第3回 【しどろもどろ、おちこぼれ、卵白】

お題【しどろもどろ、おちこぼれ、卵白】

人間が卵を産むようになった世界。そんな世界でおちこぼれと呼ばれるイーフウッドと、卵を拾った主人公の話。



卵を見ると、必ずイーフウッドのことを思い出す。あれはまだ小学生のころのことだった。


そもそもの話をしよう。はるか昔、地球は人口増加が進んだ末、戦争や殺し合いが絶えず起こり、人類は絶滅の危機に直面した。世界人口数万人にまで減り、追い詰められた人類の体は、霊長類同様、卵を産むように変化したのだった。それから人口は増え、何百年という時を経て、人々の生活はまた安寧を取り戻し始めていた。争いは減り、人口も食料も安定し、法の統一や通貨の流通も行われていたが、戦時から続いている侮蔑や差別は途絶えることは無かった。髪色の違う異村民は忌避されたし、訛りがあればすぐに白い目で見られた。それよりも嫌われていたのが、出来損ないだった。同村のおちこぼれだ。そういうやつは"出来の悪い卵から生まれた"という意味を込めて"黄身の悪いやつ"と呼ばれ、村を出ていくように陰惨ないじめを受けた。

イーフウッドはそんな黄身の悪いやつだった。成績も悪く、運動神経も悪く、芸術センスや器用さに長けているわけでもない。それでもいじめられたり、罵声を浴びせられることがなかったのは、イーフウッドの持つ異様な雰囲気を、皆怖がっていたからだった。


ある日俺は、道の端に卵が落ちているのを見つけた。卵を拾おうとしたとき、向こうから歩いてきたであろうイーフウッドが目前に現れて、ぶつかってしまった。

「あ、ごめん。」

俺が咄嗟に謝ると、彼は聞こえないような声でボソボソと何かを話した。

「ん? 聞こえない、何?」

ボソボソ、ボソボソ。

「もっと大きい声で話してくれる?」

ボソボソ、ボソボソ。

「だから、聞こえないって!」

ボソボソ、ボソボソ。

「だから、なんなんだよ!」

そうだ、イーフウッドはこういうやつだった。何度注意されても聞こえない声で話すし、何がある訳でもないのにいつもしどろもどろしていて、それが彼の奇妙さを浮き立たせていた。

そういった色々を思い出した俺は、無性に腹立たしくなって、イーフウッドの胸を押して前からどかした。

「もういいよ! お前いつもなんなんだよ! ボソボソボソボソ喋りやがって、気味悪いんだよ! 」

俺はぱっと卵を拾ってポケットに入れると、さっさとその場を離れた。

やっぱりあいつは気持ちが悪い。全身に鳥肌が立って寒気がした。

だが俺の意識は拾った卵に向いていた。卵と言えば、俺たちの中では神聖なものだった。(昔は食用にされていたらしいが)食べたり割るなんて罰当たりだ。それがあんな道端に落ちているなんて。鳥の卵だろうか? それにしては大きい。色も白とか茶色じゃなくて、黄緑色をしている。こんな卵は見た事がなかった。もしや、恐竜とか、未知の生物の卵かもしれない。

俺はわくわくした。イーフウッドのことも忘れるくらいに興奮して、卵がかえるのを心待ちにした。

俺は卵を毎日あたためてやった。農作業の時や寝ている時は近くにベットを作って寝かせてやり、それ以外の時は必ず手に持って歩いた。

その話はたちまち村中に広がって、俺の隠し子なんじゃないかとか、神の卵だなんて噂になっていた。

村中の皆が卵が孵化するのを楽しみにしていたし、中からどんな生き物が出てくるのか、誰も知らなかったんだ。

その日、俺は農作業を終えて卵の所へ戻ると、卵はなく、カラの欠片がタオルにくっついていた。

卵がかえったんだ!

まだ雛のはずだーー俺はあたりを探した。何が産まれるかも気になったけど、なによりも、そいつは俺の子供だ、っていう気になっていたんだ。

畑も道も探した。穀物庫の中も隅々まで探したし、袋の中もひとつひとつ確認した。雛らしきものは見つからなくて、俺はもう一度卵を寝かせていた場所へ戻った。

そこにはイーフウッドが座っていた。卵のベットを尻で押し潰して、顔の目の前で両手を組んでいる。

「イーフウッド?」

声をかけると、彼は黙ったままこっちを向いた。

「なにして··········」

イーフウッドの指の隙間から黄色と透明の液体がどろどろと落ちこぼれて、肘の先からぽたぽたと滴り、ズボンに染みを作っていた。

「この間、僕のこと"おちこぼれ"って言ったろう」

そう言うと、イーフウッドは腕に垂れた黄身を、下から掬うように舌で舐めて、黄色く濡れた手のひらを俺の方に見せつけて、にやりと笑った。

「"君が悪い"んだよ」

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