DAYBREAK BLADE

Neige

第1話

いつも彼の頭の中に浮かぶ記憶がある。

まだ幼い少年が必死に両親に手を伸ばし、そして空を切る。そして少年の横に立つ男が言うのだ。

君は捨てられたんだ、と。


「……またあの時のか」


紅い髪を掻き上げながら、淡々とした口調で青年は呟く。彼の名は夜明白刃よあけしらは。紅いアシンメトリーのショートヘアに銀色の瞳が特徴的なバウンティハンター、俗に言う賞金稼ぎである。


「……最悪な夢」


ぼそっとそう言うと傍に置いていた太刀を取り、白刃は外に出る。

白刃が今いるのは旧渋谷区にあるこじんまりとした小さな宿屋だ。外にいた初老の宿屋の主人を見つけると白刃は声をかける。


「おはようございます、昨晩はお世話になりました」

「あぁ、起きられたんですね。お怪我は大丈夫、のようですね」


 宿屋の主人は白刃の左腕に巻かれている包帯を見た。白刃は顔色や声色ひとつ変えず、淡々と続ける。


「ええ、もう大丈夫です。代金はもう置いておいたんで」

「賞金稼ぎさんも大変ですねぇ」

「このご時世警察はあまりあてにならないし、自衛隊も軍隊みたいに動けないから俺たち賞金稼ぎがいるんです」


そう言うと白刃は宿屋の主人に一礼して、宿屋を後にした。

白刃はそのまま旧渋谷区のスクランブル交差点があった場所に来ていた。この辺りで騒いでいる迷惑なYouTuberがいるらしく、覗きに来ようと思ってのことだった。そして件のYouTuberはその場にいた。


「はいはーい!今日も元気に弱過ぎ政府から賞金を巻き上げるたなかチャンネルのたなかでーす!いやぁ銃刀法廃止はいいですねぇ!クーデターで倒れちゃった政府のおかげで俺みたいなのが儲かっちゃう!いやぁありがたやありがたやー!」


そうやって騒ぐYouTuberの青年を見て、白刃は無表情でため息をつく。その時、銃声がひとつ、ぱん、と鳴り響いた。それから周りの見物しにきた野次馬が悲鳴をあげる。


「そして、あんたみたいな勘違いな賞金稼ぎのおかげで俺たちが儲かるんだ。ありがとうよ!」


そう言って現れたのは右目に傷のある強面の男。その男を見て白刃は即座に行動を起こす。ぐっ、と足に力を込めて、白刃は男の間合いに瞬時に踏み込む。男は白刃が迫るのに気付き、拳銃の引き金を引く。が、白刃は弾丸が当たるすれすれのところで回避する。その動きは一切の無駄のない、洗練されたものを感じさせた。そして白刃は左の手に持っていた太刀の柄を握る。男は太刀の斬撃が来ると察知して、拳銃の弾丸をマガジンで装填する。だがそれがいけなかった。気付けば男は袈裟斬りを食らっていた。


「な、に」


白刃は血に濡れた刀身を、ゆっくりと鞘に納める。


「……あんたみたいのがいるから、俺達賞金稼ぎが存在するんだよ」


吐き捨てるように白刃は言う。少しすると騒ぎを聞きつけた警官達が白刃に話しかけてくる。


「お疲れ様です、夜明さん!」

「こいつ、一応峰打ちしといたからつれてっていいよ」

「はい、いつもご協力ありがとうございます。賞金はいつもの口座でよろしいですか?」

「うん、よろしく」


淡々と白刃は受け答えると、その場を後にした。その後ろ姿を見ながら警官達は憧れの眼差しを向ける。


「かっこいいな〜夜明さん」

「でもやっぱり淡白な感じしますよね、笑ったところとか見たことないし」


警官達の話に内心で聞こえてるよ、と白刃はツッコミを入れる。だが白刃は否定はしない。白刃が淡白なのも、笑わないのも、昔からだ。昔からとはいえ、具体的にいつから、というのは本人も覚えていないのが正直なところだ。


「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」


白刃がその場を離れようとした時、少女のようなあどけなさが残る声が白刃を呼び止めた。白刃が振り向いた先には声の主であろう黒い髪のシスターらしき少女と、金髪碧眼の端正な顔立ちのスーツの青年が立っていた。


「……どちら様?」

「私、旧中央区にある教会のシスターで水無月涙みなづきるいと申します。高名な賞金稼ぎの方とお見受けして、お願いがあるのですが……」


旧中央区にある教会。その単語だけで白刃は彼女、水無月涙が只者ではないことを理解した。この東京の旧中央区にある教会といえば、旧イノセンス教会ぐらいである。そしてその旧イノセンス教会で囁かれている噂がある。白刃はそれが眉唾ものだったため鵜呑みにはしていない。しかし、このシスターの少女の横に佇む金髪碧眼のスーツの青年が、その噂が嘘では無いことを白刃は悟る。


「(……『旧イノセンス教会の癒しの聖女』の噂、か。如何せん現実味の無い噂だから気にしてなかったけど、こいつは)」

「あ、あのう……そんなに見つめられると、恥ずかしいです」


気付かないうちに白刃は彼女のことをじっと見ていたようで、涙は照れくさそうに口元を手で覆っていた。そのことに気付いたものの、白刃は顔色を変えない。


「あぁ、すまない。無意識だった」

「おい、失礼だと思わないのか?」


金髪碧眼のスーツの青年が眉間にしわを寄せる。そしてその次の瞬間だった。

白刃は太刀の切っ先を、スーツの青年は拳銃の銃口を、音もなくお互いに向けていた。


「……貴様、何者だ?何故私が銃口を向けると分かった?」

「んー、一挙一動が暗器使いのソレだったし、薬莢の香りも少ししたしね」


金髪碧眼のスーツの青年は舌打ちを軽くすると白刃に向けていた拳銃の銃口を下ろす。それと同時に白刃も彼に向けていた太刀の切っ先を下ろし、そして刃を鞘に収める。


「ヴァイス、いきなり見ず知らずの人に銃口を向けるのはよくないですよ!」

「申し訳ないです、涙さん。でもこいつ、涙さんに対して失礼だったので……」

「それでもです!めっ、です!」


涙はヴァイスと呼んだ青年に軽く怒ると、白刃の方を向いて頭を下げた。


「私の護衛が失礼なことをしました、本当に申し訳ございません!」

「いや、大丈夫だよ。慣れてる」

「でも、非礼は非礼です!本当にごめんなさい!」

「とりあえず頭下げないで、ほんとに気にしてないから」


白刃がそう言った時、涙は頭を上げて白刃の目を見る。


「あの、不躾なことをお聞きするかもしれません。大丈夫でしょうか?」

「ん?あぁ、いいよ」


そして涙は白刃の目を見ながら、こう訊ねた。


「えっと……

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