3話 魔王リゲルの所業
魔王リゲルはドラゴニュートという種族で、齢300年を越える長寿の魔族だ。 背中には飛行能力のある竜の翼があり、四肢は太く鱗に覆われ、トカゲを思わせる縦長の瞳は歯向かう物を萎縮させる。
だが彼は力による支配をせず、飴玉事件の時には魔族を言葉で説得し、対する人間族に頭を下げて回ったのだった。
「魔王と聞けば破壊の限りを…… なんてイメージしちゃいますけど 」
「ドラゴニュートは天災レベルの力があるそうじゃが、そうしなかったのは老体だったからなのか、はたまた彼の性格からなのか…… どちらにせよ、おかげでこの国は無事でいられるがの 」
「そう言えば、メゾットに住む魔族さんの話では現魔王にはもう統率力がないとか。 あっ、愛想が尽きたなんて言っていた魔族さんもいましたね 」
「仕方なかろう。 魔王リゲルがルーツ山から出てくれば、それだけで人々は恐怖し国は混乱する。 300年もの間姿を見せなければ、こちらの生活圏にいる魔族は存在すら知らぬからのう 」
スレンダンはそう呟いてエールを喉に流し込んだ。 話し疲れたのか、彼はジョッキを半分ほど空けると席を立つ。
「続きはまた今度でいいかの? 老体に長話はちとキツいものじゃ 」
「はい、ありがとうございました! っていうか、先生はお若いじゃないですか! 」
「ホッホッ! 見た目に騙されてはいかんぞ? 姿形などどうにでもなってしまうものじゃ 」
「…… どこからどう見たって青年じゃない 」
ウェイターに軽く手を上げて酒場を出て行くスレンダンを唖然と見つめ、ハースはなみなみと注がれたエールに口をつける。
「でもスレンダン先生って喋り方はああだし、昔の事は妙に詳しいし、よくわかんない人だな 」
「そうねぇ、素性のよくわからないイケメン君だわ 」
「ひっ!? 」
突然の背後からの声にハースは肩を跳ね上げる。 そこには化粧の濃いふくよかな中年女性が腕組みをして微笑んでいた。
「飴玉事件について彼と話をしてたんだろう? 」
「聞いてたんですか!? 」
「聞こえてきたのさ。 あれは不幸な出来事でねぇ…… その人間族の子供は家が貧しくて、飴玉すらあまり口にしたことがなかったっていうじゃないか 」
二人は親友だったが、人間族の子供は我慢できずについ手が出てしまったのだろうと中年女性は言う。
「どんなやり取りがあったかは知らないが、魔族側を一方的に悪者にするのもどうかと思うねぇ 」
「おば── お姉さんは魔族肯定派ですか? 」
飴玉事件以降、種族の話はデリケートなのでハースは必ず確認するようにしている。 その前につい口を滑らせて、中年女性に睨まれたのは言うまでもない。
「それはエンデヴァルドに『くだらねぇ!』って怒鳴られる意見だねぇ 」
「エンデ…… ああ、あの傲慢強欲の勇者一族ですか 」
中年女性はその言葉を聞いて大笑い。
「否定はしないが、せめて『豪快』と言ってあげておくれ。 ウチの遊郭のお得意様なんだ 」
するとハースは気味悪そうに眉をひそめた。
「と言っても、セレスちゃんはもういないからねぇ…… 奴ももうウチに来ることはないだろうね 」
ため息交じりに窓の外を見る中年女性に、そんな事はどうでもいいハースは『はぁ』と答えるしかない。
傲慢強欲の勇者一族エンデヴァルド。 彼は今、ルーツ山奥地で魔王と対峙していたのだった。
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