラスの数名が頷くだけで精一杯だった。
伊織に至っては椅子にもたれかかって、腕を組みながらうたた寝をしている。
『転校生が明日来る』という、そこそこ珍しい連絡にも関わらずこの反応の薄さ⋯⋯。
「お前らぁ⋯⋯もう少し元気出せよぉー⋯⋯」
この様子を見かねた早乙女が、生徒達に適当な喝をいれる。
しかし早乙女自身も疲弊してるのか、言葉に覇気がない。
「先生、もう帰りたいので終わったなら早くして下さーい⋯⋯」
学級委員長の
常時元気いっぱいの彼女も、この色々な悪条件が重なった状況下では、いつもの活気を無くしていた。
残った力をすべて振り絞ったような、掠れた声だった。
「いーちにーい! いーちにーい!」と一時間ぶっ続けで叫んでいれば当然である。
「あーすまんすまん⋯⋯はい、きりーーーつ!」
千雨に急かされた早乙女は両手を叩き、今出せる最大限の声を出して今寝てる生徒(主に伊織)ごと呼び立てた。
あちこちに立ち上がる為の椅子を引く音で、教室が一旦騒がしくなり、またすぐに静まる。
「はいさよならぁーー」
早乙女の掛け声の一拍後、生徒達は「さよならぁ」とそれぞれバラバラな声を教室中に響かせた───
**
「おい、伊織起きろ。帰るぞ」
「⋯⋯ふわぁ〜。ん? 終礼終わったの?」
うたた寝を続行していた伊織を後ろから呼び起こしたのは、
窓際から一列目、後列から二番目の恐らく大多数の人が『当たり席』だと分別するであろう伊織の席。
その真後ろの、俗に言う『一番の当たり席』───アニメや漫画をかじっている人なら『主人公席』だと称するところに席を置く影光は、伊織の二人目の親友。
由貴、影光、そしてもう一人、蒼介。
三人の親友の中で唯一影光が、高校生になっても未だに小中の頃と変わらず伊織と登下校を共にしている人物だ。
中肉中背、天然の茶髪、目にクマ、色白で濃いそばかすをつけた影光は、伊織よりはるかに特徴的な見た目をしている。
顔に特徴が少ない顔がイケメンだというが、影光の顔面評価(伊織基準)は中の上辺りで、全然悪くない。
前髪で目が隠れ気味なのは少々キモいが、しっかりと整えれば由貴のように万人受けの容姿になれるだろう。
影光はそんな顔をだいぶ不機嫌に歪ませて、伊織の問いに答える。
「とっくの前に終わってんぞ」
「まじか⋯⋯寝てた。ごめん」
既に教室は伊織と影光の二人きりだった。
影光がしつこく起こし続けて、ようやく伊織の目が覚めたらしい。
「お前のせいで鍵締め当番の奴から押し付けられたんだぞ」
そう言って影光は、持っていた鍵を掲げた。
じゃらじゃらと音を立てながら揺らす。
「ごめん⋯⋯」
「まぁいいよ。教室閉めて職員室まで持っていくだけだしな。それより早く帰りたいから、さっさと準備しろ」
「うん。ちょっと待ってて」
「十秒以内な」
貧乏ゆすりをする影光を尻目に、伊織は立ち上がると、急いでスクールバックに机の中の教材を全て放り込む。
ファスナーを閉じて、回すようにリュックを背負った。
「お待たせ。行こう」
「おう」
そのまま二人で帰宅しようとした、その時───
「ええと、ここが伊織くんの教室⋯⋯あ、いたっ!」
突然、廊下からひょっこりと顔を出したのは、黒髪ロングの美少女。
「伊織くん⋯⋯!」
彼女は伊織を見つけた途端に目をぱっと明るくさせ、ニコニコの笑顔で手招きする。
「⋯⋯ん? あの人、会長じゃね?」
影光が呟いた。
「会長、だな⋯⋯」
伊織が若干困惑しつつ、答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます