第19話 あなたへ見せたい

 そこからソファに移動して、隣に座ったヘンナにぐすぐす泣きながらマクリンが町に来た目的を話す。


「私、文通してるんです。農園に届いた間違いの手紙を送り返したことがきっかけで、石工で有名な小さな村に住んでいる男の子と。お互いに顔も知らない同士だけど、とても気が合いました。……この間、町に出るから会えないかっていう手紙が着たんです。喜んでって手紙を書きました」

「そのために町へ出てきたのね。だから、一人じゃないと駄目だったのか。お父さんと一緒だと困るものね」

「文通をしてるのはお父さんも知ってるんですけど、何だかあんまり彼のことは気に入ってないみたい。だから、町に出たいとだけ言いました。お母さんには、ちゃんと理由も言ったけど」


 文通すること自体は認めているということは、身元はきちんとわかっているけど、娘が男の子と仲良くしているのに複雑な気持ちなのかなとヘンナは想像する。とはいっても、マクリンにはそんなことわからないし、ちょっと腹立たしくもあるだろう。


「そっか。その男の子と会うのが楽しみだったのね」

「はい……それで、自分でいろいろとやってみたんです。一度だけ、なけなしのお小遣いで行った近所のつめ研ぎ屋さんがやってくれたことを思い出しながら、見よう見まねで毎日。なのに、気づいたらこんなにぼろぼろで……」

「そっかぁ。見よう見まねで毎日やったのかぁ……」 


 つめ研ぎ師としては絶対にやめてほしい行為ではあるが、今はそんなことを指摘するときではないとヘンナは言葉をぐっと飲み込んだ。

 どうしても気になるようで、マクリンは何度も自分のつめを指ですりすりと触っている。


「私、嘘をついてたんです……。手紙の中で、町のことは何でも知ってて、おしゃれで、みんなに憧れられちゃうみたいな、そんなつもりになって書いちゃって。だから、会うときまでに、嘘にならないように努力したんです」

「うん。だって、良く思ってほしいものね」

「だ、だんだん指が荒れてきたのに気づいたけど、がんばってるし、気のせいだと言い聞かせて町に来ました。そ、そしたら、近所の人とは比べ物にならないぐらい、歩いてる人みんなつめが綺麗だって気づいて。周りの人に、自分のひどいつめを見られてる気がしちゃって」

「そう。大変だったのね」


 うつむくマクリンの横顔をヘンナがうかがっていると、ずるずると横から何か引きずる音が近づいてきた。見ると、ロウソンがどこかから持ってきたブランケットを口にくわえている。よいしょと苦労しながらソファに上り、ブランケットをマクリンとヘンナの膝にかけて、ごろんと自分もソファの横になった。

 親切にしてあげているロウソンの頭をヘンナが撫でていると、そろりと細くて頼りない手が伸びてきた。


「あの、私も撫でてあげていいですか?」

「あら、それはもちろん」

「わぁ、ありがとうございます」


 マクリンは、慣れたようにロウソンの耳の後ろあたりをかいている。農園の娘だからか、動物の扱いには慣れているのかもしれない。どんどん手至上主義が強くなっていく町では、動物に触れることに戸惑う人も多い。

 リラックスした顔で目を細めているロウソンとやさしい手つきで撫でるマクリンを見て、ヘンナは微笑んだ。


「マクリン、その子と会うのはいつの予定なの?」

「えっと、明日のお昼です。……でも、もう会わない方が、」

「なら、大丈夫。まだ間に合うわ」

「間に合うって、あと一日もないのに……」

「私って、実はつめ研ぎ師なのよ」


 そんなことはすっかり忘れていたらしいマクリンが、ぱっと手をポケットの中に隠してしまった。そして、しどろもどろになって謝りはじめる。


「その、ごめんなさい。つめ研ぎ師の人に、こんなつめ見せちゃって」


 つめ研ぎ師に整えていない手を見せたら恥ずかしいからと、そう言って避けるお客様がいることをヘンナは知っている。けれど、そういう人こそ来てほしいと思っている。みんながきれいなつめを自分で整えられるのなら、つめ研ぎ師は廃業になってしまう。


「私は、マクリンの手を見せてほしい。きっと、もっとかわいくできるから。私にやらせてもらえるかしら?」

「その、いいんですか、本当に?」

「もちろん。私からぜひお願いさせてね」


 こくりとうなずいたマクリンのお腹から、きゅうっと小動物のような声がした。農園から町までは半日かかる道のりであるし、気疲れもあってお腹が空いたのだろう。

 顔を赤くするマクリンの背中を軽く叩いて、ヘンナはソファから立ち上がった。


「晩御飯の準備をするわ。マクリン、服を着替えちゃいましょう。特別なお出掛けのための服だもの」

「じゃあ、そうします。あの、服を貸してもらえますか」

「もちろん。ちょっと大きいかもしれないけど」


 捨てられずに衣装タンスの奥にあった、ヘンナの昔着ていた服をマクリンに貸し出した。作業しやすいように、リボンで袖口や腰周りを絞ることができるフロントボタンのワンピースだった。細いマクリンには、肩や腰周りの布が少し余ってしまい、きゅっときつくリボンを結ぶことになった。マクリンが着ていた服は、ハンガーにかけてしわを伸ばしておく。

 着替えたマクリンにはソファでロウソンと遊んでもらうことにして、その間にヘンナは晩御飯をつくる。


「マクリン、食べられないものってあるかな?」

「すごく辛かったり、苦かったりしなければ食べられます。あの、でも、私ちょっとダイエットしてて」

「せっかく遊びに来てくれたんだから、おいしいものを食べてほしいわ。ね、食べきれなかったら、明日の朝御飯にすればいいから」


 ダイエットなんて必要ないどころか、マクリンは栄養が足りなくてつめが薄くなっている。少し強引におすすめして、ヘンナは晩御飯に取りかかることにした。


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