第20話 メインはドルドル魔鳥
着替えたマクリンにはソファでロウソンと遊んでもらうことにして、その横でヘンナは晩御飯を作ってしまうことにする。
「マクリン、食べられないものってあるかな?」
「すごく辛かったり、苦かったりしなければ食べられます。あの、でも、私ちょっとダイエットしてて」
「せっかく遊びに来てくれたんだから、おいしいものを食べてほしいわ。ね、食べきれなかったら、明日の朝御飯にすればいいから」
ダイエットなんて必要ないどころか、マクリンは栄養が足りなくてつめが薄くなっている。少し強引におすすめして、ヘンナは晩御飯に取りかかることにした。
マクリンが来るからと準備していたものがあるので、それらを温めたり、焼いたりするだけでいい。玉ねぎとトマトをよく炒めてからつくった豆のスープの鍋に火をかける。皮をむいて茹でておいたイモは粗くつぶして、卵とチーズと一緒に焼いてオムレツに。メインに、貰い物のドルドル魔鳥の高級肉を使う。ヨーグルトと香辛料に漬け込んでいた鶏肉をフライパンでこんがりと両面を焼く。じゅわあとフライパンから音が出て、湯気とともに香辛料の香りが部屋に広がる。ソファで遊んでいたマクリンがちらちらと見ている。最後に、オリーブオイルと酢に漬けていた細切りのにんじんを千切ったキャベツの上に乗せてサラダにする。あとは麦パンを添えるだけ。
「できたよ。みんな、食事の席に座りましょう」
テーブルの上に並べられたものを眺めて、椅子に座ったマクリンが待ちきれないというようにフォークを手に取る。クッションの上の定位置に収まったロウソンの前には、茹でたイモとにんじん、焼いただけの鶏肉をお皿の上に乗せる。ヘンナも食事の席について、スプーンを手に取った。
「じゃあいただきましょうか」
「い、いただきます」「わふん」
マクリンはまず鶏肉にフォークを突き刺した。そこから、じわっと脂があふれてお皿の上にこぼれていく。ぱくりといっぺんに口に入れると、いっぱいに広がる香辛料の風味と鶏肉の脂にはふはふと息を吐く。美味しそうに食べるマクリンを見て、ヘンナもほっとしてトマトと豆スープを口にした。
「あの、ヘンナさん、おいしいですっ。あ、でも、太っちゃう……」
「そんなことはないのに。私は、おいしそうに食べてくれる姿を見たいけどね」
「えっと、じゃあ、もうちょっとだけ」
「本当? 好きなだけ食べていいから」
少しずるいことをしているなと思いつつ、わざとヘンナは食べてくれるように誘導した。マクリンはちょっとためらいつつも、オムレツをおいしそうに食べている。正直、この年齢の子は成長期なので体重が増えやすい。過剰に体重を気にする子も多いが、そのせいで食事制限をして不健康に、つめも割れたりしてしまうことがある。ヘンナは、せめて今日ぐらいは気にせずに食べてほしかった。
「いっぱい食べたら、またつめもすぐに生えてくるわ」
「一応、牛乳とかは飲んでいたんですけど……」
「牛乳を飲むのは悪くないけど。でも、お肉もいっぱい食べてほしいかしら」
たまにつめと骨が同じようなものだと勘違いして牛乳をたくさん飲む人もいるが、研究の結果、つめは髪に近い構成でできているということがわかっている。ヘンナとしては、牛乳よりもお肉をたくさん摂取してほしいところだった。
「そうなんですか。お肉……、でも、またでかくなったとか言われちゃうし」
「マクリンは、私より小さくてかわいいじゃない。それに、町に歩いている大人だってほとんどマクリンよりも大きい人ばかりよ。お父さんだってマクリンより大きいでしょう」
「……近所の同年代の中で、私が男の子よりも大きいんです。このままずんずん大きくなっちゃったら、やだな」
女の子は男の子よりも成長が早く、身長も高くなったりする。けれど、男の子も少し遅れて成長期に入りぐんぐん身長も伸びていく。だから、マクリンがそんなに悩むことはないと、言ってしまうことはできる。
けれど、話を少し聞く限りは、問題はそれだけではないとヘンナは感じた。その比較をしている近所の男の子と何かあったのかもしれない。
「お友達の中でも背が高いのね。その子たちに、お土産とか買ったりするのかしら」
「家族と友達には買おうかなと思っています。……あの、でもその男の子たちは友達じゃないです。でか女以外にも、腕がごついとか、フォレストオーガみたいとか言うんですよ。農園の手伝いしてるから、ちょっと重たいものも持てただけなのに。本当に嫌い」
フォレストオーガというのは、森に住む狂暴な二つ足の魔物だ。怪力の代名詞ともなっている。ヘンナも実物を見たことはなかったが、マクリンの腕が明らかに細くて頼りないものであるのはわかる。つまり、男の子たちはそう見えるからからかっているのではなく、マクリンを困らせたくて言っている。
「そんなひどい言葉を言われるの。友達でいたくないならそのほうがいいわ。ひどい言葉は、友達に言われるともっと悲しいから」
「そうなんですっ! なのにっ、友達なんだから仲直りしたらとか、照れてるだけとか、昔は仲が良かったんだからとか近所のおばさんに言われるんですっ! あっちは、私の手を死人のつめだなんて言ってきたのにっ!」
華麗を示す黄色いつめ。このつめを持つ多く者が抱える悩みとして、太陽の光の下では白っぽく見えるということである。色が濃い人であればいいが、薄い人はよく悩んでつめ研ぎ屋を訪ねてくる。明黄色のマクリンは、そんなからかいの言葉もあったというのなら、特に悩んだだろうとヘンナは目を細めた。
「町で会おうって手紙が来て、私、真っ先につめ研ぎ屋さんに行きました。その帰りに、いつも真っ先にからかってくる奴と偶然会っちゃって。色気づいても、つめ研ぎ屋じゃ死人は生き返らせてもらえないって……本当にっ大っ嫌いっ」
「それは仲良くできなくなっちゃうわ」
「ですよねっ!」
また泣いてしまうのではとヘンナは心配していたが、今回は怒りのほうが強かったらしい。ぶすぶすと代わりのようにフォークで突いて鶏肉をいじめている。無惨な姿になった鶏肉を前にして、少し気が晴れたのかマクリンは手を止めた。
「それで、毎日自分で手入れしたんです。……本当は、町に出る前にもう一回つめ研ぎ屋さんに行こうかとも思ったけど、またあいつに何か言われるのが嫌で行けませんでした。でも、無視してちゃんと行けば良かったかな」
すっかりフォークが動かなくなってしまったマクリンに、ヘンナはスープを勧めた。
「スープも温かいうちにどうぞ。口に合えばいいんだけど」
「……はい。これもおいしいです」
「よかった。温かいスープを飲んで、血が巡れば、つめの色も少し明るくなるわ」
「そう、ですか? でも、私のつめの色ってもともと薄くて」
マクリンは嫌そうに自分のつめを睨んでいる。手を見るのは他人だけではない。自分の手を一番見つめるのは、自分自身だ。自分のつめを好きになれなければ四六時中落ち込むことになってしまうのだと、祖母の言葉をヘンナは思い出していた。
だから、ヘンナは思いを込めて言った。
「マクリンのつめに、きっと相手は見惚れるわ。そのために、私がいるんだもの」
「……うん」
「はい。じゃあ、今は御飯を食べましょう」
マクリンに促して、晩御飯を再開する。鶏肉の香草焼きも、オムレツも、スープも、ニンジンサラダも余すことなくおいしくいただいて、お皿の上は空っぽになった。
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